第3話


「あおくん」

「どうした?」


にこやかな微笑みを浮かべる彼に、私は一つ、お願いをした。



「…本当に、いいの?」

「うん。後悔は、しないから」


香奈ちゃんに言うか考えた時に、「知るのは家族とあおくんだけでいい」と思った。だけど、本当は、両親にも言わないことにした。


いや、言わないことにしたんじゃない。

言えなかったんだ。



地元でも有名な大きな農家の娘として生まれた私は、兄弟もおらず、大事に大事に育てられていた。

だけど、歴史があり大きい分、私は後継ぎだと決まったようなもので、婿を取り一ノ瀬家を継いでいくことを、幼い頃から言い聞かせられてきた。


母も、そうだった。


だけど、度々少し辛そうな顔を見せていた母は、ある事件で、私が14歳のときに倒れてしまい、それから農家の仕事を何一つできずに今も伏せっている。


それを見て、14年間信じてきた、「決められた未来」というものに疑問を抱き始めた。


そして、あおくんが東京に行くと言い出し、私はそれについて行こうと決心したのだ。

このことは、あおくんも知らない。


親に内緒で大学を受け、合格し、内緒で家を出た。


2日後に、「帰ってきなさい」と父から何度も連絡があったが、私から返信したことは一度もない。


私は、親不孝者だ。


そんな私が今更、「あと一年しか生きられないの」と言ったって、信じてもらえるはずがないし、心配してもらえるとも思わない。


だから、言わない。


私の両親も、きっとそれを望んでいるーー。



「…由良?ぼーっとして……大丈夫?」

「うん。それより、あおくんとどこか旅行に行きたいな」

「旅行?」

「うん。死ぬ前に」


自分で言って胸が苦しくなった。あおくんも、少し顔を歪ませている。

ーーああ、言わなきゃ良かった。


「…じゃあ、どこに行く?九州とか、行ってみたいよね」

「うん!」


私たちの地元は、関東にある。

九州など、西日本の更に向こうはまるきり縁がなく、行ったことがなかった。


「…これが最後かぁ」


あおくんは、何か言った?と首を傾げている。

だけど、私がぽつりとこぼしたその言葉が、彼に届くことはなかった。


お医者様は、「半年前には入院することになると思います」とおっしゃった。


「…死ぬまでにやりたい100のことーーとか、作ってみては?」


励ましに、看護師さんが言ってくれた。

たしかに、よくあるよね。


でも。


「…そうですね。でも、私は、今のままで幸せです」


変化は望まないし、私はあおくんといられるだけですごく幸せだ。

やりたいことなんて100も思いつかないし。


そこで、一つだけ思いつくことがあった。



「あおくん」

「ん?」

「大好きだよ」


私は毎日、あおくんに「大好き」って言うことにした。

これなら、後悔しないと思う。


たとえ、死んであの世で彼を想っていてもーー。



「由良。準備できた?もう出発するよ」

「うん!」


私たちは、最後の二人の旅行に行く。


この飛行機からの景色も、旅行に行く時のワクワクする思いも、全部、最後だ。


「ねえ、あおくん」

「ん?」


「ありがとう。大好きだよ」




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いつまでも、あなたは私の心の中にいる 月橋りら @rsummer

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