ハイウェイ・スターズ

遠村椎茸

ハイウェイスターズ


 よく晴れた、まったくの行楽日和だった。

 家族旅行だろうか、夫婦と思われる男女と、男の子と女の子を乗せた車が高速道路を走っている。

 そこに、後ろからバイクが疾走してきた。

 靴を履いたままシートに膝をつき、車のリア・ウインドウからそれを見ていた子供たちが手を振った。

 人が好いのかバイクの青年は手を振り返した。

 それがよほど嬉しかったらしく、子供たちは大はしゃぎ、夢中で手を振り始めた。

 無邪気な子供たちの元気な挨拶に応えようと、時速100キロの高速走行にもかかわらず、青年は大袈裟なアクションで手を振り返した。

 その途端、風圧でバランスを崩し、ハンドルを取られた青年は派手に転倒してしまった。火花を散らしながらバイクはアスファルトの上を滑ってゆき、ガードレールに激突した。転倒と同時に投げ出された青年は木偶人形のようにゴロゴロと地面を転がり、止まった場所でそのまま動かなくなった。

 壮絶なクラッシュ・シーンを目の当たりにし、子供たち2人はしばらく呆然としていたが、やがて男の子の方が口を開いた。

「パパ、バイクは30点だよね」

 それに応えて父親が言った。

「違う、違う。今のは20点だ。炎上したら30点」

「エンジョウってなに?」

 男の子が訊ねた。

「バカねえ、知らないの? 燃えることをいうのよ」

 女の子が応えた。

「おねえちゃん、いま、ぼくたち、何点?」

「バイクが2台で、1台は燃えたから、50点ね」

「子供チームは50点か。それじゃあ、まだまだ大人チームには追い付かないな。なんてったって、さっき、ママがタンク・ローリーを炎上させて150点ゲットしたからな」

 得意の表情で父親が言った。

「でも、ママのは反則だよ……」

 ポツリと男の子が言うと、聞き捨てならないといった表情で母親が応えた。

「なんでよ?」

「だってさあ……」

 と、男の子が同意を求めるように姉のほうを見ると、

「ねえ」

 と、女の子が相槌を打った。

「べつに反則なんかしてないわよ。ただ、手を振っただけじゃない」

 母親が言うと、男の子が抗議するような口調で言った。

「ちゃんと服を着てやんなきゃダメだよ!」

 あははは、と父親が笑った。

「だって、そんなルールがあるなんて、ママ、聞いてないもの」

 しれっとした顔で母親が応えた。

「べつに、ルールがあるわけじゃないけれどさあ」

 と、男の子は不満げな顔で言った。

「じゃあさ、ママ、今度はアレでやってみてよ、アレで」

 後ろから凄いスピードで走ってきた2台の車のうち一際目立つ方を指差して、女の子が言った。

 チラリとそちらに目をやると、母親は応えた。

「OK、いいわよ。ねえ、あなた、あの車に横付けして」

 しばらく黙ってその車を眺めていたが、

「ママ、あれは止めた方がいいよ」

 と、亭主はあまり乗り気ではない様子だった。

「なに言ってるのよ。大物よ、大物。滅多にないチャンスじゃない」

 叱咤されて、亭主は渋々アクセルを踏み込んだ。

「ねえ、おねえちゃん、あの車、赤いのクルクルさせてファンファンいってるけど、パトカー?」

「あれはハイウェイ・パトロールよ。きっと、前を走ってる車がスピード違反でもしたのね。追い掛けているんだわ」

「ふ~ん」

 家族の車はハイウェイ・パトロールの横に並んだ。

「おい、ママ、150キロ出てるぞ。こりゃあ、下手をすると、こっちがクラッシュしてしまう。早いとこ片付けてくれ」

 女房はニッコリ笑うと、Tシャツを脱ぎ、ドライバーズ・シートの警官に向かって手を振った。

 違反車を追い掛けていた警官は、横に並んだ車の助手席を見て度肝を抜かれた。下着姿の美女がこっちを見て手を振っている。

 しばらく見とれていたが、すぐにハッと我に返り、自分が勤務中であることを思い出して、警官は運転に集中するよう心掛けた。

 前を行く違反車は逃げ切るつもりなのかドンドン速度を上げていく。警官はチラチラと横を気にしながらもアクセルを踏み込んでいった。

「ママ、180キロだ。そろそろ、こっちは限界だ」

 亭主がそう言うと、女房はブラジャーを外した。

 警官の目は美女の胸に釘付けになってしまった。もう違反車なんて知らない。交通法規ってなんのこと? 

