第12話 やりたいこと
病院を追い出された後、勝手に病院の裏庭に入っていた。
「普通出禁になったところでやるか?」
「あいつらは病院内に入ることを禁止にしたんだろ? 庭ならセーフだろ」
「十分アウトだと思うが……私有地って知ってるか?」
俺とライカはベンチや花壇がある裏庭にて、戦術の授業をすることとなっている。先生は元山賊で俺を殺したい人、ライカ。身長180センチほどで肉付きは良くなく、全体的に細身である、が侮ってはダメで、実際は物凄い筋力がある。
灰色のボサボサの髪は、肩につくかつかないぐらいで放置されている。瞳は相変わらず純血色だ。
「あぁ、そういやこれももういらねぇな」
そう言ってライカは、自分の鼻に巻かれていた包帯をスルスル取る。ライカは整った顔が顕になる。
「あ、俺が折った鼻のやつか。それもメアリーが治したのか」
「言っとくが許したわけじゃねぇからな、お前は俺が殺す。だからさっさと俺の戦術奪いやがれ」
ライカは、俺がライカの戦術をできるようになればメイトを殺せる権利を得ることができる。よって今すぐにでも授業をしたいのである。
そのメイトとは、そうだね、俺だね。改まって考えるとホント意味不明な条件だな……。
「奪うって……ちゃんと教えてくれよ? 俺チート能力コピーみたいなよくありそうなやつ持ってないからな、俺もそんな能力欲しかったよホント」
「知らねぇよ、勝手に習得しやがれ」
ライカはそう言いながら俺から距離を取る。俺はその場に立ち止まる。
「勝手にって、どうやんの」
ライカは肩を回して骨を鳴らした後、顔をバシッと叩いて気合いを入れる。
「こいよ……俺が無限にお前の攻撃を受け続ける。お前は勝手に俺の動きを見てろ」
「それは教えてるとは言わないのでは……てか無限って、いつまでだよ」
ライカは腰を少し下げて、左足を下げる。その目は俺をしっかり睨んでいた。
「お前が納得するまで」
マジかよ……。
「ホントに良いのか、それいつ終わるか分かんないぞ」
俺が聞いてもライカは何も言わずに、ただ俺を見ていた。
覚悟はできてるってことか……。
「……じゃ、行くぞ――」
俺も首を振って遠慮を払い、ライカに手を向ける。
次の瞬間、ライカの顔面は殴られる。頬を殴られ足元がフラフラおぼつく。
「だ、大丈夫か!?」
頬を狙ってだいぶ威力は下げたが、やはりダメージはあったか。
「……」
ライカは何も言わずに足を止めると、最初と同じ体勢になり、俺を睨む。
言葉はいらないってことか……じゃもう一回、今度は腹を狙おうか。
俺は再びライカに手を向ける。そして腹に動かす魔法を使う。
ドン! と、ライカの腹に衝撃が走る。ライカは後ろに後ずさる。
「おい! ホントに大丈夫か!?」
いや、怪我的な心配ではなく、ホントに授業できんのかなあいつ……。
ライカは先ほどと同様、足に力を入れて姿勢を整えてから、俺を睨む。
これでいいって事か……分かったよ。
俺は今度は思い切ってライカのデコをデコピンした。
するとライカは後ろによろめき倒れそうになる。が、足に力を入れて体勢を直す。
「おまっ、ホントに強いのか!? さっきからすごい弱そうでなんか子供を痛ぶってる気分で罪悪感がすごいんだけど!」
俺が言うとライカは俺を一層強く睨む。
いやなんだよそれ伝わらないから、『長年冒険を共にしてる仲間同士なら言葉なんかいらない』みたいなやつだろそれ、俺そんな仲じゃないから。さっきからなんか理解してるふうにやってたけど全然分からんから。
「ホントにいけんのかコレ……てかあいつあんなんでよく俺を殺せると思ってたな……」
俺は呟きながら再びライカに攻撃する。そのままライカは一方的に殴られ続けた。
――――――――――――――――――――
数十分が経過した――――。
あれ? なんだ?
