第4話 野村と野村と沢渡
◇
「「あっ」」
「ん?」
昼休み。食堂で昼食を済ませて教室に戻る途中、声を掛けられた。いや、声を掛けてきたというよりは、俺を見て思わず声を漏らしたといった感じだが。
「「沢渡君じゃん」」
俺の前にいるのは、野村と野村。わざわざハモりながら喋ってきたせいで、耳に余計な負荷が掛かる。
「同時に喋るな」
「「何で?」」
天然のステレオ音声に辟易しながら言うも、野村と野村は普通にハモりながらそう返してきた。……多分、わざとではなくて、純粋に咎められている理由が分かっていないみたいだな。
「耳が疲れるから、同時に喋るな」
野村と野村は声質が似ているので、ステレオで話しかけられると余計に耳の負担が増える。耳というよりは、音声を処理する脳が疲れるのだろうか。
「へぇ? 沢渡君、耳弱いんだ」
「意外だね~」
野村と野村は同時に喋るのは止めてくれたが、それぞれが俺の両隣から近づいてきた。
「じゃあ、こういうのはぁ」
「どうなのかな~?」
俺の耳元に顔を近づけて、囁くように言ってくる野村と野村。耳がくすぐったいな……。
「顔近づけるな囁くな気色悪い……」
「「ふぎゃっ……!」」
俺は野村と野村の頭を、アイアンクローの要領で掴んで遠ざけた。二人は悲鳴を上げていたが、気にする必要性を感じない。
「沢渡君冷たぁい……」
「さすがに酷くな~い?」
野村と野村は文句を言ってくるが、迷惑しているのはこちらのほうである。取り合う必要もないだろう。
「あ、そうだ。沢渡君、丁度いい機会だから、当ててみてよ」
「当てる?」
すると、野村が唐突に妙なことを言い出した。当てるって、何の話だ?
「そうそう。せっかく二人一緒にいるんだし」
「どっちがどっちか、当ててみてよ」
「どっちがどっちって……」
野村と野村が、意味不明なことを言い出した。どつちがどっちも、野村は野村だし、野村は野村だ。どっちも何もないだろう。
「ほらほらぁ」
「どっちがどっちでしょ~か?」
「知らんがな」
野村と野村が煽るように促してくるので、面倒臭くなって定番の台詞で話を終わらせにかかる。質問の意図を問い質すのも、時間の無駄だろうからな。
「相変わらず鈍感だねぇ……」
「まあ沢渡君だからね~……」
すると、野村と野村は溜息交じりにそう返してきた。嘆息したいのは俺のほうなんだが?
「ったく……もう戻るからな」
「あ、待って。わたしも一緒に行く~」
次の授業が始まるまで時間もあまりないので教室に戻ろうと思ったら、野村がついて来ると言い出した。
「いや、何でお前が来るんだよ」
「いいじゃん別に~。どうせ教室同じなんだから~」
俺の突っ込みに、野村はこちらの肩を叩きながらそう言ってくる。……だが、こいつは違うクラスのはずだ。今日はいつものように、何故か俺の隣の席に勝手に座って授業を受けていたが、本来は別の教室のはずである。
「じゃあ、またねぇ、沢渡君」
手を振って去って行くのは野村理沙。本来、俺の隣の席はこいつのはずだ。今更ではあるが、今日も教室にいなかったから欠席だと思っていたんだが、登校はしていたんだな。
「ほら、行こ~」
俺の背中を押しながら促してくるのは、確か野村理奈とかいう名前だったはず。野村と同じ名字だし、姉妹なのかもしれないが、興味がないのでよく知らない。
「……そういうことか」
そこでようやく腑に落ちた。先程の問い掛けは、どちらが理沙のほうで、どちらが理奈のほうなのかという意味であったのだろう。もし二人が姉妹であれば顔が似ているはずだし、入れ替わっていても周りの人間が気づかずスルーしてしまうのも無理はない。彼女たちは、時々入れ替わって違うクラスで授業を受けていたのだ。
「どうしたの~?」
「何でもない」
そのことに気づいたものの、今更回答するのもあれだったので、俺は適当に誤魔化した。……もしも野村と野村の顔がそっくりだったとしても、俺はそもそも他人の顔なんて凝視しないから、そのことに気づきようがなかった。視界の端に金髪が映っていたので髪の色くらいは知っていたし、口元だけはちらりと見えていたから表情は分かったが、顔の造形までは認識していなかった。他人のことは声と気配だけで区別がつくのもあって、今までそれで困ったことがなかったのだ。その説明をするのも面倒だし、この話題は掘り返さないほうがいいだろう。
「ふ~ん?」
訝ってくる野村のことはいつものように無視して、俺は自分の教室に戻る。
隣の席の野村姉妹が時々入れ替わっていることに、気づいていることに気づかれるのは、まだ先の話だ。
完
隣の席の女子が時々入れ替わってるが、気づいていることに気づかれていない マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ) @maomtg
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