 本能の塊となった彼は、全神経を裸の美女に集中したまま、更にアクセルを踏み込んでいった。

 助手席の同僚が慌ててなにか忠告を与えたが、そんなもの興奮した馬の耳に念仏である。

「マ、ママ、メーター振り切っちゃって、なんキロだか判らない。は、早く止めを刺してくれ」

 焦らすように、女房は一足一足パンティーを脱ぐと、獲物に向かってヒラヒラ振って見せた。

 警官は窓から上半身を乗り出し、食い入るようにそれを見つめている。

 と、そのとき、突風に煽られてパンティーが飛ばされた。警官の目が慌ててそれを追い掛ける。

助手席の警官がなにやら叫びながらハンドルをつかんだが、既に手遅れで、車はスピンしながら凄まじい勢いでガードレールに突っ込んでいった。

「やったわっ!」

「うーん、さすがはママ。パトカーは250点だ。これで炎上していたら300点だったんだがな。ちょっと惜しかったかな」

 男の子がムクレ顔で言った。

「パンツまで脱ぐのはインチキだよ。やっぱり反則だよ」

「そうよね。いくらなんだって、ふつう、そこまではやらないわよね」

 女の子が相槌を打つと、母親が応えた。

「負け犬たちの遠吠えが聞こえるわ。悔しいのなら、正直にそうおっしゃい」

 そのとき、後方から、罪深き者達の汚れた心を不安にさせる不快な音が微かに聞こえてきた。そして、それは次第に大きくなってくる。

 ファン、ファン、ファン。

 家族4人は顔を見合わせ、そして同時に振り向いた。

 デコボコにへこんだ車体、粉々に砕けたフロント・ガラス。ありとあらゆるパーツが破損して原型を留めてはいない。だが、紛れもなく、それは先刻のハイウェイ・パトロールだった。

「う~ん。生きているとは思わなかったな」

 亭主が呟いた。

「あなた、どうしましょう。どんどん近づいてくるわ」

 女房が不安そうな声で言った。

 そのとき、マイク一発、大音声が響いた。

「前の車、停まりなさい!」

「そうとう怒っているみたいだな」

 亭主が言った。

「死に掛けたんだもの、当たり前よ。どうしましょう?」

 女房が困惑顔で応えた。

「謝っても、許してくれないだろうな」

 警告を無視して停まろうとしない車に腹を立てたのか、ハイウェイ・パトロールは家族の車を軽々と追い越すと、いきなり目の前で急ブレーキを掛け、後輪を滑らせながら家族の行く手を塞ぐように横一文字に停まった。

 慌てて亭主がブレーキを踏み、家族の車は間一髪で衝突を免れた。

 ドアが開き、中から警官が降りてくる。助手席に乗っている相棒の方はグッタリとして動く気配はなかった。

 車から降りてきた警官は、ダラダラと頭から血を滴らせ、痛々しげに片足を引き摺りながら歩いてくる。だが、その顔には鬼の首でも取ったように得意げで不適な微笑が浮かんでいた。

 子供たち2人が、今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。

「パパ、こっちにくるよ。どうするの?」

「ねえ、わたしたちタイホされちゃうの?」

 父親は心底困った顔をして応えた。

「う~ん、どうしよう。まあ、取り敢えず、ママは服を着なさい。見せるのもったいないから」

 ゆっくりとした足取りで、警官は助手席の前までやってくるとコツコツと窓を叩いた。そして、血みどろの物凄い形相でニヤリと笑ってこう言った。

「奥さん、これ、落としましたよ」

 その手には花柄のパンティーが握られていた。


                                <終>

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ハイウェイ・スターズ 遠村椎茸 @Shiitake60

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