ハゲ『カツラを出せ』

 ハゲは開き直った。


 もう諦めてハゲであることを受け入れよう。

 というか、ハゲであることの何が悪いのだろうか?


 考えてもみて欲しい。

 高級なアイスの代名詞と名高いハーゲンダッツ。それを略せばハゲとなる。

 つまり、ハゲ=ハーゲンダッツ=高級品が成り立つわけだ。


 さらに世界の終末における最終的な決戦の地を表すハルマゲドン。これも略せばハゲである。

 つまり、ハゲ=ハルマゲドン=決戦の地が成り立つ。

 そう、ハゲとは宗教においても重要な役割を果たすものなのだ。


 さらに、さらにだ。農民から天下人まで昇りつめた豊臣秀吉。

 彼は主君である信長から、ハゲネズミと名指しで呼ばれていた記録が残っている。

 要するにだ。ハゲ=ハゲネズミ=豊臣秀吉=天下人が成り立つ。



 そう、今まで黙っていたがハゲとは天下人のことだったのである!



 ……いや、現実逃避はここで止めておこう。悲しくなってくるだけだ。

 如何にポジティブな思考を持ったとしても、髪の毛が生えてくるわけでもない。

 ハゲは所詮ハゲでしかない。現実逃避は不毛なる努力だ。


 子どもには笑われ、女子高生からは『なにあれ超ウケるんですけどww』と笑われる。

 ハゲになれば基本的に絶望しかない。だが、ハゲにも希望は残されている。

 それは人類の英知が生み出した最も素晴らしい発明。そう―――カツラだ。


 これさえあれば大抵の人からはハゲとは思われず、日の当たる道を堂々と歩ける。

 ハゲにとっては地獄に現れた仏と言っても過言ではない。

 だが、忘れることなかれ。カツラとは常に諸刃の剣だ。


 ズレ・・てしまえば、ハゲに対する嘲笑以上の罵りが襲い掛かってくる。

 明らかに残った自毛と合っていない色艶から、陰で噂をされる危険性もある。

 

 このように恐るべき事態を引き起こしかねないカツラであるが、フィットしてしまえばこれ以上頼りになる存在もない。カツラは人々の罵倒を無くし、ハゲに人並みの人権を与える。


 故にハゲとなったある男はカツラを求めることにした。


 しかし、不幸なことに世は江戸末期。

 黒船の来航に引き続き、次々と襲い来る西洋列強達。

 荒れた世間では幕府派と攘夷派が火花を散らす毎日。


 おまけに現代と違いインターネットでお手軽に検索ということもできない。

 そもそも地元に住み続ける限りはカツラを手に入れても、カツラだともろバレである。

 どうしたものかと男が思い悩んでいると、男は不思議な夢を見た。



 ―――カツラが欲しいか?



 夢にハゲの神を名乗る者が現れ、男に何をすべきかをお告げしたのである。

 ハゲの神曰く、江戸のある場所に超一流のカツラ職人が居るらしい。

 長旅になることは間違いないだろう。しかし、それでもハゲを隠せるのならば行くしかない。


 だが、ハゲを晒しながら旅をするのは辛い。その思いが男の足を重くさせた。

 しかしながら、神はアフターフォローも完璧であった。

 ハゲが差別される根本的な理由は、皆と違うという異質さ故。


 そのためにハゲは謂れの無い悪意を受けねばならない。

 だが、日本にはハゲであることが普通・・とされる人間がいる。

 そう、僧侶だ。神は男に僧にふんして旅をすれば差別されないと入れ知恵をした。

 かくして男の不安は一掃された。


 目を覚ました男は夢のお告げを信じ、江戸へと旅に出ることにしたのだった。






『ここか……』


 長き旅の末に男はハゲの神のお告げに見た場所まで辿り着いた。

 ここに至るまでの道のりは、野党を返り討ちにしたり、狼に襲われたりと苦難の連続であった。

 しかし、その結果として男は妖怪すら容易く斬り伏せる力を得るに至った。

 もちろん、男からすれば力などいらず、毛を寄こせという話なのだが。


『何はともあれ、これで長きに渡る旅が終わりを迎えることになるのだな』


 男は感慨深げに呟きながら建物の中に入っていく。

 カツラ屋の、隣の無関係な店の中に。


「何者だ?」


 男がカツラ屋の隣の建物に入ると、武士らしき男が警戒した様子で話しかけてくる。


(警戒? ふむ、つまりこの武士もお忍びでカツラを求めに来たのだな。バレたくない気持ちはよく分かる)


