第17話 妹

「で、お前、結局何しに来たんだ?」


今日は朝から色々な人が来るから、台所やリビングには来客用?の菓子だのなんだのが散らかりっぱなしだぞ。

と言っても向こうが勝手に来て、置いていった物ばかりだけど。


「ん?瑞穂さんを見に来ただけだよ。だって私のお姉ちゃんになるんでしょ?」

「ハイ」


はいじゃないが。


「あと、爺ちゃんに会いに来たんだけど。」

「爺ちゃんならさっき、引っ掻き回すだけ引っ掻き回してご帰宅なされた。あれれれ???。」


あれれ?


「みたいね。お小遣い貰いたかったんだけどな。ん、どうしたの?んと、これはこう剥けばいいのか。」


いや、妹ちょっと違和感を感じただけで大した事じゃ無い。

というか羊羹を1本丸齧りし始めた女子中学生の姿の方が色々駄目だ。 

僕の周りは駄目人間と駄目女子だらけだ。


「いや、お前って僕に対して、そんな喋り方をしてたかなぁって思ってさ。」


最近は、無視されがちだったような気がするし。


「新しい家族が出来るんだから、猫くらい被らせてよ。」

「それを瑞穂くん本人の前で言ってどうすんだよ。」


あ、さっきハイと一言だけ返事した瑞穂くんですが、七味唐辛子煎餅の辛さに悶絶しています。悶絶はしてますが、ニコニコ笑って楽しそうですよ。


「あのねぇ。兄ちゃんの正体を知ってる妹としては、いきなり家から出て行かれて、正直困っているんでふ。」

「羊羹を食うのか文句を言うのか、はっきりしろよ。口から餡の粒が溢れたぞ。」

「いや、兄ちゃん。こんな大粒の粒餡、生まれて初めて食べた。」

「知らんがな。」


 ………



「あのね。私からすれば、兄ちゃんって私にはコンプレックスの塊なんだよ。家を出て行った今だから言えるけど。」 

「そうなの?」

「私は女なのに家事なんかろくすっぽ出来ないのにさ、兄ちゃんの部屋はいつも綺麗に掃除されてるし、お母さんが忙しい時に作ってくれるお弁当は美味しいし、勉強出来るから現役で国立大学に合格するし、爺ちゃんが言うには剣道の天才で、道場と弟子とお嫁さんを貰ったんでしよ。」 

「待て待て、色々語弊があるぞ。」


剣道はそれなりに努力した(させられた)けど、生活方面は両親が共働きだから、僕が出来る事をしていただけで。

大体、まだ中学生なんだから、親に甘えなさいよ。

人並みな要求くらい、叶えられる能力と収入がある人ですよ。


「ワタシモカジデキナイカラ、ヒカリニタヨリッバナシ。ヒカリハワタシノシショウ。ケンドウデモリョウリデモ。」

「けしからんなぁ。実にけしからん。」


お前らは何を言い出したんだ?


「と言う訳で、今日はお泊まりします。」

「はぁ?」

「お父さんには許可を貰ってありますから大丈夫です。」


そう言えば、父さんも母さんも、春休みだからか家にいる事多かったなぁ。

むしろ妹の方が部活で忙しい。

新人戦のシーズンを迎えて、新レギュラーの選抜と底上げに力を入れる時期だから。

…そう言えば、妹って何部なんだっけ?

気にした事なかったな。

今更聞けないな。叱られそうだ。


「ヒカリ、バンゴハンハナニ。」

「天ぷらだけど。」

「え?兄ちゃん天ぷらなんか作れるの?…作れるだろうなぁ、兄ちゃんのこったから。」

「衣をつけて揚げるだけだぞ?」

「その''だけ''が出来る人が何人いるのよ!」

「爺ちゃんと婆ちゃんは、山の中で山菜で作ってたなぁ。あの山も爺ちゃんの持ち山らしいなぁ。」

「爺ちゃんみたいな化け物と私を一緒にしないでよ。」

「ですか。」   

「でぇす!まったくもう、なんでウチの男共は化け物揃いなのよ。」


失礼な。

父さんは普通の人だぞ。

…隔世遺伝とかしてたら、色々やだなぁ。


 ………


お隣さんから貰った籠の中には、ええと。

新キャベツと白菜と蕗のとうに新玉葱、

は今が旬だな。

アスパラガスなんか、庭に種まきしてあるけど、まだ芽すら出ていない。

菜の花や筍の旬は来月じゃないのか?

