第14話 祖父との試合

「どれ、1つ稽古をつけようかね。」


お昼が済んだ後、祖父が僕を道場に誘った。

瑞穂くんではなく、僕をだ。

違くない?って思ったけど、お皿を洗っている女子2人の反応を見る限り、僕だ。

というか。


「オジイダトケーコニナラナイ」

とボソッと聞こえたので、腕の違いか教え方・教わり方が下手くそなのか。


まぁたしかに祖父は剣道の達人だ。


祖父の剣道段位は8段。

名誉位の10段剣士がずっと出ていない現在、日本最強の剣士と言って良い。

しかも「剣道範士」という称号まで持っていて、ええと、あとなんだっけ。


田舎行くと、祖父が貰った賞状やトロフィーが飾ってある部屋があるんだよね。

全部、祖母が飾ったものだ。

祖父本人は、カカア天下だの頭が上がらないだの言うけど、祖母にとっては昔からずっと自慢の旦那様みたいで、子供の頃から祖父の自慢話(今思い返せば惚気話)を聞かされたものだよ。


おかげで祖父という人間は「剣道の達人」だと、頭どころか僕の全身に染み渡っている。


あ、そうそう。思い出した、

今では廃止されているという「警察剣道級位制」のうち3級を定年退職する時に特別贈与されたって言ってた。

3級は別名「免許皆伝」。

そんな語句が今も生きている世界に驚いたもんだよ。


因みに2級は名人で、1級は名誉位。

「警察剣道界最強の現役剣士」と認められたのよぅって、祖母はニコニコしてたよ。

あと祖父は永年勤続で国から叙勲されているらしいけど、それはどうでもいいらしく、賞状や勲章を見せてもらった事ない。


父さん曰く、

「箪笥の引き出しにしまったままだから、婆さんが飾らないなら、爺さんが飾るわけない。」

だそうです。

剣道一筋に生きてきた人なので、他の事はどうでもいいと。


…そんな人に、僕が敵うわけないじゃん。


★ ★ ★


道場で相対してみて、一発でわかった。

爺ちゃん、圧がとんでもねぇ。


いや、眼光なら、瑞穂くんの方が鋭かった。

それに、身長170センチ強しかない僕にも、物理的な体格差と気迫で、僕に圧をかけてくる警官さんは沢山いたよ。

特に機動隊員なんか、剣道も柔道も段持ちの、合わせた竹刀が爆発するんじゃないかって馬鹿力で打って来る人ばかりだったもん。


しかし、これは…。


面から覗く顔は、いつも同じ穏やかなものだし、そもそも蹲踞からこっち、一言も発していない。


でも、わかる。

僕が動けば隙が生まれる。

心にも、身体にも、構えにも。

その瞬間に確実に打たれる。


しかも僕より細身の身体がもの凄くでかく見える。

このまま僕が動かない(動けない)でいれば、確実に力尽くで面なり胴なりを攻めてくる。


それでも、僕には攻め手が見つからない。

蛇に睨まれた蛙のフリをしながら、祖父が動き出した瞬間の返し技くらいしか思いつかない。


お互い、竹刀の剣先を力で押し合うという、一瞬の相撲を演じながら、僕らは先の先の、更に先の読み合いをするしかなかった。


でも。


「これじゃ稽古にならん。ワシから行くぞ。」


千日手になりかけている事が分かったのだろう。

そう宣言すると祖父は竹刀を振りかぶり、気合い一閃一気に突っ込んできた。


早い。

いや、単純な早さで言うなら、身軽な瑞穂くんの方が疾いだろう。


しかし、祖父の動きには、その動線に乱れがない。迷いがない。

常に素早く直線に飛び込み、曲線で下がる。

正確に面を狙い、掖を力尽くでこじ開けて胴を狙う。

常に動いているけれど、常に止まっている。

重心にブレがない。 


僕には。

自分の竹刀で祖父の竹刀を防ぐ以外に、自分から動く事が一切出来ない。

いや、どうするよ、これ。

「試合時間の空費」で、反則負けになりかねないぞ、僕。


………


「やめたやめた。やめやめ。これじゃ勝負がつかん。」


頭の中で、頭を抱えていたら(なんて器用な僕)、なんか戸惑い出しました。僕。

だって祖父がいきなり竹刀を床に置いちゃったんだもん。


「あれじゃな。」 


なんだかわからないけど、きちんと礼をして試合を終わらせてくれた。

面を外して早々に解説をしてくれた。


「時間制限のある試合ならワシの反則勝ちじゃろうけど、時間無制限や、あるいは真剣での立ち合いとなれば、多分ワシが負ける。」


「オジイヨリヒカリツヨイノ?」


道場の隅で観戦していた瑞穂くんが、我慢しきれないと、僕らに近寄ってくる。


「ある意味では、かもな。競技剣道ならワシがまだ上じゃが、それ以外なら負けるかもしれん。」

「そうなの?」

「光、お前はお前の剣を1番わかってないじゃろ。」 

「そうなの?」


「まったく。」

あれ、呆れられたよ?


「瑞穂は、光と立ち合った事あるか?」

「アルヨ、スグマケタゲド」

「どう負けた?」

「ツヨイッテキイテタカラ、ソッコウヲシカケタ。デモツウジナカッタ」

「だろうな。」


「そうなの?」

僕には自覚がさっぱりない。ないないぞ。


「こいつは先の先を読む名人なんだよ。相手が動き出す瞬間に、相手の狙いがわかる。だから対処が出来る。」

「え?だって、相手の脚や腕を見れば、筋肉の動き読めるじゃん。」

「ハ?」


あれ?瑞穂くんが凄い顔してる。

僕、変なこと言った?


「こいつの凄いとこはそこなんだよ。初見の剣士は先ず勝てないし、こいつを知ってる剣士は、先の読み合いで動けなくなる。そうなったら僅かにでも隙が出来るから、こいつの勝ちだ。」

「そうなの?」

「ほら、こいつが1番わかってないからタチが悪い。」      


ちょっと待って。

僕はそこまで考えてないぞ。

相手の体幹・重心移動なんか誰でも出来ると思ってたから、相手の動きに合わせてただけだし。


「そんな事を出来る''人間''が、何処の世界にいるよ?」

「…子供の頃から割と普通に出来てたから、特別な事だとは思いませんでした。」

「コドモノコロハ、オバケガミエタヨウナ」

「なんか違う。」


瑞穂くんの疑問に、仲良く突っ込む祖父と孫でした。






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