 男はそんな失礼な勘違いをしながら、自分も同類だと説明するために口を開く。


カツラはどこだ?』

かつら(小五郎)…だと?」


 武士の中での男に対する警戒心が跳ね上がる。

 何故ならば武士は攘夷志士の1人であり、桂小五郎の仲間兼部下であったのだ。

 さらに言えば、現在はこの建物で桂をかくまっている。

 そのため武士はカツラかつらと誤解してしまった。


「知らんな。勘違いではないか?」


 だが、常に新選組から狙われる攘夷志士のすっとぼけ力を舐めてもらっては困る。

 全く知らないという顔をしてしらを切るなど朝飯前だ。


『いいや、間違いなくここだ』


 しかし、男を相手にするには分が悪かった。

 男は神からのお告げを信じ切っている。そのためここにカツラがあると信じて疑わない。

 さらに言えば、目的地に着いた喜びで少々冷静な判断力を失ってしまっているのだ。


しらを切っても無駄だ。カツラの場所を教えろと言っているのだ』

(こやつ…! なぜ桂がここに居ることを――ッ! まさか新選組の者か!?)


 待ちに待ったご馳走の前で足止めをされている男は、苛立った表情で武士に問いかける。

 その威圧感を敵のものだと判断した武士は、男が新選組の者だと誤解してしまう。


「……ここには1人で来たのか?」

『無論だ。カツラの下に来るのを他の者に気づかれるわけにはいかんからな』

(嘘ではないようだな。ならば……今ここでこの男を始末すれば桂を逃がせる!)


 男の言葉に嘘は見受けられない。

 つまり、新選組の最強戦術である『囲んでリンチ』はない。

 そのことを理解した武士はおもむろに刀を抜き放つ。


『……何故刀を抜く?』

「知れたこと。桂を渡すわけにはいかん!」

『なるほど、カツラのためか』


 突如として刀を突きつけられたことに僅かに動揺する男。

 しかし、桂のためと聞きすぐに納得をみせる。


(カツラを渡したくない。つまりはここのカツラは常に品薄の超人気商品で取り合いになることが必須なのだな。それ故に競争者となる俺を消したいということだろう)


 頭の中で如何なる思考の化学反応を起こしたのか、盛大に勘違いする男。

 しかし、戦う必要があることだけは理解しているので性質たちが悪い。


『ならば俺も本気でカツラを取りに行かせてもらおう』

「そう簡単にカツラ(の首)を取れぬと思うことだな。我が剣の錆としてくれる」

『フ、あまり強い言葉を使うのは感心せんな。その守りに入った型では戦いづらかろう』

「なに…?」


 男の余裕を持った言葉に武士は内心が見抜かれたのかと動揺する。

 だが、真実はヅラがあると戦いヅラいだろうという男の心遣いだ。


『その上段の構えは一見すれば防御を捨てた構えにも見える。だが、お主のそれはカツラを守るためのものなのだろう?』

(攻め気を見せることで、が逃げる時間を稼ごうとしているのがバレているだと…?)


 頭のことを、上司を意味するかしらと誤解する武士。

 しかし、男が言ったのはカツラが戦闘によりズレないようにするための構えなのだろうという見当違いな考察だ。


『お主相手に時間を使うつもりはない。一瞬で終わらせる』

「舐めたことを! (しかし、この男の威圧感…言うだけのことはある!)」


 腰にかけた刀に手を添え居合の構えを見せる男。普通に考えれば、既に剣を抜いている武士の方が有利だ。だが、男の僧侶の服に刀という強キャラぽい見た目が、武士に必要以上のプレッシャーを与える。


