第5話
あれから数日が経った。
やっぱり、世界は何も変わらなかった。
「なんか最近スッキリした顔になったね」
部活の休憩中に逢沢が話しかけてきた。きっと、マネージャーとして心配してくれていたのだろう。
「あー。まあ、色々あって」
「ふーん。……失恋した?」
「は?」
逢沢は急に何を言い出すんだ。
「違うに決まってんだろ!」
「本当? この間まで恋する乙女みたいに悩んだ顔してたのに」
「……そんな顔してた?」
「してた。気づかなかった?」
逢沢はくつくつ笑った。
マジか。めちゃくちゃ恥ずかしいな、俺。
はあ、と何とも言えずため息をついた。
「例の天使ちゃんでしょ?」
「そうだな。…………そうだな」
恋してたのか、俺。
そう思うと、なんだか色々と馬鹿らしくなってきたな。
あれは要するに一目惚れで、告白して、盛大に断られた、って話だ。
「思いっきりフラれたんでしょ」
「ああ。フラれたとも。現実で生きろ、ってさ」
「……あんた、何に恋したの」
逢沢は訝しそうにした。きっと、漫画かアニメかどこかの配信者にでも恋したのだろうと思ったはずだ。
そういう話はどこにでもあるから。
「いや、まあ、何だったんだろうな」
天使のように天使を殺し、天使のように俺を冷徹にフった天使の彼女。ほんのわずかだが、優しさもあったように思う。
あの出来事を詳細に伝える語彙力を、俺は一生持ち合わせることはないのだろう。
気づけば俺は笑っていた。
「どうしたの。急に笑って」
「なんでもないんだ。本当に。相手がどうしようもないくらいに俺からは遠い存在の話だったんだ」
「また変なことを言い出してる」
「大丈夫だ。心配するな」
「心配するな、ってさあ……」
逢沢は眉を顰めた。
「ねえ。私ってさ。そんなに信用ない?」
不安そうに逢沢は言った。
「どうしたんだ、急に」
「だって。ちょっとは相談してくれても良かったのに。長い付き合いなんだから」
「あー…………」
俺が思っていたよりも心配させていたようだった。そんなつもりは全くなかったが、逢沢が不安に思うほど、俺はあの天使に恋していて、心ここに在らずの状態だったのだろう。席も隣だから一番よく見てくれていたのだ。
全然気づかなかった。
「ごめんな。次からちゃんと話すよ」
「本当?」
「本当だ」
俺が言うと、逢沢の表情が緩んだ。
「約束だからね」
「もちろん」
「うん。良かった」
ほっとしたように逢沢は微笑んだ。
こんな俺としっかり向き合ってくれた。逢沢は優しい奴だな、と俺は改めて感じた。
そう思うと、いつも感じていた逢沢の威圧感がかなり減った気がした。
……少しだけ、世界が変わったのだろうか。
だとしたら、天使の彼女と出会えたことは非常に価値のあることだったのだと思えた。
「さて。悩みは解決したし、目の前のことに真剣に取り組むよ」
「お願いね。大会、近いんだから」
「わかってる」
そろそろ休憩の時間が終わる。
腑抜けていた分、しっかり取り戻さないとな。
「そうだ。もし俺がまた一人でうわの空になってたら」
俺は逢沢にそっと言った。
「その時は逢沢がどうにかしてくれよ。一番近くにいるんだから」
「も、もちろん! 任せてよ!」
なぜかほのかに頬を赤くした逢沢を置いて、俺はいつも通りに部活の仲間と一緒に練習に戻った。
もし、天使のいる非現実的な世界に行けていたら、それが俺の日常になって、やがて現実になるのだろう。そうなったら、今のこの生活に戻りたいと思うのだろうか。
わからないが、もしもを考えても意味はない。俺はこっちを生きることにした。
俺は本物の天使を見た。そんな、ちょっと非現実なこともある、この世界で。
天使狩りの天使のリアル 鳥月すすき @Ngt-Susuki
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