相も変わらず視線の先には俺にボコられ続けるライカがいるのだが、なんか変な感触が斬増していた。
流される。
当たっているはずなのに、最初の頃と比べてヒットした時のライカの反応がだんだん小さくなってきていた。
それどころか……避けているような――。
一瞬、俺の背中に嫌な鳥肌がたった。額にはなぜか冷や汗が滲んでいた。
ライカは考えていた。
右腕、左足、首、左脇腹、右肩、右腕、右足膝関節、右足首、頭。高速で繰り出される打撃……防御不可能、来ると理解した瞬間はすでに当たっている。一見感知不能の最高の打撃攻撃、だが……パターンがある。
次の瞬間、ライカは初めて、メイトの攻撃を避けた、が次の攻撃には当たる。
メイト自身も、ここまでの連続的な人間の動きの想像はしたことがなく、避けられた事を認識していなかった。
左手首だ、なら俺の体勢を左に倒そうとしている。なら次はフェイクの右脇腹、そして右頭。その後畳み掛けるように左腰左足関節左足首。俺はそのまま体勢崩し、重力により転ぶ。
ライカはすぐに跳ねるように立ち上がり、再び透明の打撃を食らい始める。
なんだ? あいつ……なんかだんだん、転ぶように転んでるみたいだ。
まるで、俺がどうやって体勢を崩すか理解しているような。まるで、わざと転んでるような――――。
次の瞬間、転ばしたはずののライカは体が傾いた瞬間、姿を消した。
「……!!」
俺はすぐに居場所を探す。それで一瞬で見つける。
空中、まるで吹っ飛んだように跳ねてきたライカは一直線で俺に突っ込んできた。この間、一秒にも満たない速度である。
「は――――」
俺は驚きに息を呑みつつ、すぐに魔法を出す。
足だ! 足を引っ張って――!!
俺は透明人間がライカの足を掴む想像をする。が、ライカはまるで分かってたと言わんばかりに足を逸らした。
それに対応できなかった俺は、飛んでくるライカに肩を掴まれ、地面に叩きつけられた。
「ごっぺあっ!!」
そのままなす術なく両腕を背中に回され、両手首を抑えられる。膝を立てて拘束を解こうとするが、足で押さえつけられ動かせない。
そして、ライカは自身の右腕と右足だけで、俺を完全に拘束した。
「え!? いや受け続けるんでしょ!? なんで俺がこうなってんの!?」
ライカは俺のことをさらに強く拘束してから、口を開いた。
「お前の攻撃は慣れる。パターンがある程度存在する。それを見抜いてた」
意外と真面目に喋って驚いた。
「あっそう……パターンって?」
「左か右、どっちかの手を攻撃したら、そっちの方向に倒す気がある。そこから関節とか骨がない部分突かれてころばされる。そこを狙う精度は正確だが、ワンパターンだ。数十分あれば次の攻撃の箇所を予測できる」
「あーね……やけに簡単に転ぶなって思ってたんだよ……分かった、それ意識してやるよ、パターンの変化ね」
「ちげぇよ」
ライカは俺の頭を持ち上げて、俺の顔を地面に叩きつけられる。
「いっ……なんだよ……」
俺は顔をライカに半分だけ向けると、ライカを上から睨んでいた。日光が逆光となって、軽く恐怖を感じた。
「お前、手加減してるだろ。あの時俺を殴った時はもっと強かっただろ」
……バレてましたか……いや、気づくだろうなと思っていたんだけど。参ったな……。
「あー、それはちょっとアレでな……この魔法は強くすればするほど制御が難しくなってな……全力疾走した後はすぐ止まれないのと同じ感じで、強すぎるんだよ……」
俺が説明すると、ライカは俺に顔を近づけて脅すように言う。
「ふざけんなよ……俺はお前に手加減されるぐらい弱くねぇ、本気でやれや、殺すぞ」
「……」
ライカは俺の頭を離すと、俺の拘束を解き、立ち上がる。
出たよよくいるキャラ……本気でやらないとキレるやつ、こう言う奴の気が知れん。俺がわざわざ配慮して威力を下げてるのに……もっと「ありがとう、でも大丈夫だよ」ぐらいに優しく言ってもらいたいものだ。
「悪いが、本気は出せない。本気でやったらお前が死ぬ」
俺も立ち上がり言う。
アレ? なんか今のチート主人公っぽくね? フッ、様になってきたな……。
「うるせぇ、そんなに言うなら試しに使ってみろや」
「……ふむ」
確かに、こう言うやつに何言っても意味ないし、実際見せんのが手っ取り早いか……。
「分かった、あの木見てろ」
俺は遠くにある木を指す。透明だから分からないだろと思ったが、ライカは俺の指先を追うように後ろを見る。
「あぁ、やってみろ」
俺はライカの言葉通り、木に手を向ける。
木が崩壊するほどの威力のある拳を持つ人間はいない。
「最大威力で最大速度……人の範疇でできないなら、それを越えればいい……」
いないなら、作ってしまえばいい。俺のこの想像力で。
そして想像された透明人間は、腕を思いっきり振りかぶり、木を殴る。
次の瞬間、木は殴られた位置からバキッと折れて、回転したまま爆音と共に吹っ飛んでいった。辺りに木の葉や木の枝、土埃が舞う。
そのまま病院の壁に激突した。
「うわっ!? な、なに!?」
「あっちからよ!!」
病院内からナースたちの慌てる声が聞こえる。
「お前のせい」
ライカはビシッと俺を指して言った。
クソっ! 反論できねぇ!!
