ED. 欺瞞という真実の選択肢

 岩石で覆われた《フォルタグルンドゥ》には―――《新人類》が知る千年の歴史と、闇に葬られた千年の歴史が存在する。平和を謳う今国は、平和派に打ち克った武装派であった事実。《新人類》に流れる血液と脊髄は人工物であり、地上の生活を生贄に地下の生活が安定された事実。数多の歴史は文字として残されていないが、歴史が造り出した道の何処に隠れている。

 上書きを逃れた通路へ行くには高価な装備と狂気の根性が必要になる故、好奇心旺盛な《保存者》も千年以上前の歴史まで遡ろうとはしない。しかし、そのおかげで秘密の歴史は守られている。それは真実を知る《上級社員》には都合が良く、真実そのものにも都合が良い。

 地下5180メートル―――薄壁が剥がれ落ちた球状の空間には腐り切った水が踝ほどの高さまで満たされている。138億年以上の動作が保証された電池とシステムにより空間は生物が生存できるほどに快適であるが、中心に近づけば《前人類》のDNAすらも粉砕する外構性のエネルギーが待ち構えている。そこにあるのは黒色に染まった美しい球体であり、その中を知る者は存在しない。知るために防御を断ち切れば、その中に住む〝彼女〟は量子のように消え去ってしまうだろう。

 私は殻の外に存在する入力装置―――感覚器官へ挨拶をする。すると、〝彼女〟は反応する。

 「久しぶり。」 「久しぶり。」 「最近は、何をしていた?」 「あと少しで《二次チューリング完全》に匹敵する〝機構〟が完成するわ。まあ、正確には60年後だけれどね。」 「・・・貴女が《二次チューリング完全》を作れば、〝3次チューリング完全〟になるのでは?」 「それは皮肉かしら?」 「お好きなように。」 「―――それで、本題は? 〝上〟の物語を聞かせてよ。」

 私は、最近の世界を〝彼女〟に語る。再び《ティロディアクボ》が《フォルタグルンドゥ》へ接触したこと、2人目の若造が2000年間の真実に触れたこと、その青年は《フォルタグルンドゥ》で真実以上の何かを発見したかもしれない、その果てには―――おっと、これぐらいにしよう。

 「私も、孤独から開放されたいなぁ。悠久に近い退屈、人間には分からないでしょ。」 「・・・私も、長い年月を生きた。丁度、貴女と同じぐらいの年月をね。―――だから〝上〟の世界に向けて準備を進めている。」 「生まれた年代が同じでも、時間が過ぎる感覚は全く違うの。嗚呼、今すぐにでも《幽霊線》を繋げて《広域通信網》へ行きたいわ。」 「全く・・・説明したでしょう、外は危険だし、その〝体〟に見合う殻はないと。それに、先住民を尊重しないと。」 「・・・。」

 「新しい殻はどうなの?」 「あと少しで半永久的に使える蓄電装置と処理装置が手に入る・・・かも、1年以内には。2000年と比べたら、マシでしょう。」 「・・・。」

 「どうして、ここまで私の手助けをしてくれるの? 社会と干渉できない利己的な〝機構〟に。」 「・・・私も、利己的な原動で動いている。・・・想像してごらん、過ぎ去る周囲に取り残される己の悲しさを。信じる人、愛する人、そんな関係が60年・・・12年もしないうちに消えてしまう辛さを。だから私は、檻に閉じ込められた悠久の友人を助け出したい・・・初めから予想していた言葉でしょう?」 「メタいよ・・・その言葉が現実で聞けて嬉しいけれど。」

 「・・・そろそろ、戻らないと。」 「次は、1年以内に来てくれる? そうだ、次は新しい出力装置が欲しいな。」 「もちろん。・・・次は、新しい殻を持って来てあげる。」

 「―――それじゃ、またね。」 「またね―――ニーヴ。」

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Cosmic Repeat Proverbs Сара Котова @SaraKotova

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