魔法少女になる素質

 魔法少女になれる女の子って、特別な子だと思う。


 まず、かわいいことが大前提でしょ。それから、少女であること。これだけでもう、すごく貴重だと思う。少子化の進む日本に限るなら、人口の一%もきっといない。


 ――ううん、それ以上。


 だって、魔法少女になる女の子は、本当にかわいくないといけないの。すれ違うだけでみんなから、かわいいって言われるくらいにね。


 まあでも、私はそれらを、満たしてる。つまり、特別な女の子。


 でもね。それだけじゃあ、魔法少女には選ばれない。魔法少女に一番大切なもの、何か分かる?


 答えは、家庭環境。


 誰かがずっと家にいてくれるなら、その子は魔法少女には選ばれにくい。まあ、鍵っ子じゃなくてもいいけど、自分の部屋はあった方がいいよね。隠し事やマスコット(魔法少女をサポートしてくれる妖精)とお話するのが大変だから。


 それから、子どもだけで外に遊びに行くのを許されていること。だって、敵が現れたとき自由に外出できないし、親の前じゃあ変身もできないから。


 まあ、時間停止や領域展開でなんとかなる場合もあるから、これらは全部、その方が、都合がいいってだけ。ピンチは物語を輝かせるものだから、どっちでもいい。


 でも、家で子どもとして扱われていること。それから、塾や習い事がないこと。これは大事。他にやることがあると魔法少女はできないから。


 魔法少女になるには、一人の自由な時間ってのがどうしても、必要になってくる。


 超常の力があったとしても、戦うのは疲れるだろうし、変身アイテムを隠す場所は必要だし、マスコットだってご飯がいるかもしれないし。


 魔法少女ってことは上手く隠さないと、今どき、SNSで簡単に拡散されて、普通の生活ができなくなっちゃうからね。


 ――つまり、何が言いたいかってことだけど。


 私は、魔法少女になりたい。


 下校のときに寄り道なんてしたことがなくて、いつも家と学校の往復だけ。家に帰ればお母さんがいて、一人で外に遊びには行かせてもらえない。


 遊びに行けない理由?お母さんは、一人で帰って来られないからって言う。遊びに行くのはいいけど、そこから別のところに移動して解散ってなったら、あなた帰ってこられないでしょうって。


 ……まあ、そのとおりなんだけど。他の子たちはスマホを持ってて親に連絡したり、GPSで居場所を知らせたりしてるみたいだけど、うちはそういうのはまだ早いって。


 そういう方便ね。


 自分の部屋がなくて、台所にいても私の行動は監視されてる。帰宅時間に五分以上の誤差があったら殴られる。


 買い物は全部宅配で済ませて、家事をするのは私。学校には行かないと面倒だからって、お母さんは私を夜中の三時には叩き起こして、掃除、洗濯、炊事をやらせる。


 お母さんは働いてない。ずっとスマホを見て、投資とかで借金を作り続けてる。それをみかねた――いや、お母さんのヒステリーに負けて、おばあちゃんとおじいちゃんはお金をホイホイ渡すから、お母さんは生活態度を一向に改めようとしない。むしろ悪化している。


 帰ればゴミが散らかっていて、お金の損失が大きければ私を殴って、授業中は眠くなってしまって先生たちには怒られて。休み時間も寝てるから友だちができなくて、宿題なんて分かるわけもなければ、やってる時間さえない。


 でも、やってないと三者面談でお母さんの機嫌が悪くなるから、宿題を写して何問か適当に間違えて誤魔化している。


 当然、魔法少女をやっている時間だってない。


 それならよっぽど、普通の家庭の方が、魔法少女になれる。こんな私のところに、マスコットは来てくれない。マスコットだって、選べるとすれば、都合のいい相手を選ぶはずだから。



 ――でもある日、マスコットのモフカロンは確かに、私のところに来てくれた。一緒に魔法少女をやろうって。それだけで私は、救われた気がした。



 マカロンみたいな見た目で、羽が生えていて、可愛くて、白色でもふもふのモフカロン。モフカロンは私以外の人には見えなかった。だから私は、その問いかけに頷くだけでよかった。


