酔いどれ初詣

風馬

第1話

新年を迎えたばかりの早朝、神社の境内は凛とした空気に包まれていた。灯籠の明かりが揺れる参道には、参拝客たちが列をなしている。着物をまとった女性たちが華やかに笑い声を交わす一方で、その背後にふらふらと歩く影がひとつ。


「今年こそ大吉を引くぞ……!」

男の名は田所剛志。酔っ払っているのか、顔が赤く、手にはコンビニの缶酒を持ったまま歩いている。


「田所さん、まさか神社で飲むつもりですか?」

会社の後輩であり、彼の世話係のような存在の沙織が眉をひそめて声をかける。沙織は紺色の着物を身にまとい、髪を美しく結い上げている。


「いいんだよ。酒は神への供え物みたいなもんだ。むしろオレが神に飲んでいただいているようなもんだ。」

「何を言っているんですか……。おみくじくらいまともに引いてくださいよ。」

沙織はため息をつきつつ、彼の腕を引っ張って拝殿へ向かわせた。


参拝を終えた剛志は、おみくじの箱に手を突っ込む。引き抜いた紙を広げると、そこには「大吉」の二文字が。

「ほら見ろ!俺の言ったとおりだ!」

剛志は得意げに胸を張るが、その拍子に缶酒が転がり、近くにいた着物姿の女性たちの足元にころんと落ちた。


「あら、これ……誰の?」

振り返った女性は、笑いをこらえながら剛志を見つめる。剛志は慌てて拾い上げ、「すみません!神様に飲まれてしまったもので……」と言い訳するが、周囲の視線に耐えきれず赤面する。


沙織は横でくすくすと笑いながら、「田所さん、今年の目標は“酔っ払わない”でどうですか?」と提案する。

「そんなの無理に決まってるだろ!」

剛志は即答したが、沙織のいたずらっぽい笑みに一瞬、言葉を失った。


新年の朝、酔っ払いと着物姿の女性たちの笑い声が神社の静寂をやんわりと破り、今年も穏やかで賑やかな幕開けとなるのだった。

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