第15話 一族の血
瑞穂くんが(珍しく)道場の掃除をかって出てくれたので、僕と爺ちゃんは母屋に戻ることにした
なのでモップとモップ絞り機を渡そうとしたら、
「コッチ」
って、空いた窓に干してあった雑巾を持ち出したよ。
母さんがタオルを縫った手作りで、鏡を拭いただけなので、まだ新品同様。
のはいいけどさ。
ちょっとちょっと?と止めようとして、祖父に止められた。
「本人がやりたいって言ってんだから、好きにやらせなさい。大体、スペインでは雑巾で床掃除なんかした事ないんじゃろ。」
まぁスペインにフローリングはあっても、雑巾があるとは思えないか。(偏見)
道場って言ってもせいぜい20畳くらいだし、母屋の3部屋分くらいか。
掃除の時間に、小学校の教室を四つん這いになって、一列に雑巾掛けした事あったなぁ。
「まぁ、欧米じゃ、掃除は生徒ではなく業者がやるものらしいからの。」
「それじゃ、バケツに水汲んで来ます。」
って外に出たら、お隣さんが御墓参り用の木桶を持って来てんだけど?
しかも相馬家って黒々と書かれているけど、まだ濡れてない?
「新品ですよ。今朝がた、父が墨書きしました。柄杓と一緒にお納めください。」
「何故ウチに?そちらに置いておけばいいのでは?」
「どうせ生真面目なお前の事だから、墓を知ってしまったら、月命日だの小まめに墓参に来るだろ?だったら、ウチに置いといたほうが、管理がしやすいだろ。」
木桶を受け取った祖父は、早速蛇口に駆け寄って水を入れる。
「瑞穂にはきちんとバケツを用意しろよ。」
しまった。
バケツは玄関脇にひっくり返してあるから、取りに行くの面倒だなぁ、その木桶使っちゃおうと思っているのがバレた。
「お墓行くんでしょ。瑞穂ちゃんには私が持って行くから、ご先祖孝行してらっしゃい。」
開いきっぱなしの引戸から、箒で道場を掃いている瑞穂くんの姿が見えるので、バケツの一言で、全部悟られた様だ。
「お掃除は寺の娘仕込みだから、瑞穂ちゃんには基礎からしっかり教えておくわね。」
基礎が大好きだな。僕の周り。
あと、掃除の基礎ってなんだ?
★ ★ ★
なるほど。
相馬家代々之墓だ。
御影石製で、ツルツル光っている。
この墓石もお高そうだなぁ。
確か、墓石って100万単位の買い物だよね。
脇に、ご先祖様の命日と享年が彫ってある。
…昭和19年、20年の、それも若い男性の名前が見えるな。
「そういう時代だからな。本来ならこいつらが本家を継ぐはずだったんだが、まぁおかげで俺が全部継げた。おかげで金には困らんかったぞ。」
「爺ちゃん。事実でも墓の前で言われると引きます。」
「婆さんがいたから、女に不自由はなかったしな。」
「祖父・祖母の性生活なんか、聞きたくないんですけど。」
軽口を叩く割には、祖父はきちんと束子で墓石を磨き、仏花を添えて、般若心経を空で唱えていた。
「遠からず俺も婆さんもここに入る。次はお前の両親で、次はお前だ。本家の墓には本家しか入れない。願わくば、瑞穂も一緒に入ってくれれば嬉しいな。」
僕はなんて答えれば良いんだよ。
そのあと、御住職が檀家の法要で出かけているとの事で、奥さんに挨拶をして僕らは引き返した。
通りで娘さんが、我が家に居っぱなしなわけだ。
………
「汗かいた。」
帰って早々に、祖父の入浴アピールです。
「俺んとこは、タイル地にホーローの湯船だからな。昭和だよ昭和。」
「うちも父さんが買った時は昭和でしたから、タイルにFRPですよ。」
「今じゃ、エアコン付きジャグジー付きテレビDVD付きだからなぁ。」
「そんなユニットバスを買ったの、爺ちゃんでしょ。僕も瑞穂くんも使ってませんよ。」
「おや?何故瑞穂が使ってないとわかる?さては覗いているか、一緒に入っているかだな?」
「彼女は烏の行水なんですよ。10分も経たずに頭まで洗って出てきます。」
というか、日本のバス・トイレは変態的にアルティメット進化を遂げているから
ただでさえ無駄にシステマチックなユニットバスを理解してないのかもしれないけど。
「まぁいいや、光、背中を流してくれ。」
「僕がですか?」
「おう!男親からすりゃ息子や孫に背中を流してもらうってのは、一種の到達点だ。ウチの息子は流してくれなんだからな、光、頼むわ。」
そう言われたら、断れないじゃないか。
「それともお前、コッチか?」
「手をほっぺたに当てるんじゃありません!」
「それともコッチか?」
今度は手を反対側に当てやがる。
「それ、キャイ~ンのネタです。」
「お前が生まれる前のネタなのに、何故知ってる?」
何故も何も。