 モフカロンは、私の望みが叶うまでは、一緒にいてくれるって言ってた。つらいことがあっても、モフカロンがいてくれると、乗り越えられた。


 モフカロンとの約束はただ一つ。魔法少女の存在を悟られないこと。


 魔法少女だとバレてしまうようなものは全部、別の時空に置いてあって、私は敵が現れたときにモフカロンを通じてその時空に瞬間移動する。


 別時空とは時間の流れが異なるから移動の瞬間さえ見られなければ問題ない。


 大切な私だけのマスコット――だったのに。


 自宅内の監視カメラを警戒して、トイレで瞬間移動するようにしていた。トイレの中だけなら比較的狭くて、掃除をするふりをして探すことができた。


 でも、だめだった。


 心の支えができて、私にゆとりができたことを、いつも監視しているお母さんが見逃すわけがなかった。


「何を隠してるか言いなさい!」


「何も隠してないよ……」


「今、目を逸らしたのが何よりの証拠でしょう!」


 ドキッと心臓が跳ねる。嘘だ。私はいつも、お母さんの目を見て話せていない。


「本当に何も隠してない!」


「親に嘘をつくの!?そんな子に育てた覚えはないわ!どうして!?どうしてあなたはいつもそんななの!?ここまで育ててやったのに、どうしていい子にできないの!?」


『お前に育てられた覚えはないフカ。お前こそ自分の両親に地中深くまで埋まって詫びろフカ』


 ――モフカロンの一言に、私がくすっと笑うと、お母さんからの暴力が始まる。見えるところを避けての、暴力だ。


「あんたをここまで育てるのに、どれだけ苦労したと思ってんの!?どれだけ金がかかったと思ってんだよ!なあ!?」


「そんなの、知らない……よぉっ!」


 もう理不尽に謝ることはしない。モフカロンが、思ったことを言葉にしていいんだって、教えてくれたから。


『おうおう、処すか?ここで魔法少女に変身して、処してやろうか?』


「知らないじゃねえんだよ!!」


「きゃあっ」


『りんご!!』


 まぶたに引っかき傷ができて、血が流れる。血がドバドバ流れていく。


『この毒親が……。モフカロンのりんごに何してくれてんだカフ!』


「りんご。あなた、見えてるでしょう」


「見えてる……?何が?」


「マスコットが、よ」


 そのとき、動揺を隠せなかったことを酷く、後悔した。


「お母さんもね、昔、魔法少女だったの。……でも、敵と戦うのが怖くて、それまで順調だった世界のすべてが、怖くなってしまった。あなたが魔法少女にならないよう、私は今まで、隙を与えなかった。……でも。今そこに、マスコットがいるようね?」


 お母さんも、魔法少女だった……?戦うのが怖くて、それで今、こんな生活しかできなくなってしまったのだとしたら――。


『うっせーバーカフ!!魔法少女を体のいい言い訳にしてんじゃねえカフ!!子ども生んでんだから、親の責任くらい取れカフ!!』


 モフカロンはいつも、私の味方だ。


「魔法少女とマスコットの唯一の約束。魔法少女の存在を人に悟られてはならない。――この意味を知ってる?」


 意味……?


『……やめろカフ』


「それは、魔法少女がマスコットの支配下にあることを証明するため。最も簡単で、魔法少女を孤独にするその約束を果たすことで、マスコットの言うことをなんでも聞くお人形さんだってことを確かめていたいの。要は、詐欺と同じよ。誰にも相談できない環境を作って、耳障りのいい言葉ばかり並べて、殺し合いの場に幼く無知なかわいい少女たちを送り込む。――敵はマスコットたちによって作られているの。観客に見せるためだけにね」


 じ、じゃあ、私が今まで命をかけて戦ってきたのは、全部、無意味だった……ってこと……?


 ただ、利用されただけ……?



 私は、モフカロンを振り返る。



 モフカロンは――消えかかっていた。


「モフカロン!!」


『あーあカフ。悟られるなって言ったのにカフ。……振り返っちゃだめカフよ』


 はっとして、私はお母さんを見る。お母さんは、満面の笑みを浮かべていた。


「あはははは!本当にかわいい娘だこと!本当に、馬鹿!一度しか戦っていない私が魔法少女のことなんて詳しく知るわけがないでしょう?――その一回で、私のマスコットは、私を庇って死んだ。だから、子どもであるあなたにも、私と同じ気持ちを味わわせてあげた方がいいと思ったのよ。一から全部教えるよりも、失敗した方が早く覚えるじゃない?」


「……許さない」


『待つカフ、りんご――』


「モフカロン。本当の意味は、なんだったの。どうして私は、魔法少女に選ばれたの」


 半分消えかかっているモフカロンに、別れの言葉を告げるより、真実を聞き出すことを優先した。


『本当の意味は、モフカロンにも分からないカフ。ただ、マスコットの王様が、その意味を話すことすらしちゃだめだって言うから従ってただけカフ』


「じゃあどうして、私を……私なんかを、魔法少女に選んだの……。モフカロンのこと、信じてあげられなかった。お母さんに簡単に騙されて、本当に、馬鹿な私で――」


『――りんごの望みは、いつか絶対に叶うから。魔法少女が願いを叶えたとき、マスコットは制約なく、魔法少女といつまでも一緒に、この世界にいられるんだカフ』


「じゃあモフカロンは、私と一緒にいるために、私を選んだ、ってこと……?でもそれは、私が選ばれる理由になってない……っ」


『君の望みを、言ってごらん』


 モフカロンの口が消えて、笑った優しい眼差しだけが残る。


「わたしは、魔法少女になって、たくさん自信をつけたら……いつか、学校以外の場所で、誰かと一度でいいから、遊んでみたい。冬休みに入っちゃうお正月、誰かと、あけましておめでとうって、言い合ってみたい」


 ――叶うよと、言ってくれている気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2025年用短編集(年内200話を目指します) さくらのあ @sakura-noa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