第6話 ケット・シーは後輩気質(後)

「ところで、冒険者を倒した後に奪うアイテムって、なんでランダムなんだ?いつも見てるけど、お前がランダムで選んでるように見えるけど、選ぶなら高価な装備とか、重要そうなものを狙ったほうが効率がいいだろうに。」


俺が何気なく放ったその一言で、いつも明るいケット・シーの表情がどんよりと曇った。

「……いやぁ、それがっすね……」


ためらいがちに口を開いたケット・シーから語られたのは、俺の想像をはるかに超える、理不尽な現実だった。


「本来、回収した装備は、ポイントに変換されて、倒した方の経験値ボーナスとして再分配されます。でも……」

ケット・シーの尻尾が力なく垂れた。


「……自分の上司が、装備を……横領してるっす。高価なものだけ選んで、持っていくんすよ。」

「……横領だと?」


「そうっす。横領されると、経験値の取り分が減っている状態なので、当然成長が遅れます。特に最底辺モンスターは負けることが多いので余計にボーナスが無いとキツいです…。

いくら冒険者を倒しても、肝心の成果が上司の懐に入るだけ……。完全にタダ働きみたいなもんっす!

上に掛け合ったこともあるっす。でも、『あいつ(ケット・シーの上司)がそんなことするわけないだろう!』って

自分が付けてた帳簿を見せたっすけど、相手にされなかったっす。その時気づいたっす。そいつの部屋にも自分の剥いだ装備が飾ってあったっす。上は真っ黒っす……。」

ケット・シーの声は震えていた。


「そして気づいたら、自分が"冒険者の装備を横流しして、仲間の信用を落としてる"って根も葉もない噂が広がってたっす。

上司が言いふらしてたんすよ……。」


彼の二股の尻尾がしおれるように垂れる。


「しかも、"横領してる証拠がある。これがあいつのロッカーから見つかった"って、偽の帳簿を作って、周りに見せびらかしてたっす。

他のみんなも薄々は分かってるんすよ。自分がそんな事してないって。

でも、自分が次の標的にされたく無いからって上司に従って、嫌がらせされることもあったっす。」


その言葉に、俺は衝撃を受けた。どれだけ酷い状況に追い込まれているんだ、こいつは……。


「そしてそのうち職場の誰もが、自分のことを無視するようになったっす。……悲しかったっす。」

彼の言葉には、苦しみがにじんでいた。


「でも、それとは関係なく、オヂスラさんみたいな方たちが、命懸けで戦った成果はなんとか守らないとって思ったっす。

上司のご機嫌取るため、自分が楽なるために、いい装備を剥ぐなんて、そして横領されるなんて、そんなのだったら自分の職場の信用なんか、クソ喰らえっす!

……だから、僕は悪い装備の中でランダムで選ぶことにしたっす!上司が横領する気が起きないように!

少しでもみなさんの頑張りの成果が、みなさんに還元される様に!」


ケット・シーの声は小さくなり、俺の胸に重いものを落としていった。


「自分、悲しいっす。みなさんがせっかく頑張って倒した冒険者の成果なのに、それを守れないどころか、横領の片棒を担がされるみたいな事をさせられていたなんて……。

本当はもっと経験値を貰える方が、ほとんどもらえてない状況を見てることしかできないなんて……。

仲間を裏切ってるみたいで、情けないっすよ……。」

ケット・シーは消えそうな声で続けた。


「この仕事、好きだったんすよ。でも、こんな状況じゃ、自分の仕事にプライドを持てないっす……僕、何もできないっす……。」


彼の二股の尻尾が小刻みに震える。


「今まで言えなくてごめんなさいっす。オヂスラさんみたいに優しくしてくれる人に、本当のことを言って、嫌われるの怖かったんすよ。」

俺は彼の言葉を聞きながら、拳をギリギリと握りしめた。


「……さようならっす。もう見つからないようにするっす。オヂスラさんたちと関わらないように、1人で仕事するっす……。本当に、ごめんなさいっす……。」


そう言って、ケット・シーは立ち去ろうとする。その小さな背中が、今にも消えてしまいそうに思えた。


「待て。」


俺は無意識に声を上げていた。


「お前、ふざけるなよ!」


振り返ったケット・シーの目は叱られた子供の様に怯えて、涙で濡れていた。

俺の中で湧き上がった怒りは、もう抑えられなかった。


「なんでそんなことを1人で抱え込んでたんだ。俺たちは仲間だろうが!

そもそもお前は全く悪くない!悪いのは全部そのクソ上司じゃねーか!

お前は自分のできる範囲で、しっかり俺たちのために1人で戦ってくれてたんだ。感謝こそすれ、恨むことなんか1個もねぇよ!」


「オヂスラさん……」


「だがな、ここまで聞いた以上、俺はもう勝手に動く。絶対に助ける。お前をこんな目に遭わせてるクソ上司、俺がぶっ潰してやる!」


ケット・シーの目が驚きと涙で揺れていた。


俺の心には、ケット・シーを守る決意が燃え上がっていた。

こんなにも真面目で健気なケット・シーを、ここまで追い込んでおいて、いつまでものうのうとできると思うなよ!

俺はただのスライムかもしれないが、仲間のためならどんな相手だろうと立ち向かう。それが俺のやり方だ。


ケット・シーの小さな手をぐっと握りしめた俺は、彼に力強い笑みを向けた。

「ついて来い、ケット・シー。

これからは俺たちで、全部守るんだ。」


ケット・シーは涙を拭いながら、少し照れたように笑った。

「……オヂスラさん、やっぱり僕、オヂスラさんのこと大好きっす!」


俺たちは新たな決意を胸に、次の一歩を踏み出した。


覚悟してろよ、クソ上司。俺たちの仲間を泣かして、どうなるか目にもの見せてやる!


――つづく――

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「ダンジョン革命! ~スライムが目指すホワイト職場~」 ゴジュラスGO中将 @yositomo222

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