父さんのラックに並んでいた「リンカーン」って番組のDVDで見ただけですよ。
あと、エッチな事しちゃう程深いお付き合いはした事ありませんけど、女性と交際した経験はあります。
毎回クラス替えしたら自然消滅しましたけど。
★ ★ ★
「爺ちゃんさ。」
「何だ?」
一応、赤スリは瑞穂くんとは別にしてある。
僕のは、荒目のゴシゴシ洗えちゃうタイプだ。
しかし、爺ちゃんの背中、細身なのに締まってるな。カッチカチやぞ(古い)。
「さっき言ってた、僕が筋肉や重心の始動を読めるって奴、爺ちゃんにも出来るでしょ。」
「ほう、なんでわかった?」
ゴシゴシ。
「だって、僕が動こうと考えた瞬間に身体が対応してた。コンマ何秒のレベルでさ。」
人間の神経機能の伝達速度の速さは知らないけど、それこそ脳が手足に指令を送るよりも早く感じた。
「まぁ、出来るよ。光が何をしようとするのか、ならばそれを防ぐにはどうすれば良いのか。」
「だよねぇ。それがわかったから、僕は動けなくなったもん。」
「そうなっても隙が生まれないのがお前の強さだ。今時、そんな先の先の先の先を読める奴なんか、日本全国に何人いるか。」
「はぁ。」
「よし、ありがとな。」
爺ちゃんは泡だらけにした湯船に移動した。
70過ぎた身体の張りじゃないぞ。
「そこで俺が動けて、お前が動けなかったのは、試合経験、対人経験の差だな。」
まぁ僕は、警察剣道しか知らないし。
「おそらく瑞穂も同じ事出来るぞ。」
「瑞穂くんもですか?」
「あぁ。」
せっかくだから、僕も身体を流すことにしよう。
僕の場合、汗じゃなくて冷や汗だったけど。」
「瑞穂はそもそも基礎力が足りないからな。光よりも自分の剣をわかっていない。お前もそうだが、基礎と経験を積めば、俺くらい簡単に越えるだろう。というか、そうなってもらわなきゃ困る。せっかく日本まで来てんだからよ。」
「そうは言われてもなぁ。」
「俺の曾祖父さんは、中西派一刀流の印可を受けた幕末では名う手の剣士だったそうだ。」
「また、微妙に古くて微妙にマイナーメジャーな流派が出て来ましたね。」
確か、千葉周作が北辰一刀流を起こす前に学んでいた流派だっけ。
「高橋泥舟からの手紙が残ってる。山岡鉄舟と立ち会わないかって?」
「ちょっと待ってください。そんな教科書に載る人と知り合いだったんですか?ウチのご先祖様。」
「勝ったらしいがな。」
「…普通に強かったんですね。」
「そりゃ、俺たちの''読み''が出来るなら、道場剣士より強かったろう。けど本人はそのまま山岡鉄舟に弟子入りしたらしいがな。戊辰戦争に参軍していたし、風邪をひいてなければ彰義隊に参加する気だったらしいし。」
風邪ひいてなければ、僕は生まれなかった可能性があったのかよ。
「人斬り剣士の経験が俺たちの遺伝子に組み込まれてこんな事が出来るようになったのなら、同じ血を継ぐ瑞穂が出来ておかしくない。」
「なんか複雑ですね。僕はともかく瑞穂くんにそんな血が流れていると知ったら。」
「だから、お前が導け。俺が見る限り、お前は真っ直ぐに育った。お前の真っ直ぐさは瑞穂の良き指針となるだろう。」
「だったら、こっちで高校でも通わせてインターハイか国体に出場させれは良いのに。」
「あぁ?小さい小さい。俺が何故お前を町道場や剣道部に所属させて昇段させなかったと思う。小さい大会で日本一になんかなるなよ、お前や瑞穂には要らん肩書だぞ。」
インターハイや国体を小さな大会ともうしたか?ジジイ。
「いや、そんな事を考えていたならさ。なんならお前、ワシのコネを使えば駅弁大学じゃなく、名前を書くだけで東大か筑波に入れたぞ。剣道部に入るって条件で。」
親や学校の先生がなんか言ってたのはそれか。
それは勿体ない事をした?の?かな?
「まぁお前が教師になりたいならそれも良かろう。だから無理には薦めなかった。でもほれ、警察に行くなら結構出世できるぞ。キャリアに行ける裏道も知っとる。」
怖い怖い怖い怖い。
爺ちゃん、あんた何者なんだ。
「まぁ、その先はあと3年くらいしたら考えますよ。教師と言うのも、何となく考えていますから。」
「とりあえず俺が言えることはただ一つ。瑞穂の事だ。あいつを育てろ。女性として、剣士としてな。
「あいつは絶対にお前になくてはならない人間になる。同時に瑞穂にとってお前は必要な人間になる。」
「また、知った様な事を…。」
「知った様なではなくてよ。俺は知っているんだよ。お前たちの事もな。」
そんなもんですかねぇ。
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