04 物の怪


 現れた獣は明らかに異形の存在だ。三毛猫の姿をしているが大型犬ほどのサイズがあり、尾は二つに分かれている。優雅に尾を振ると毛につやが走った。


『化け猫か』


「見事な化けっぷりだったでしょう?」


アヤカシなのになぜヒトの味方をする!』


「ヒトの味方はしていません。

 街でヒトに障るアヤカシが増えると、大切な方に影響が出るんです。

 だからヒトに関わるのはやめてください」


『断る!

 孤独は嫌だ。私はヒトと一緒にいたい、再び穏やかな日々を送りたいのだ!

 邪魔をするのならっ』


 再びつるが伸びて猫又を攻撃してきた。アヤカシとわかったからには容赦しない。蔓の数を先ほどより増やして猛攻する。だが猫又は華麗にかわしていく。本来の姿に戻ったことで動きにスピードが乗ってかすりもしない。


「私のほうが速いので勝負になりませんよ。諦めてください」


『やかましいわ!』


「仕方がないですね」


 これまで動き続けていた猫又が足を止めた。やおら後ろ足で立ち上がると、前足を胸の前まで持っていき、二本足で立ったまま動かなくなった。


(こやつ、何を企んでいる?)


 相手が人間なら弱いのでなんら問題はない。ところが対峙しているのは猫のアヤカシだ。ヒトにはない妖力チカラを持つので用心しなければならない。面積が広くてよけにくい腹を狙って蔓のむちを立て続けに放った。


 猫又に届く直前で蔓が切断されて床に落ちた。一瞬の出来事で何が起こったのかまったくわからない。攻撃を止めてよくよく観察すると、猫又の前足から黒光りするものが出ている。


(爪! 化け猫が本領発揮とくるか!!)


 すぐに背後から蔓を伸ばして背を狙う。しかし猫又は後ろ足で跳躍すると空中で身を回して蔓を引き裂いた。着地と同時に走り出し、壁の前に着くと腕を振るった。


『ギィヤアアァァ―――!!』


 壁が爪で裂かれ破片が飛び散る中、絶叫が響く。猫又は床に爪を思いきり食いこませると剥ぎ取った。動きは止まらず、壁に飛びかかると強靭な爪で切り裂き始めた。


 アヤカシもされるがままではない。蔓を伸ばして反撃するが猫又は柔軟にかわし、口でとらえると咬みちぎり、腕を振って細切れにした。ぼろぼろの家は猫又の猛攻でさらにもろくなっていく。


「もう降参してください」


 戦闘中、猫又はアヤカシに説得を試みるけど聞く耳を持たない。仕方なしに攻撃を続ける。


 アヤカシは家を守り、ヒトが去った後は少ない妖力を使って家の倒壊を防いできた。もともと戦闘には向いておらず、猫又との戦いに大量の妖力を消費してしまう。家をうまく支えきれずに崩壊が急速に進んでいく。


 家全体がきしんではりがずれた。屋根の崩落が始まったときに場にそぐわない声がした。


「面倒くさ~い。

 この家、燃やしちゃえばいいんじゃなあ~い?」


 猫又の動きが止まり、家中からわき出ている蔓も静止した。声がしたほうを見れば、身長150センチくらいのマッシュルームヘアをした子がいる。制服姿で壁にもたれている彼女が手にしている物を見てアヤカシはぎょっとした。


 少女の手の中でカチリと音が鳴った。次はカチカチッと連続で音がして直後に火が現れた。


 ライターを持ち上げているので顔が照らし出されている。少女は棒付きキャンディーを口にして、うっとりとした目で炎を眺めている。目を細めるとライターを見つめたままゆっくりと左右に振り始めた。


『火を消せ!!』


 怒鳴る声とともに少女に向かって蔓が伸びてきた。蔓が届く前に横に飛びのいて攻撃をよける。後を追って攻撃すると、またするりとかわした。


『ただの女じゃないな! 何者だ!?』


「やぁねえ。ただの女子高生よぉ」


 アヤカシはライターを奪うため攻撃を仕掛ける。少女はけたけたと笑ってライターの炎をちらつかせながらまりのようにぽんぽんと駆けていく。あどけない姿をしているが不気味に口元をゆがめており、楽しそうにアヤカシをなぶる。


 少女は攻撃をかわしながら猫又に視線を投げて挑発的に言ってきた。


「木造の家なんて焼いてしまえば終わりでしょ。

 なぁんでやんないのぉ?」


宇咲うさきさん!

 私の相手です。邪魔しないでください!」


「アンタがちんたらしているからぁ、ワタシが片をつけてあげるわぁ」


 会話に夢中になっている少女を目掛けて梁が飛んできている。先端は尖っており、胸を貫くいきおいで背後から伸びてきたが、少女は振り向きざまに蹴りを出して弾き飛ばした。


「ワタシのほうが強ぉい。バア~イ、バィ」


 投げキスをすると床にあった古新聞にライターを近づけた。新聞は乾燥しきっていて簡単に火がついた。炎はすぐ床に燃え移り大きくなっていく。


『ギャアアァァ―――! 熱い! 痛いっ!』


 炎がはぜる音と一緒に家が叫び声を上げる。もだえるようにぎしぎしと鳴り、ぼろぼろと崩れていく。


「なんてことするんですかっ。放火ですよ!」


「大丈夫よぉ。燃え尽きたら消えるでしょ」


 長年放置されてきた空き家はほこりがたまり、木製の物は劣化が進んで乾燥している。火の粉がつくと簡単に燃え始めた。


「あ~れぇ~?

 ちょっと燃えるの早くなぁい~?」


「何を悠長なコト言ってるんですか!

 これはやりすぎですよ!」


「クロムはうるさいな~。

 火の後始末さえすれば問題ないでしょ」


 炎の広がりとともに家中から悲鳴が上がる。猫又はあたふたしているけど、少女は頭の後ろに手を回して傍観している。炎が広がって壁に届きそうになったとき、白い煙が広がった。


「まったく、あなたたちは」


 気づかぬ間に男性がいて消火器を手にしている。てきぱきと消火していき、あんなに燃え盛っていた炎をものの数分で沈黙させた。


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