第9話花かんむりの誓い

 キン!!!

振り下ろされた鉈が、受け止められる。

「…!」

銀色の髪と白い羽織が目の前で揺れた。

「私は、ウォーラを守ると言った。その約束を、今さらたがえるつもりはない」

「…!ハクさん…!」

「すまない。遅れた。怪我はないな?」

「は、はい!」

「ハク!大丈夫なの!?」

「死を覚悟するほど体が痛いが、問題ない」

「問題しかないじゃないですか!」

「ここまでよく耐えてくれた。あとは任せ」

「られるか!オレたちのことより自分の体の心配しろよ!」

「このくらいの怪我、いつものことだ。心配しなくても大丈夫だぞ」

「心配するよ!ハクは本当に、存在に甘えるのが下手だねぇ~」

「うっ…」

図星だったらしい。

ハクは顔をしかめている。

「と、とにかく今は安全確保が最優先だ!デューク、と言ったか?数の暴力で申し訳ないが、ここからは私も参戦する。借りは返させてもらうぞ」

「…っひきょうな…」

「「「ひきょうなのはそっち!」」」

「うわ!ビックリした」

「なんでハクがビックリしてるのよ」

「いや、急に大声出したら誰だってビックリするだろう。なぁ、ウォーラ?」

「いえ、反応が分かっていたので全くビックリしませんでした!」

「ウォーラ、まさかのそっち側か!?」

「そっちってどっちですか?」

「ウォーラ様、そういう意味じゃないですって!」

「ほら、雑談はいいから早よ終わらせるぞー」

「もうぼく、疲れてきちゃったよ」

「すまない。では…行くぞ」

ハクは刀を抜いた。

切りかかってくるデュークをヒラリヒラリと避けながら、たまに受け流す。

「…オレのことナメてんの?ちょっとくらい反撃したらどうなのさ」

「悪いが、あいにく反撃は好きじゃないんだ。受け流すので勘弁してくれ」

「…あんた、本当に宇宙最強?」

「一応」

「変わり者なんだね」

「よく言われる」

そんな言い合いをしている中、ハクは一同後ろに飛び退いた。

デュークが眉をひそめたその一瞬の間で、ハクは一気にデュークとの間合いをつめる。

「っ!」

目の前には刀。

体勢も崩れた。

もう、ダメだ…。

倒される。

デュークはそう覚悟して目をつむった。

「…っ!」

ウォーラの息を飲む音が聞こえた。

もう…ダメだ…。

そう、思っていたのに。

いつまでたっても、痛みも苦しみも襲ってこない。

おそるおそる目を開くと、目の前…鼻に触れるか触れないかの所で、刀が止まっていた。

「…え?」

「「「え?」」」

どうやら驚いたのはオレじゃなかったみたいだ。

4人も驚いている。

座り込んだオレの目の前で、ハクが刀を鞘に収める。

そのままきびすを返して去ろうとするハクに、デュークはあわてて声をかけた。

「お、おい!待てよ!」

「なんだ」

ハクは後ろを向いたまま立ち止まった。

かけた。

「な、なんで…なんでオレを倒さない?あんた、オレのことキライだろ。それなのに、なんで」

「…いくらキライとはいえ、私に君の命を奪う必要性はない」

「で、でもオレはウォーラを連れていこうとしたし、あの子を傷つけたし…」

「そう思っているんだろう?」

「へ?」

「傷つけた、と、自覚しているのだろう?悪いことをしてしまった、と。そう思っているのなら、私は何も言わないし、君を倒すこともしない。…君はもう…自分が何をすべきか分かっているはずだ」

ハクは再び歩き出した。

今度は歩みを止めずに。

歩みを止めることも、振り返ることもせず、森の出口の方に姿を消した。

「…」

デュークは無言でハクが消えた後の森を見つめ、ポツリとつぶやいた。

「自分が何をすべきか、オレはもう分かっている…」

オレがすべきこと、それは、ウォーラに謝ることだ。

元々オレは、ウォーラの力なんて必要としていなかった。

親父…王に言われたから追っていただけで、オレ自身、心の中では彼女に逃げ延びてほしいと思っていた。

だからすぐには捕まえなかった。

いつもギリギリの所で見逃した。

でも…でもそれが、彼女を怖がらせ、追い詰めていたのだろう。

オレはひどいことをしてしまった。

昔から王の言いなりで、自分のしたいことや本音を隠して生きてきた。 

だからハクにあんな風に八つ当たりして…。

けれど、抵抗しようとしたらできたはずだ。

それをしなかったのは、オレが弱虫だから。

親父に逆らえば、どうなるか分からなかったから。

怖かったから。

だから今まで、存在を傷つけてもなんとも思わなかった。

だって、オレは怖かったんだから。

自分を守るために、他の存在を傷つけた。

今日この日、ハクの優しさと心の広さに触れて、自分がいかにひどく、醜いか分かった。

オレが今までしてきたことは、謝るだけじゃ到底許されないことだ。

だから、これを機にもう親父の言いなりになるのはやめる。

これからは、オレが傷つけてしまった存在のために生きていこう。

…そのためにも。

デュークは立ち上がり、ウォーラに近づいた。

ウォーラの後ろに立っているグレイシアたちが身構える。

「…ウォーラ、本当に、ごめん」

デュークはウォーラに向かって深々と頭を下げた。

「え…?」

「今まで追いかけてきたこと、怖がらせたこと、傷つけたこと、全部全部、許されないことだ。本当に、悪いことをした。ごめんなさい」

「…」

「もちろん、謝るだけ許されるとは思っていないよ。何をすれば、オレは君に許してもらえるだろう」

「…~…~~」

「え?」 

「…私、この星が好きなんです。大好きなんですよ」

「…?」

「だから、地震でこんな風になってしまって、とても悲しい。ここまで星が壊れてしまっても、あなたのお父上…王様は、この星に何の支援もしてくれません」

「…そうだね」

「私は、この星を元に戻したいんです。もう一度、あの、みんなが笑っていられる平和な星に。そのためにも…あなたに頼みたいことがあるんです。聞いて、もらえますか?」

「なに?オレにできることなら何でもするよ」

「この星の復興を、手伝ってもらえませんか?色々な存在や物を集めて、この星の壊れた所を直すんです。私1人ではできません。だから…お願いします。手を貸してください」

「分かった。任せて。存在と物を集めてこの星を元通りにする。家なんかを失くして困っている存在たちもなんとかすると約束しよう。口約束だけじゃもろいな…。あ、じゃあ、君がつけてるその花かんむり、それ、大切なものなんでしょう?じゃあ、それに誓うよ。オレは今後、君に尽くす。なんでも言ってほしい。できる範囲で手配するから」

デュークの目はまっすぐだった。

とても、嘘をついているようには見えない。

「…私、ずっと前からあなたのこと知ってました」

「オレのことを?」

「王様の言いなりになって、ずっと無表情の可哀想な王子様って。みんなずっと、心配していたんです」 

「オレを、心配?」

「はい。…でも、よかった。今のデューク様、なんだか楽しそうです」

「…!」

「デューク様、あなたのしたことは決して許されることではありません。だからこれからは、自分が傷つけた存在と、自分の心配をしてくれた存在のために生きてください。そうしていれば、存在はいつかきっと、許されますから」

ウォーラは笑った。

その笑顔に、なぜオレはドキッとしてしまったのだろう…。





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