私の生き方

「は……は、ぁ」


 肺と呼ばれる今や不必要な器官が、不自然に陰るような違和感。それにハッと息を呑み、私は万年筆を握り直す。

 まずい。このまま執筆が出来なくなれば、私は酸素を失う。何かを――何かを書かなければいけない。そう考えれば考えるほど、息ができなくなっていく。

 こんなところで死にたくはない。折角大好きなものを生き方に選んだのに、それが原因で死ぬなどということは信じられない。しかし、このままでは――


 ――その時。心の片隅で、小さな違和感が過ぎった。

 


 私が書いているこれは、本当に大好きなものか?

 ――ペガサスゾンビなどという残虐なものを、ホラー小説でもない子ども向け小説で紡ぐことが。本当に私の望みだったのか?


 掠れつつある視界を強引に開かせ、私は震える手で万年筆を握り直す。


 そうだ――そうじゃない。私の好きは、こうではない。

 私が好きな執筆は、私の好きなものを、私が書きたいものを、思うがままに書くことだ。


 私は死に物狂いで万年筆を走らせた。



〝ぼくの目の前には、ペガサスが居た。

 でも彼は怪我をしていた。

 片足が折れ、羽は千切れ、血に濡れていて。

 酷く酷く、苦しそうだった。〟



 少しずつ、呼吸が楽になっていく。



〝だからぼくは手を差し伸べた。

 肩に下げていた鞄を探り、包帯を取り出して、

 傷口に巻きつけた。

 治療が痛かったのだろうか、

 ペガサスは弱々しい声で鳴いた。〟



 視界が鮮明になる。震えて揺らいでいた文字が、徐々にいつもの私の文字へと戻っていく。



〝けれど治療が終わり出血が止まると、

 彼は徐々に元気を取り戻した。

 包帯だらけの羽を大きく広げ、羽ばたかせるうち、

 彼は強く発光して――〟



〝ぼくは気がつけば、背中の上に居たんだ。〟



 ――そうして少年は、旅をする。

 残虐なゾンビの蔓延る世界を、ペガサスの背中に乗って。

 時に少年は、生前の未練に苦しめられるゾンビに出会う。そのゾンビの言葉を聞き、未練に応えるうち、少年の旅の仲間は少しずつ増えていくのだ。


 そうだ。私はそんな物語が描きたかった。

 あのころのおばけの物語も――誰もが恐れるおばけという存在を受け止め、友達になるという優しい物語にしたかった。

 自分自身も怖かったおばけが、その日から、怖くなくなったのだ。


 一時間ほど筆を走らせ続け――気が付けば執筆を終えていた。

 方向性は大きく変わった。編集者は何か文句を言うかもしれない。

 しかし――私はもう、動じない。

 私はこうでなければ生きられない。好きを紡ぎ続けることが、私の生き様だ。

 それが叶わない連載ならば、いつでも辞めてやる。


 私は今日も、執筆こきゅうする。


 生きるために。そして――私の好きを、追求し続けるために。

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執筆する 黒詩ろくろ @kuro46ro

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