悠斗

 昼時の煩わしい喧騒の中、席に座ったまま索然と考え事をしたりSNSの整理をしたりしていると、たまたま旧知の友とのやりとりの履歴に目が留まった。こっちに来てからもう随分経つ。若菜はどうしてるだろうか。もう進路については心を決めている頃だろう。

「おい、悠斗って!」

「ん、ごめん、何か言った?」

 気づくと隣の席で林田が喚いていた。大学の大講義室で授業後に考え事をしていたら、いつの間にか集中しすぎていたようだ。

「全然反応しないんだもん、何見てたの?」

「あ、いや、なんでも……」

 まずい。俺は慌ててスマートフォンの画面を隠そうとしたが時すでに遅く、目ざとい友人は以前にSNSで送信されてきていた写真と、そこに映った俺、そしてピースサインでツーショットで映っている若菜の姿を見逃さなかった。

「え……ちょっと待って、この娘めちゃくちゃ可愛くない⁉……おま、まさか……」

 こうなるから嫌だったんだ。

「ちがうよ、そんなんじゃない。ほらここ、見てみろよ。揶揄われてるだけ」

 送信された写真の下には『彼女とデートなう。に使っていいよ♪』の文字。

「デートなうって……いやこんな美少女と仲良いって時点でもう大罪なんだよ!え、どゆこと?お前の村ってこんな千年に一人の美少女いんの?くたくたの婆さんだけって言ってたよなぁ?」

「くたくたって、失礼だろ。それにそんな言い方してない。しかも千年に一人って……おおげさだ」

 俺は嘆息した。こうなると俺が怒るか林田が興味を失うまで終わらないのだ。

「とにかく説明しろって、誰なんだよ」

「もういいだろ、昼めし行くんだろ?」

 俺は席を立ち、荷物を纏めて歩き出そうとした。

「説明を聞くまで動かないからな!」

「はぁ……幼馴染、みたいなもんだよ。誰にでもこんな感じだから、特別仲が良いってわけでもない。彼女も神社の家系だから、それで少し縁があるってだけ。あと、男に興味ないから、変な期待はするなよ」

 林田が怪訝そうな表情をした。

「え、男に興味がない……ってまさか」

「女にも興味ないぞ、アセクシュアル・アロマンティックっていうのかな」

 そんな概念、以前は全くもって知らなかった。若菜がそうじゃなかったら、調べることもなく、一生知らないままだっただろう。

「あせくさ……?なに?」

「ほら、もういくぞ」

 理解の追い付かない友人を置いて、俺は歩き始めた。

「なになに、でもあんな写真見つめてたってことは、お前はちゃんに気があるんだろ?」

「お前……ほんとそういうことには目ざといな」

 あの僅かな時間で画面から若菜の名前を読み取った友人に対し、俺は感嘆と呆れを同時に覚えた。

「で?どうなのよ?」

「別に好きとかじゃない」

 そうだ、俺たちの関係はそんな世俗的なものとは違う。

「いやでもさ、お前モテるのに全然彼女作らないじゃん?実はそっちなんじゃないかって噂も出てるんよ?それって――」

「好きに言えばいい。興味ない。この話は終わりだ」

 不満そうにブツブツ言いながらついてくる友人を早足で突き放すと、振り返り、俺は最も重要なことを伝えた。

「あと……彼女のこと誰かに言ったら……わかってるよな?」

「……お、おう……」

 俺は時々冗談が通じないと言われる。だがこれについては譲れない。睨みを利かせてでも、念を押さないといけないことだ。曲がりなりにも村の関係者、まして禰宜の息子として。

(迂闊だった……こんなことで巫女の存在が知れるようなことはないと思うけど。……まぁ知れたところでか。神経質になり過ぎかもしれないな、逆に変に勘繰られるのも良くない……でも若菜か。祭りの頃に、顔見に帰るかな……)

 夏空は蒼く、どこまでも広がっている。雨の気配はない。雲は気だるげで平和そのものだ。でも側溝の蓋を開ければ、いつだってそこには黒く淀んだ水がある。シャツのボタンが一つ、ほつれて取れかかっていた。知らない名前の鳥が低く一声鳴いた気がした。

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