第10話ウォーラとの別れ

 ハクは森を抜けた後さっきの花畑に戻っていた。

「う…つぅ…」

体が痛い。

ウォーラをかばったとき、色々な所に体をぶつけたせいだろうか。

別に後悔はしていない。

ウォーラを守れたんだから、それで十分だ。

約束を破らずにすんで、よかった。

そういえば、ウォーラに作った花かんむりの花、確かシロツメクサだった。

ハクはそっと、シロツメクサを一輪摘んだ。

「この花で作ったのは、正解だったみたいだな」

それにしても体が痛い。

多分、普通にどこか折れているような気がする。

「また怒られてしまうな…」

ハクは自分の部下たちを思い出して苦笑した。

ハクの部下たちは、ハクが無茶をすることを知っているので、ハクが怪我をして帰ってくるととんでもなく怒るのだ。

どう言い訳しようかと考えていると…

「ハクさん!よかった、まだいてくれた…」

ゼイゼイと息を切らし、ウォーラが走ってきた。

「ウォーラ…。グレイシアたちや、デュークはどうしたんだ?」

「デューク様が、お詫びにってお城に招待してくれて…でも私は、ハクさんとお話したくて…」

「…そうか。とりあえず座ったらどうだ?」

「はい、ありがとうございます」

ハクに促され、ウォーラはハクの隣に腰を下ろした。

「あの、ハクさん」

「なんだ」

「その…大丈夫なんですか?私をかばって、気を失ってしまって…」

「あぁ、そのことか。大丈夫だ」

もちろん大ウソである。

「…ハクさん、少なくとも私の目には、ハクさんが大丈夫には見えないんですけど」

「うぐっ…」

じっとりとした目で見つめられ、ハクは視線を泳がせる。

「分かった分かった。白状しよう。普通に痛い。でも多分、軽い打撲だから気にするな」

「気にしますよ!」

「そんなことより、私に話したいことがあったのだろう?」

「…。ありがとうございました」

「?」

「ハクさんは私を助けてくれた。このご恩は、一生忘れません。ですが、いつか借りは返します。ちゃんと覚えていてくださいね!」

「…ウォーラ、変わったな」

「え?」

「出会った時より何倍も明るくなった。それは、とても良いことだ。これからも、そうして笑って生きてくれ」

ハクさんは遠くを見つめながらそう言った。

そういえば、船に乗っている時にグレイシア様が言っていた。

『ハクはあまり笑わないし話さない。だからよく冷たい存在だと思われてしまう』

と。

確かにハクさんはほとんど笑わない。

口数も決して多いとはいえないし、誰にも心を開いている様子はない。

まるで…まるで、自分を隠しているみたいだ。

それでも、私を見る彼の目は優しかった。

目が見えないと、存在の視線に敏感になる。

それこそ、見つめられるだけでその存在の感情が読み取れるくらいに。

今まで出会ってきた存在は皆、哀れんでいたり怒っていたり、面倒そうにしていた。

でも、彼は違った。

なんというかこう…感情が読み取れない。

優しい。

その一言しか出てこない。

今まで出会ったことがないタイプの、不思議な存在…。

「ハクさんは…綺麗ですね」

「え?」

ハクは驚いたようにウォーラを見た。

「心の話ですよ。ハクさんは本当に、他の存在と比べ物にならないほど綺麗です」

綺麗…と、ハクは飲み込むようにつぶやきやがて

「ありがとう」

笑った。

「…!」

ここまで美しい笑顔を、ウォーラは生まれて初めて見た。

いや、笑顔を見ること自体初めてかもしれない。

「…そうだ。ウォーラ、この花の花言葉、知っているか?」

ハクはウォーラにシロツメクサを見せた。

「うーん…友情、とかですか?」

「残念」

ハクは微笑んで、シロツメクサのブーケをウォーラに差し出した。

「約束、だ」

「!」

「私は戦いの前、君を守ると言った。覚えているな?」

ウォーラはうなづいた。

「あの言葉は私のお守りでもあり、私を縛る鎖でもあるんだ」

「鎖?」

「私は、約束を破ることは存在を裏切ることと同じだと思っている。絶対などないのに。だが昔…大昔に、教えてくれた方がいたんだ。存在を守り、助けるために生きろ、と」

「…!」

「おっと、すまない。余計な話をしたな。忘れてくれ」

「そんな…ハクさ」

ピタリと、ウォーラの動きが止まった。

「?どうした、ウォーラ?」

「…」

何も言わない、動かないウォーラに、ハクは違和感を覚えた。

「ウォーラ?どうした?大丈夫か?」

「ハク、さん」

ウォーラが探るように手を伸ばす。

ハクはその手をしっかりと握り、話しかけた。

「どうしたんだ?急に。目は見えるようになったのだろう?」

「…また…見えなくなっちゃいました…」

「え?」

今、ウォーラの視界は真っ暗だった。

何の光も見えない、さっきまで見ていた光溢れる世界とは違う、真っ黒な世界。

多分もう、この目は未来を見ることも世界を見ることもできないのだろう。

…でも

「んんー!」

ウォーラは伸びをして、花畑に寝転んだ。

「ウォーラ?」

ハクさんの心配そうな声がする。

これでいい。

目は見えなくなった。

未来も見えなくなった。

でも、いい。

確かに、1度目が見えるようになったことで、目が見えるという感動を知ってしまった。

でも、いいんだ。

目が見えなくなったって、私の目にはずっとあの、ハクさんの笑顔が焼き付いている。

これから、どんな悲しいことが起きたってきっと、彼の笑顔が私を救ってくれる。

「いいんです、ハクさん。私は大丈夫。これからもきっと、大丈夫です」

笑って見せると、ハクさんは少し息をついてから私の隣に寝転んだ。

2人はずっと、笑いあっていた…。

 ウォーラと別れて早1ヶ月…。

獣人族の青年は、戦艦ルーンネトラでとある新聞記事を読んでいた。

『フォンガ星早期復興の光!最年少会長ウォーラさん率いる「花かんむりの会」が復興活動開始』

写真には、あの日彼が作った花かんむりをかぶって笑っているウォーラが写っていた。

『どうして復興活動をしようと思ったのかをウォーラさんに聞くと、「自分の身の危険も顧みずに、私を守ってくれた存在がいる。彼は私に約束の大切さと存在を守る意味を教えてくれた。彼が私にしてくれたことを、私も誰かに繋げたい。その一心だけ」と、語ってくれた。目が見えない彼女を命がけで助けたのは一体誰なのか。彼女はそれを、教えてくれなかった』

彼は記事を読んで、少し笑った。

「やるじゃないか。やっぱり君は、笑っていた方が似合う」

彼は1人、穏やかにそうつぶやいた。

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月世界 ハクと未来を視る少女 ~その目に映るは喜か哀か~ 狛銀リオ @hakuginrio

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