第18話 新しい友達
「なんでこんなに美味しいのよ!エビもイカも、こんな地味ぃな野菜天がぁ!」
「騒ぐとご近所に迷惑だぞ。」
「ご近所って言っても、お隣のお寺以外は畑じゃないの。」
「お墓だってあるぞ。」
そう。うちのお墓は良玄寺の寺域にあるけど、寺域外はズバッと広い霊園だったりする。
まぁこの家からは直接見えない角度だけど。
平家だしね。
県庁所在地のある中心駅は電車でせいぜい10分ではあるものの、すぐ郊外は山と田んぼと畑が広がる田舎だったりする。
まぁ、横浜とかさいたま(大宮)だって、中心街を少し離れたら鄙びるからな。
一応名の知れた市ではあっても田舎なのだよ。
僕の実家は、東京のベッドタウンにあって、ここよりも遥かに栄えているけど、5ちゃんねるなんかじゃ田舎扱いだし。
多分、もっと地方の人が書き込んでいるんだろうけどね。
あと、裏の畑は全部ウチ(僕)の敷地だったりする。
謄本を確認させられて驚いた。
その面積の広さに。
僕がまったく認知していなかったのに、僕は地主にさせられていたのだよ。
父さんが固定資産税は払うって言ってたけど、当たり前じゃん。
法定代理人の父さん曰く、
「今、農地転用申請を掛けているから。許可下りたら売れば良い。」
だそうです。
いやいやいやいや。
相続税とか贈与税とか、色々税金がかかるんでしょ?
僕は月5,000円のお小遣いで暮らしている人間だよ?
それすら余らせてるんだよ。
「爺さんも俺も母さんも公務員だからな。銀行も弁護士も良くしてくれるんだ。」
ヨクシテクレルの意味を知りたくないなぁ。
まぁそんな立地なので、隣のお寺さん以外は「生きている」ご近所さんはいません。
それでも「うるさい!」って、安らかにお休みになっている「なにか」を刺激したくないし(あ、僕は別に見える人とかじゃないよ)、あと剣士スイッチの入った瑞穂くんって怖いんだ。
気合いも眼光も鋭い(うるさい)から。
なので稽古中の道場は、窓も扉も閉めっぱなし。
狭いからご家庭用エアコンで冷暖房は充分だしさ。
「そりゃ、揚げたての天ぷらが不味いわけないだろう。野菜はお隣さんが檀家さんから貰った朝採れ野菜のお裾分けだから、生でそのまま齧っても美味しそうだ。」
「お父さんたら、なんで兄さんをお婿に出しちゃったんだろう。」
「それより、横を見てみなさい。」
「横?」
今僕らは、4人掛けの食卓で僕と瑞穂くんが向かい合わせで、妹は瑞穂くんの隣で天ぷらを頬張っている。
その瑞穂くんの周りには、キラキラした光と共にお花とお星様が漂っているわけで。
「毎食、こんな姿を見せられたら、頑張ってご飯作ろうと思うだろ?」
「これはなんか狡いわ。」
「ン?ナニ?」
兄妹の視線を集めている事に気がついた瑞穂くんが首を傾げる。
フランクフルトを咥えたまま。
「姉ちゃんは毎日美味しい兄さんのご飯を食べられて、羨ましいなってなって話だよ。」
「ナニヲオッシヤル。ワタシハコンナゴハンガツクレルヨウニナルノカ、イツモバクバクデスヨ」
「そうか!わかった。悪いのは兄さんだ。」
「なんでそうなるの?」
「奥さんや妹の価値がなくなるだろ!周りの女より炊事洗濯が上手くなるな!」
知らんがな。
★ ★ ★
今朝の稽古は、瑞穂くんのリクエストで乱取り。
つまり、防具を付けて実戦形式の打ち合いです。
「ホンキテ」
姫さまから、本気で来いとのお達しだ。
という事で、立ち上がると同時に飛び込んで面を打ち据えた。
瑞穂くんが精神的に立ち直る前に体を引き、瑞穂くんの竹刀が流れた事を確認して胴を打つ。
竹刀でファイバー製の胴を打つんだから痛い訳がないのだけど、その衝撃で身体を歪ませた姿を確認すると、再び踏み込んで小手を打った。
そして下がる。
ここまで10秒と経っていないだろう。
「まぁ、こんなもんかな。」
竹刀をポンポンと肩に担いで(礼儀知らず)いたら、瑞穂くんがガチャンと頽れた。
「ツヨイ」
「兄さん、女の子に何してんのよ。」
「いや、瑞穂くんの希望なんだけど。」
「ダヨサナエ、ワタシノツヨサヲシリタカッタノ。シショウアリガトウゴザイマス。レイヲ」
「うん、わかった。」
日本の武道は、礼に始まり礼に終わる。
腰が抜けた様に座り込んでる瑞穂くんは、竹刀を杖に立ち上がる。
って、瑞穂くん?礼儀は?
…瑞穂くんは、面と小手だけを脱いで、僕と祖父の教え通り素振りを始めた。
どうやらたまには、こうやって立ち合わないとならない様だ。
………
大体さぁ、まだ朝も6時だよ。
夕べはさ。
妹は買うだけ買って、昨日お隣さんが組み立ててたパイプベッドでグースカ寝てしまったのさ。
(マットレス無しで、よく身体が痛くならないな)
瑞穂くんも例によって、僕の私室との境目で襖を開けっぱなしで、お休み遊ばれていたので、いつもの時間に炊飯器のスイッチを入れて、外に出たのさ。
実は昨日から友達が増えた。
会えるかなぁと思っていたら、彼はきちんと待っていてくれていた。
昨日も早朝、こうやって庭の掃き掃除をしていると、茶色くてちっこくて目の周りに線がある動物が僕に近寄って来る様になったんだよね。
Googleで画像検索をしてみました。
正体は穴熊です。
なんだろう、この仔から警戒心というものをまったく感じないんだけど。
しゃがんでみたら、後ろ脚で立ち上がって僕の腕の中に入ってきちゃった。
狸や穴熊と言った、いわゆるムジナの類いは確かに人間の生活圏にいますよ。
自然が豊富で、土が見えている環境なら都心のど真ん中だって暮らしますよ。
実家じゃ(慣れた、もう違和感ない)自然なんか児童公園くらいしかない、開発が入って数十年経つ住宅街なのに、ハクビシンを時々見かけたし。
しかしこの仔は…。
「ワ、タヌキ?」
いきなり話しかけられてびっくりしたのか、穴熊くんはどっかに走って行っちゃった。
「ア、ア、ア」
撫でようとでもしたのか、逃げて行った方向(良玄寺)に走り出して行ってしまった。
「おはようさん。」
小声で挨拶をしながらケタタマシイお姫様を見送って、さて起きてきたからには何かしてあげようか?
と考えついたのが、朝稽古だった。
…で、さっきの有様になったと。
まぁ良いけどね。
不肖の弟子さんは、こうやって真面目に竹刀を振っているし。
「ねぇ、瑞穂姉ちゃんって腕前はどうなの?」
「そもそもの大会レベルを知らないけど、スペインの全国大会で優勝したらしい。」
「兄さんって、何かで優勝した事あるの?」
「そもそも無級無段だし、大会に出た事ないな。」
「なのに、兄さんの方が強いんだ。」
「爺ちゃんに鍛えられたからかねぇ。」
比較する対象の強さがわからないから、僕には爺ちゃん強えしかないもん。
瑞穂さんは今日も竹刀を振る @compo878744
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