「どうする!? 逃げるか!?」
「……こいよ、さっきのでこい」
ライカは俺から離れた後、また腰を落とす。
「は!? いや、今じゃないだろ! すぐにナースが来るって! てかお前死ぬだろ!」
「今じゃねぇと、さっきの感覚が薄れちまうだろうが、早く使ってこい」
ライカは動じない。俺は裏庭から病院内に続く扉とライカを交互に見た後、一瞬の熟慮ののち、決断する。
「マジでやるからマジで死ぬなよ!!!!」
俺はナースが来るまでの数秒間、ライカとの授業を続ける事とした。
俺はライカの右手首を狙って魔法を撃つ。
が、次の瞬間、想像しなかったことが起きた。
避けたのだ、右手首をライカは透明人間が触れる瞬間に自分の体の後ろに隠した。
俺はすぐさま逆の左手首を狙う。が、そっちも隠されてしまう。右手はもう隠していない。
つまり、ライカは俺がどこを狙っているか察知している。
「なんで、分かるんだよ!」
「"感覚"」
ライカは平然と俺の攻撃を体を捻り避ける。脇腹、頭、首、足……どこを狙っても避けられる。
「くそっ!」
魔法は強くなれば制御ができない、よって周りにも被害が出てしまう。地面が抉れて土が飛ぶ。その数ばだんだんと多くなり、大きくなる。
焦っていた。勝てないと、直感で理解したからである。
当たんねぇ!! 確かに当たったら骨折じゃ済まない威力で打ってる……当たったら多分死ぬ、当たらない方が俺としてもいい。
俺は、華麗に俺の攻撃を避け続けるライカを見て思う。
じゃ俺はなんでこんなに焦ってんだ!!
俺は魔法を止めて膝に手をついて息切れをする。こんな威力の魔法をこんな連発したのは初めてだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ヤバい……俺、通用しなくなってる……。
顔を上げると、ライカが突然止まった俺を上から睨んでいた。頬には若干汗が垂れていた。
「……おら、少しは分かったか? 俺の戦術」
「……はぁ、わかんねぇよ……」
俺は体を起こし、努めて冷静に喋る。するとその時、病院と裏庭を繋げる扉の向こう側から、足音がした。
俺はハッと気がつく。
抉れた地面、ポッキリ折れた巨木、そして出禁の俺たち。
マズイ! この状況、非常にマズイぞ!! ここが病院の裏庭ということを忘れていた!!
「おいライカ! その扉抑えろ!」
俺は病院の者に見せてはならないと、駆け出すのと同時にライカに叫ぶ。
「あ?」
しかしライカいまいち理解できず、棒立ちである。
俺はライカに託すことを諦めて、俺が扉を押さえることにした。
間に合え――――――!!!!
俺はドアに向かって跳んだ。前傾姿勢のまま、手を前に出す。魔法で抑えるという案は焦りで浮かばなかった。
が、しかし間に合わず、扉が開いてしまった。中から出てきたのはさっきのナース、マリアだった。
「な、なんですか――――――」
俺は急いで止まろうとするが、すでに跳んでいるので止まれるわけもなく、そのまま突っ込んだ。
「うおっ!!」
俺はドアを抑えるつもりだったので、手が反射的に掴んだ。いや、正確には揉んだ。
ムニ。
あ……柔らかい……。
刹那、俺はそんなことを考えながら、俺は地面に落下した。しかし手は離れず、そのまま服を引っ張った。
マリアのナース服は胸元フックが外れ、さらにボタンが上から弾けるように外れていく。
「――――」
「いだっ!」
俺が地面に落ちた時には、手には何もなく、反射的に上を見た。
そこには、スカートから覗かれる黒いパンツ、さらに上には、上半身のナース服の前衛、つまり前側のボタンが全て開けられ、中から白い肌と黒いブラジャーが姿を現していた。
絶句。そして絶景。
マリアは自分の状況を数秒かけて理解すると、頬を紅く染め、涙目になった。
あ、やべ。泣く。
「女何してんだ? メイトくらい避けれるだろ、そんなに俺に見せつけたいか」
だっから余計なこと言うなって!!