しかもこれ、水煮とか缶詰じゃない、生野菜じゃないか。

どこから持ってきたんだよ。


筍は天ぷらには合わなそうなので、皮を剥いて煮てアク取りに励むとして(そのくらい、妹にも出来るだろう)、あとは蓮根やエリンギも一口サイズに切り分けます。


キャベツは玉葱と一緒にかき揚げにしよう。

桜エビがあると最高なんだけどな。

まぁ引越したばかりで買い物も碌に行ってないから、あまりもので、あ、椎茸があるじゃないか。細切れにしてかき揚げに加えよう。


「マカセテ」


どこで誂えたのなら、胸まであるエプロンを身につけた瑞穂くんが包丁を構える。

姿の奥様仕様に似合わず、包丁で椎茸を睨んでいる姿は見ないことにしよう。

どんな奥様仕草だ。


「瑞穂姉ちゃんって、包丁使えるの?」

「魚の三枚おろしくらいは出来るぞ。」

「凄いなぁ。私なんかりんごの皮も剥けないのに。」 

「お前はハサミでスナック菓子の袋を切って開けようとして、失敗するからなぁ。」

「げ。見られてたか。」


リズミカルな音がするので、振り返ってみると、椎茸が細く千切りにされていた。

そう言えば、さっきは大根のかつらむきとかしてたな。


「私は筍の皮を剥くのに、もう飽きて来たんだけど。」

昆布の出汁取りで、火加減を見ることすら面倒くさがった、お隣の行き遅れさんと同じ事言ってるし。


「ヒカリ、オワッタヨ」

「わぁすげぇ。ちゃんと切り揃えられてる。私まだ筍剥いてないのに。」

「筍は明日のおかずにするつもりだから急がなくていいよ。」


ぽいっとテーブルに置いたのは市販の薄力粉。

それと生卵。

ボールに水と薄力粉を入れて、卵を落とします。

僕は別に白身だ黄身だのこだわりはないので、TKGじゃないんだから、から座だのなんだのは火を通せばどうでも良くなる。

あとは少し玉が残る程度に菜箸で掻き回せば、天ぷら衣の元が出来上がり。


んで。

具材には打ち粉と呼ばれる薄力粉を塗してから、そっと衣に潜らせます。

この打ち粉をしないと、フランクフルトとかカニカマとか、表面がツルツルした具材に上手く衣が乗ってくれないからね。


油の温度は170度くらい。

「オンドケイナイヨ」

「あぁまぁ、慣れないうちはレシピ通りに作った方が失敗が少ないから、あった方がいいね。」


でも、慣れちゃえば。

衣の元を油に落として、揚げ玉が浮き上がって来たら適温。


「ねぇ、こんな事が出来る男子高校生がいたらさぁ、まだ餓鬼だとはいえ、ご家庭内で女の出番がなくなるんだけど。」

「シュギョウデスヨ」

「良いなぁお姉ちゃん、健気で一生懸命で。」


だから何で僕が瑞穂くんと結婚する事が前提なんだよ。

どいつもこいつも外堀を埋めに来やがって。


「瑞穂お姉ちゃんは、内側から大きなシャベルで内堀を埋めていると思うのですよ、お兄様。」

「まだ会ってから何日も経っていないんだぞ。」

「まぁ、責任を取ろうとしないのですね?お兄様?」

「ワタシハカマワナインダケドネ。スパニッシュヨリヒカリノホウガ、ショウニアッテルシ。」

「おおお!」


そこ、拍手してる暇あるなら、バットにキッチンペーパーを敷いてくれ。

第一陣が揚がるから。


あと、僕の意思や意向が全員から無視されてませんかね。

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