うゆちゃん

第1話 9 25

9月25日、彼女は死んでしまう。

正確には安楽死、あるいは尊厳死。

俺に言わせればそれは、医療的な死刑執行に他ならない。


やめてくれ。


成美に出会う前の俺は、社会的に死んでいた。

夢はなく、努力せず、酒に溺れ、人生を腐らせていた。


彼女を殺さないでくれ。


*


成美の葬式には行かなかった。

俺は親族でもなければ、恋人でもない。


だが、俺は成美が居なくなった世界で、俺は生きていく意味を見つけられなかった。


「感情の抑制プロトコルを導入しなくてはならない」


「成美本人と同じ人生経験を、このAIに機械学習させなくてはならない」


「イカれてんな、お前」

そう言われた。


俺は、仕事を辞めた。

代わりにパソコンを買った、何台も。

そして、機械学習を学んだ。


全てを失った俺の前に、成美が現れて消えた。

成美という光を失った俺は、それまでの以上の闇に墜ちていく。

限りない闇、極限の絶望。


俺だって、馬鹿じゃない。

これはゲームでも、異世界でもない。

死んだ人間を一人蘇らせようと思うなら、神話にもあるように、島根県にある黄泉比良坂に行って黄泉の国から腐った成美を引っ張り出すしかない。


成美に対する俺の感情を、愛だなどと呼ぶつもりはなかった。

だが俺は初めて、愛する者を喪うことがこんなにも苦痛なのだと知った。

成美を喪って初めて俺は、全てを失うという事がどんなに苦痛なのかを理解した。

あの日から、俺は一歩だって前に進めなくなった。


*


成美との会話。

成美との記憶。

成美との時間。

成美の好きだった音楽。

成美の読んでいた本。

成美の人生観。

成美の研究。

成美の知識。

成美の過去。

成美の心。

成美の魂。

俺の知らない成美……


それから俺は、俺が知る成美の全てを、俺が到底知り得ない成美を、この世界に散らばった成美の記憶を掻き集め、AIとして電脳上に蘇生させようとした。


──成美の居なくなった世界。

そんな世界は、必要ない。

俺は認めない。


俺は、この世界を否定する。

俺が世界を否定するようになってから、俺の周りからは人が消えた。

その代わりに、狂気と絶望がすぐ俺の後ろを付いて回る。

奴等はとっくに俺を追い抜いているのかもしれない。

それでも俺は、成美が居なくなった世界と戦い続ける。

最期まで、病と戦い続けた成美と同じ様に。


「テストを始める。起動しろ、NAL」


NALは、未だ成美ではない。

NALには、"み"が足りない。

みとは、即ち

所詮NALは電脳空間上で行われる演算と集積されたデータの集合体にしか過ぎず、そしてうつつではなく、そして俺はまだ正気ではない。


そうして俺は2984回目の、成美の復元テストを開始した。

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