「う、うううぁぁぁぁぁぁん!!」
マリアはそのまま号泣してヘタリと座り込む。俺はすぐに立ち上がって離れる。
「す、すすすすみまてん! ホントすみまへん!!」
嚙み噛みながらなんとか謝罪する。
「大丈夫!?」
するとマリアの後ろからさっきの赤髪のナースが出てきた。
「メイトがぁ……またぁ……」
マリアは俺を指しながら言う。
「は!? また!? サイッテー変態くたばれゴミカスゲズキモ!!」
おうふ、すごい暴言の数々が俺の胸にクリーンヒット。た、助けてくれぇ……。
ライカを見ると、我関せずとばかりに俺を見下していた。
今回は完全に俺の責任だから、文句言えない。クッソでもなんで上からなんだよ。
「あ、あぅ……いや! ごめんなさい! すんません! 俺今土下座してます! マジで!」
なんとかしなければ! と思い、全力で謝罪心を伝える。
「大きな音がしたから来てみたら……なんですか、この状況は……」
ふと、横から声が聞こえた。そこには、この惨状を見て困惑するメアリーが立っていた。
「メ、メアリー……」
俺が呟くと、メアリーは俺の位置を把握する。そしてメアリーはマリアに近づく。マリアはメアリーを見て泣き止む。
「あ、メアリーさん……」
メアリーはしゃがみ、マリアのはだけた服を見る。その後振り向き、欠伸をするライカと土下座する俺を見る。
「……」
それでなんとなく理解したのか、メアリーはマリアのことを見る。
「はぁ、とりあえず服着てください」
メアリーはそう言いながらマリアの服に手をかざす。すると服が光り、勝手に動き、ボタンが閉じられ、最終的に元の状態に戻る。
「わぁ……」
マリアはそれに驚きつつ感動した。
メアリーはマリアの服を直した後立ち上がり、ライカの足元、抉られた地面や折れた大木を見る。
メアリーは感心したようにそれらを眺めた後、手をかざす。すると抉られた地面は土が現れて平坦に整えられる。さらに適度な草も生えてきた。木は浮かび上がり元あった位置まで飛んでいき、残っていた株に乗っかると、ニョキニョキ木が伸び、株と繋がった。
「ん、これで全部ですか?」
「あ、あぁ……」
結局またメアリーが全て修復した。
「あ、ありがとな――」
俺か言うと、メアリーはムッとして、視線を逸らす。その頬は若干紅潮している。
「……? どした?」
「いえ……」
メアリーは俯きがちに、口を尖らせて呟いた。
「私には何もしないくせに……やっぱり"ああいう"のが好きなんですね」
俺の全身の血の気が引く。
ああいうのって……おっぱいか!!!!
確かに、マリアのおっぱいはメアリーのと比べて大きい、メロンである。それに対してメアリーは、前世では普通サイズぐらいだがこの世界の住民はなんかみんな巨乳率が高いので、比較的小さく見える。
まさか、まな板がコンプレックスキャラか!!??
「いや違う! 全然だから! これは不可抗力でそうなっただけだから!」
「好き通り越して本能でってことですか? 抗えなかったってことですか?」
「ちがーう! 不可抗力はそっちじゃなくて、触れちゃった方! たまたま偶然触っちゃっただけなんだって!」
「……そうなんですか……では、小さいのと大きいの、どっちが好きですか?」
なんだよその急な質問、カップルか俺たちは。
「……そ、そりぁな……ライカはどう思う?」
俺はライカに振ってみることにした、あいつなら、あいつならどうにかしてくれる。多分。
「ん……正直どうでもいいけどあれだよな……」
ライカは顎に手をやって考えた後、手でモミモミする動きをする。
「小さいのって揉むというより握るだよな」
なに言っちゃってんのこの男は!?
