第16話 帰ったら来ちゃった
「ではな。」
嵐の様にやって来て。
嵐の様に祖母相手の不純異性交友を孫に自慢して。
嵐の様にお味噌汁を拵えて(絶妙な塩加減だった)。
嵐の様に僕と立会稽古して。
嵐の様に墓参りをして。
嵐の様にお風呂に入った祖父は、嵐の様に帰って行った。
瑞穂くんとお隣さんは別れを惜しんでいたけど、祖父祖母の家はここから大して離れていない事は知っているので(じゃないと県警本部に通えなかった)どうせ定年後の暇に任せて来るに違いない。
大体、僕の実家(独立させられて、まだ日も浅いんだけどな)の方が遠いしさ。
「ふひぃ。」
「オツカレサマ」
風呂に入った後のまま、頭も乾かさず届いてばかりのパイプソファに腰掛けて脱力していたら、瑞穂くんがお盆に乗せてミネラルウォーターのペットボトルと、氷を入れたグラスを持って来てくれた。
ペットボトルからグラスに移してくれた。
懐かしいな。
僕は面倒くさいから、夏場でもない限りペットボトルのまま飲むけど、僕以外の家族・一族はペットボトルでも缶でもいちいちグラスや湯呑みに移して飲む習慣がある。
誰かの飲酒習慣から広まったんだって。
(まさかスペインにまで伝達されていたとは)
「シショウ」
「ん?なんだい?」
おや、シショーからシショウに戻ってる。
「ワタシモシショウヤオジイニナレマスカ?」
あぁそう言う事ね。
祖父の言う事を全面的に信用するなら、僕は警察最強剣士と言われた祖父に、それなりに実力が迫っているっぽいから(自覚は一切なし)、瑞穂くんからすれば、それなりに強いとは認識してくれたんだろう。
「爺ちゃんが言うには、ご先祖様にとんでもない剣術名人がいたんだってさ。僕や爺ちゃんは、遺伝で何やらの能力を継いじゃってるらしい。瑞穂くんも相馬の姓を継いでいるし、爺ちゃんが見る限りでは爺ちゃんを超えられる筈だってさ。」
「オジイガ…。」
「というか、僕も瑞穂くんも超えろって。超えなきゃ化けて出るって。」
あのパワフル祖父の事だから、隣の墓から毎晩出て来そうだし。
「シショウ、ワタシハドウシタライイノカナ?」
「そうだね。」
ガラステーブルの上に、祖父が持って来た何やらの紙袋があるので開けてみたら、どら焼きだの羊羹だのお煎餅だのが入っていた。
なるほど、祖父は自分の土産を食べていたのか。
ためしにどら焼きを食べてみると、わぁ皮がモチモチして美味しい。
これ、求肥かなんか練り込んであるな。
しかも餡子は瑞々しいし、これは栗が3粒も入っている。
さすが爺ちゃん。
食べ物にはうるさいなぁ。
「ヒカリ?」
「ん?あぁごめん。」
どら焼きに、思考能力を8割方奪われてた。
「同じだよ。素振りと摺り足の練習。それと乱取りだ。僕は何やら爺ちゃんの意向で基礎鍛錬も実戦も少ない。それでもまぁ警察官くらいなら相手になれる。けど相馬家の人間にはいらないんだってさ。勿論基本基礎は大切だけど、その先を目指すなら、相馬家の人間は相馬家の人間に教われって事らしい。」
「ソレジャワタシハ、ヤッパリヒカリニオソワレバイイノネ。」
「爺ちゃんだと稽古にならないなら、そうするしかないね。」
瑞穂くんは、紙袋から青緑のお煎餅を取り出して、パリポリ食べ出している。
この娘は、抹茶味だの、見ただけで口の中が痛くなりそうな七味唐辛子味だの、変わり種煎餅が大好き。
だから祖父も、知っててこんなに買って来たんだろう。
「シショウ」
「はい。」
「フツツカモノデスガ、コレカラヨロシクオネガイシマス」
深々と頭を下げられた。
ええと、言葉のチョイスが違わないかい?
あと、お煎餅を持ったままお辞儀されてもなぁ。
★ ★ ★
ってシャチホコばったお話をしていたら、Amazonから残りの漫画が届いたので、「不肖の弟子」は、いつもの庭に面した廊下に陣取ってます。
師匠はほったらかしです。
まぁいいか。
普段からそんなに力を入れられても疲れちゃうし。
15歳の女の子なんだから、歳相応に楽しく生活して欲しいよね。
ホームシックになられて泣かれても(本気で)困るし。
さて、こうなると僕にはやる事が何もない。
困った(困ってないけど)。
晩御飯にはまだ時間があるし、ネットスーパーで集めた食材で、今晩のおかずも決めてある。
(今朝の段階だと、生姜焼きに決めてたんだけどな)。
さっきお寺さんに行った時に「春野菜」をたんまり貰ってきたので、天ぷらにしようかなぁって。
春野菜カレーでも良かったんだけど、まずは一通り瑞穂くんに日本料理を体験してもらおうと思ったのだよ。
うずらの卵とカニカマを買っておいて良かった。あと、フランクフルトも。
魚介系のネタが無いけど、ここら辺があるとアクセントとして美味しいんだ。
あとはどうしようかな。
アマプラでも見ようかな。
ゴジラの新作が配信になってた筈だ。
祖父の持って来たお煎餅でも齧りながらゆっくりしようじゃないか。
って思ってたのに。
思ってたのに。
★ ★ ★
「たのもぉう。」
聞き覚えのある声がしたんだよ。
それも庭から。
「ハァイ」
そりゃそこに瑞穂くんがいるんだから、窓を開けて縁側から両足をぶらぶらさせているんだから、ご対面だよなぁ。
「貴女が瑞穂さんね。」
「エエトアナタハドナタデスカ?」
「私は光の妹、早苗よ。おんとし14歳。だから瑞穂さんは私のお姉ちゃんになります。宜しくね!お姉ちゃん!」
はい。来たのは妹ですよ。
何しに来たんだ?
妹、相馬早苗。
現在中2から、中3になる春休み中。
なお、彼女は思いっきり思春期なので、僕とは一方的に仲が悪い。
僕からすれば、妹は妹で家族で歳下なので、一応は保護対象にしてます。
それでも、来ちゃった人を追い払う訳にもいかないので、家に上げますよ。
瑞穂くん、お隣さん、祖父に続いて妹まで、いきなり来ていきなり御招待ですよ。
………
「部活の合宿から帰って来たら、いきなり引越したって言われて、驚かない妹はいません!」
「僕も独立させられるとは聞いていたけど、引越しと聞いたのは、その日の朝だもんよ。」
持って行ったのは、ベッドとPCなんかとデバイスと着替えくらいだったもん。
足りないものは向こうで買えだったもん。
その日の夜は、こんな何もない屋敷で呆然としてたもん。
まさか翌日に瑞穂くんが来るとは思わなかったもん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます