第2話 血に濡れた魔法少女の誕生日

 なんて事のない日になる筈だった。

 学校に行って、家に帰って、家族とご飯を食べて明日を迎えると思っていたのに。


「遅くなっちゃった」


 部活が終わり、一ヶ谷亜美いちがやあみが玄関のドアに鍵を刺すと何故か鍵が開いていた。

 閉め忘れかと思いながらドアを開けると、赤い液体が流れてくる。

 その正体が何なのか、それは目の前にあった。


「パパ!」


 父が血を流し倒れている。

 駆け寄り揺するも反応はない。


「やだ…やだよ…!ママ!ママ!」


 血の出所は胸だ。

 胸を一突き。見るからに即死だろう。

 だがそんな事、平和な世界で過ごしている中学生の子どもに分かる筈がない。


「ダメ…止まって…!」


 ハンカチで血を抑えようとするが止まる訳もなく、アミのハンカチはたちまち血に染まる。

 それでも抑え続けるアミの前に家の奥から、一人の男が現れる。


「おいおい、そんな事してもムダだぜ。もう死んでるからなぁ」


 その手にはヌルリと光るハサミが握られており、ハサミからは血が滴っていた。

 それが何を意味するのか。それはアミにもすぐに理解出来た。

 出来たからこそ、恐怖ですくんで動く事が出来なかった。

 一歩一歩、男が近付いてくる。

 逃げないと行けない。分かっているのに体が言う事をきかない。


「や…やだ…。来ないで…!」


 後退りしか出来ずアミは扉にぶつかる。

 扉を開ければ逃げられる。なのに、なのに何でその力が出ないのか。


「来い。いいもの見せてやるよ」


 男はアミの髪を鷲掴みすると引き摺る様に別室に連れ込んだ。

 痛い怖い痛い。どれだけ泣こうと騒ごうと、男の力の前ではアミは無力だった。

 そして無理矢理連れてこられた部屋にアミは更なる絶望を目にする。

 それは重なるように倒れる母と弟の遺体だった。


「あっ…や…」


 あまりに酷い光景に言葉が出ない。

 自分達が一体何をしたというのか。

 何故こんな目に合わないといけないのか、アミは理不尽なこの状況を恨んだ。

 だがいくら恨もうとアミには何も出来ない。

 助けを呼ぼうにも助けてくれる人ももういない。


「やぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」


 最後の抵抗と言わんばかりに叫び暴れる。

 だが男はお構い無しに首にハサミを突き刺す。

 声が遮られ血が肺に流れ込んでくる。

 苦しい。痛い。呼吸が出来ない。

 そんな様子でを男は椅子に座り眺めている。

 その場に座り込んだアミは無意識に喉を抑える。

 だが血は止まらない。それどころか逃げ道が狭まった事により、肺に更に血が流れ込んでくる。

 ゆっくりゆっくりと命が削れていく。

 もう助からない事は分かっている。なのにすぐに死ぬ事は出来ない。

 座っている事も出来なくなり地に伏したアミは、永遠にも思える苦しみに対して早く死ねる事を願い始めていた。

 どれくらい経ったのだろうか、アミは虚ろな目で母と弟を見つめ、血からを振り絞り這いより始める。

 もう苦しみはなかった。ありとあらゆる感覚がなくなっていた。

 意識もないに等しいにも関わらず家族の元へと向かうのは、家族を想う愛故か。

 だがその手は届かない。

 流れる血に触れる事しか出来なかった。


 少女の命は尽きた。

 だが気が付くとアミは家ではない何処かにいた。

 見渡す限り続く純白の世界。

 それは先程までの地獄を浄化してしまう程の白さ。

 きっとここは天国なのだろう。


「やぁ、君の名前は?」


 小鳥が喋っている。

 だが不思議と驚きはなかった。

 苦痛から解放されたからなのか、心はとても穏やかだった。


「ふふっ、可愛い。私はアミだよ」


 指先で小鳥の頭を撫でるともっと撫でてと言わんばかりにすり寄ってくる。

 そしてひとしきりじゃれ合うと小鳥はアミの肩の上に飛び移る。


「キミは生き返りたい?家族ともう一度過ごしたい?」

「え…?」


 突然の発言に穏やかだった心が乱れ始める。それまでの絶望が地獄が頭の中に交錯する。

 胸が苦しい。息が出来ない。心臓が破裂するのではないかという程鼓動を速めていく。


「キミには魔法少女の素質がある。魔法少女になってくれるのならキミも家族も生き返らせてあげよう」


 言葉は分かる。しかし意味が理解できない。

 それに先程の出来事が津波のように流れ込んで他の事を考えれる余裕がない。


「どうするの?このままじゃ消えちゃうよ」


 視界に映る自分の手が消えていっている。

 痛みはない。だが自分が消えていっているという事は感じ取れる。

 何が何だか分からない。

 苦しみもがき、消えていく。

 情報が多すぎて脳が処理しきれていなかった。

 だが、小鳥のある一言がアミを元に戻す。


「家族に会いたくないの?」


 会いたい。この記憶が本当なら、今の状況が現実だというのなら、もう二度と家族には会えない。

 あんな悲しい終わり方なんて認めたくない。

 その為ならやる事は決まっている。


「会いたいに決まってるよ。だからなるよ、魔法少女」

「キミならそう言ってくれると思ったよ。さぁ目を閉じて。次に目を開ければキミは家に戻っている。ただ気を付けて。殺人鬼は家にいる。キミの手でケリをつけるんだ」


 何だってやってやる。皆を守る為なら。

 決意を固め目を閉じると意識が遠退いていく。

 そして目を開けるとアミは死んだ時の状態で倒れていた。

 体を中心に血溜まりが出来ている。

 しかし痛みはない。傷もない。

 夢ではなかった。確かに自分は殺された。

 だがこうして生きている。生き返ったのだ。

 体を起こすと血が糸を引く。

 温かさのあるその血液はこの状況が現実である事を突き付けているようだった。


「…何で生きてやがる」


 立ち上がるアミを見て殺人鬼は目を見開いて驚いている。

 当たり前だ。確実に致命傷を負わせ、死に逝く様を楽しんでいた。それにも関わらず生きているのだから。


「おい、テメェそれ何処から…」


 殺人鬼の発言で気付いたが、アミは手に身の丈程もある巨大なハサミを持っていた。

 それだけではない。服装も制服ではなく、魔法少女に相応しいフリルの付いた可愛らしいワンピース姿に変わっていた。

 手に持つそれが何の為にあるのか。考えずとも理解していた。

 アミは大きく踏み込むと、殺人鬼目掛けて走った。そしてハサミの刃先を殺人鬼へと向ける。

 勝負は一瞬。

 床を大きく抉る程の人の限界を超えた速度に殺人鬼は対応出来る訳もなく、アミのハサミは男の胸を貫く。

 その日アミは人を殺した。怒りに任せ全ての感情を凶器に込めた。

 殺した時の男の顔は覚えていない。殺した時の感情も覚えていない。だが感覚だけはハッキリと覚えている。

 もう人ではなくなった。後戻りも出来ない。

 今日が魔法少女としての私の誕生日となった。

 血にまみれたハッピーバースデーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マーダー・パレード ~魔法少女よ誰が為に~ 霜月 @sougetusimotuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