メアリーはズーンと顔が死ぬ。こんな落ち込むメアリーを見るのは初めてだった。
「いや! そんなことはない! そも胸が大きい小さい以前の問題で、俺はどちらかと言われたら、俺の好きな人の大きさが好き、と答えるな。つまり俺にとって大きさは後付けで、好きな人がいたらその人の大きさが好きってことになる!」
支離滅裂な力説をメアリーは黙って聞く。
「そうなんですか……はぁ」
メアリーは俯いたまま納得したらしく、安堵のため息を吐いた。
「そうなんですよ……」
場に気まずい空気が流れる。
「てかあんたたち出禁のはずでしょ!? なんでここに入ってんのよ!」
赤髪のナースがライカを指して言う。俺含めだろうが、俺の場所がわからないらしい。
「黙れ、俺には行き先がねぇ、寝床として使わせろ」
なんという強引さ……山賊ってこんなんなのか……。
「は!? できるわけないでしょ!! 今すぐ出てって!」
「拒否する、俺はここを出ない。そんな出したければ力ずくでやってみろよ」
「は、はぁ!?」
ナースとライカが言い争っている間に、メアリーは俺の隣に並び、話しかけてくる。
「そ、それよりなにか得れました? ライカから」
メアリーに聞かれて、さっきまでを思い返す。俺はこの時間で、なにか得れた……?
「いや、なにも」
考えた末、結論何も得なかったし、得ようともしていなかった。
「そうですか……」
メアリーは少し残念そうに呟いた。その顔はいつも通りの気だるげな半目に戻っていた。
「あと、やっぱりライカから教わることなんてない。俺は魔法をやりたい」
俺のその言葉にメアリーは目を見開いて驚く。
「え?」
「俺は魔法を極めたい。お前の授業の方が得れることがある、ライカとじゃ……何も教われない」
「ホントに? ホントに教わることはないと思いますか?」
「あぁ、それに俺は、殴るために魔法を使いたくないから」
メアリーはため息を吐いた。
「……どうやらあなたは私が思っていたよりも、未熟らしいですね」
「自覚はある」
「ないでしょ」
メアリーはそのまま、歩き出す。俺もついていこうと歩き出す。が、
「確かに魔法があれば、人の殴り方なんて知らなくていいでしょう」
メアリーは大きな声で言う。それはまるで俺がついていくことを拒んでいるようだ。
「前にも言いましたが、そのままだと、私に敵いませんよ」
「お前との勝負は、俺が魔法を極めればお前だってさすがに『参った』って言う。とにかく俺は、ライカからは教わらない」
メアリーは振り返らず、俺の言葉を聞いていた。
空はだんだんとオレンジ色に染まり始めている。
「……期限を設けますか」
「は?」
「あなたが私に挑めるのは、残り三ヶ月、それ以降はあなたとは絶対に戦いません」
「は!? なんで急に!?」
俺は突然のルールの追加に、メアリーの肩を掴もうとする。が、触れようとした瞬間、バチっと魔法で手が跳ね返される。
「もしあなたが変わらないなら、絶対私に勝てません、あなたはとにかく魔法に頼りすぎる。自分が無防備なんです常に、魔法を好むのはいいですが、自分のことを客観的に見ましょう」
メアリーは冷たくそう言うと、そのまま俺を見ずに歩いて病院の裏庭から出て行った。
「なんだよ……」
俺は握り拳を作り、歯を食いしばる。
俺は思い出す。ライカが突然着替え始めた時も、ナースのフックが外れた時も、扉を押さえようとした時も、魔法は使わなかった。
それは、魔法がまだ俺の脳に適応していないから。慣れていないのだ。だから咄嗟の時、魔法より体が動いてしまう。
それじゃダメなんだ。俺は"魔法"が使いたくて頑張ってるんだ。
自分を守る? 魔法を極めれば自分だって守れるだろ、ライカから戦術を教わらなくったって……。
俺は、気がつく。
違う、俺は戦術を教わりたくないんじゃない。俺は"ライカ"から教わりたくないんだ。
あの時、ライカが俺の魔法を避け始めた時、恐怖した。俺の魔法は、ライカにも通用しなくなっていると理解したから、それで無力さを感じてもっと魔法を鍛えようと思ったんだ。
俺は嫌なんだ。ライカと一緒にいると、自分の無力さが際立つ気がして。己の無力さが、理解してしまうのか嫌なんだ。
「俺は……凡人……」
俺は特別なんかじゃない。特段使える魔法もない、野生を生きる戦術があるわけでもない。
ただの人間だ。体が透明なだけの、ただの人間――。
気がつくとライカとナースはいなくなっていた。裏庭に一人、俺はただ悔しさで、立っていることしかできなかった。
異世界唯一の透明人間、好き放題生きていく。 春夏 秋田 @bombbombboom
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