 斬るか斬られるか。

 そのお互いの命を懸けた緊張感が渦を巻き、今まさに爆発しようとした瞬間。


「そこまでだッ!」


 1人の男の声が響いてきた。


「なッ!? 何故逃げていないのだ! 桂…いや、木戸!」

「私への客なのだろう。ならば私が相手をするのが当然だ。それに……その者は強いぞ。私と同等にな」

「剣豪の名を天下に轟かせるお前程の腕だと…!?」

『カツラ…木戸…なるほど、お主が…(カツラ職人か)』


 思わず桂と叫んでしまった武士であったが、不幸なことに男はカツラ職人の木戸さんだと勘違いする。因みに木戸とは桂小五郎のもう一つの名前である。


『……お主は』

かつら(の首)を取りに来たというのはお前だな?」

『ああ、話が早い。ならば―――』


 早いところカツラを売ってくれと続けようとする男。

 しかし、その言葉は桂の言葉によって遮られる。


「その前に私の話を聞いてはくれぬか?」

『話だと?』

「そうだ。お前だけではない。この日本の全ての者が関わる話だ」

『日本の全てのハゲが関わる話だと? ……良いだろう話せ』


 この男はカツラのためにライバルは蹴落とすのを躊躇うことはしない。

 しかし、だからといって同じハゲ境遇の人間に同情しない人間でもない。

 そのため、日本の全てのハゲのため(誤解)という言葉に興味を持ったのだ。


「お前も知っての通り、今この国は西洋列強の侵攻を受けている」

『……それと(カツラが)何の関係がある』

「分からんか? このままでは我が国は清のように植民地となり、ありとあらゆるものが搾取されてしまうのだ」

『ありとあらゆるもの…それは――』


 ――カツラやそれを作る材料もなのか?

 そう問おうとした男だったが、想像をするだけでも恐ろしい事態に言葉を飲み込んでしまう。

 逆に桂の方は男の様子ならば説得が可能だと踏み、弁舌に熱を込める。


「そうだ。このまま、西洋諸国に言いなりなっていれば、お前にとってかけがえの無いものも全て奪われる」

『かけがえの無いカツラものを……』


 男は桂に言われて話の本質に気づく。本来ならば多くの者が必要とするカツラが何故奪い合いをせねば手に入らないのか。それは西洋列強による搾取が始まりを向かえているからに他ならない。


 勿論、勘違いである。


『では、どうすればいいのだ? 異国の者を打ち払うか?』

「西洋列強は確かに恐ろしい。だが、今の日本にそれらを打ち払える力はない。下手に挑めば返り討ちだ」

『それでは手詰まりではないか』

「いや、手はある―――西洋の技術を吸収するのだ」

『西洋の技術を…(カツラに)吸収するだと?』


 桂の言葉に男はハッとする。そう、逆立ちしたところで西洋列強には勝てない。

 だが、勝てないまでも追いつくことは出来るはずだ。

 そうすれば、今以上にカツラを安易に作る事が可能になり、日本の全てのハゲが報われる。

 さらに言えば、より精度が高く、バレにくいものも生み出せるようになるはずだ。


(そうだ。神は超一流カツラ職人が居るとだけ告げていた。つまり、これは神からの神託であったのだ。この者と協力しカツラを発展させ―――新たなる日本の夜明けを迎えるのだ!!)


 違う。神はそんなことを言ってない。


「そのためにまず必要なのは幕府を倒し、天皇を中心とした新たなる政権を打ち立てることだ!

 お前の剣は新しきこの国の希望を切り開くためにあるはず!

 それこそがお前の求める未来を手に入れる最善の道だ!!」


『俺の…カツラ未来……』


 男は考える。ここで無理にでもカツラを奪い、僅かな安寧を得るか。

 それとも、目の前の男達と共にこの国に新たなカツラ技術を取り入れる道を進むか。

 しばし考えた後に、男は静かに刀を地面に下ろす。


「おお…では!」

『ああ、お主の言葉を信じよう。俺の、いや、日本の全てのハゲに明るいカツラ未来を示そう』

「ああ、必ずや!」

『その手は…?』


 嬉しそうに笑い、手を差し出してきた桂に男は首を傾げる。


「ああ、これは西洋での信頼の証を示すもの。握手だ」

『なるほど……このようにして西洋を(カツラに)取り入れていくのか』


 納得し、硬く桂の手を握りしめる男。

 その掌から伝わる肉体と意志の強さに、桂は男を迎え入れてよかったと心の底から安堵する。

 そして、今一度自らの意志を固めるように桂は宣言するのだった。



「共に日本の新たなる夜明けを迎えようではないか!」


『ああ、カツラのためならば協力は惜しまぬつもりだ』



 これが後の世に語り継がれることになる“人斬り僧侶”と桂小五郎の出会いなのであった。

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ハゲ「かみは死んだ」 トマトルテ @tomatorute

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