第3話
◇
「あおくん」
「どうした?」
にこやかな微笑みを浮かべる彼に、私は一つ、お願いをした。
◇
「…本当に、いいの?」
「うん。後悔は、しないから」
香奈ちゃんに言うか考えた時に、「知るのは家族とあおくんだけでいい」と思った。だけど、本当は、両親にも言わないことにした。
いや、言わないことにしたんじゃない。
言えなかったんだ。
地元でも有名な大きな農家の娘として生まれた私は、兄弟もおらず、大事に大事に育てられていた。
だけど、歴史があり大きい分、私は後継ぎだと決まったようなもので、婿を取り一ノ瀬家を継いでいくことを、幼い頃から言い聞かせられてきた。
母も、そうだった。
だけど、度々少し辛そうな顔を見せていた母は、ある事件で、私が14歳のときに倒れてしまい、それから農家の仕事を何一つできずに今も伏せっている。
それを見て、14年間信じてきた、「決められた未来」というものに疑問を抱き始めた。
そして、あおくんが東京に行くと言い出し、私はそれについて行こうと決心したのだ。
このことは、あおくんも知らない。
親に内緒で大学を受け、合格し、内緒で家を出た。
2日後に、「帰ってきなさい」と父から何度も連絡があったが、私から返信したことは一度もない。
私は、親不孝者だ。
そんな私が今更、「あと一年しか生きられないの」と言ったって、信じてもらえるはずがないし、心配してもらえるとも思わない。
だから、言わない。
私の両親も、きっとそれを望んでいるーー。
「…由良?ぼーっとして……大丈夫?」
「うん。それより、あおくんとどこか旅行に行きたいな」
「旅行?」
「うん。死ぬ前に」
自分で言って胸が苦しくなった。あおくんも、少し顔を歪ませている。
ーーああ、言わなきゃ良かった。
「…じゃあ、どこに行く?九州とか、行ってみたいよね」
「うん!」
私たちの地元は、関東にある。
九州など、西日本の更に向こうはまるきり縁がなく、行ったことがなかった。
「…これが最後かぁ」
あおくんは、何か言った?と首を傾げている。
だけど、私がぽつりとこぼしたその言葉が、彼に届くことはなかった。
◇
お医者様は、「半年前には入院することになると思います」とおっしゃった。
「…死ぬまでにやりたい100のことーーとか、作ってみては?」
励ましに、看護師さんが言ってくれた。
たしかに、よくあるよね。
でも。
「…そうですね。でも、私は、今のままで幸せです」
変化は望まないし、私はあおくんといられるだけですごく幸せだ。
やりたいことなんて100も思いつかないし。
そこで、一つだけ思いつくことがあった。
◇
「あおくん」
「ん?」
「大好きだよ」
私は毎日、あおくんに「大好き」って言うことにした。
これなら、後悔しないと思う。
たとえ、死んであの世で彼を想っていてもーー。
◇
「由良。準備できた?もう出発するよ」
「うん!」
私たちは、最後の二人の旅行に行く。
この飛行機からの景色も、旅行に行く時のワクワクする思いも、全部、最後だ。
「ねえ、あおくん」
「ん?」
「ありがとう。大好きだよ」
いつまでも、あなたは私の心の中にいる 月橋りら @rsummer
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