第5話 ケット・シーは後輩気質(前)

ハピネスと冒険者パーティーを倒し、少し戦闘の余韻に浸っていると、急に背後に気配を感じた。

振り返ると、二股の尻尾を持つケット・シーがいつものように立っていた。 俺は以前から何度か会っている相手だ。もふもふの毛並みに愛らしい表情だが、突然の登場には毎度ながら少し驚かされる。


「また会えて嬉しいっす!昨日も会ったっすけど!」


にこやかに挨拶してくるこいつは、冒険者全滅後の後処理を担当する黒子のような存在だ。性格は陽気でフレンドリー。


「……お前、本当にいつも急に現れるな。」

「隠密だけは得意なんす!

なんか感動的なシーンだったんで、少しは配慮したっす!でも時間が限られてるんで!ごめんなさいっす!」

どこか憎めない。そんなやり取りをしていると、後ろからハピネスがひょこっと顔を出した。


「……この、もふもふさん、誰?」

ハピネスの問いに、ケット・シーが勢いよく振り返る


「はじめましてっす!」

元気よく挨拶するケット・シーに、ハピネスも負けじとぺこりと頭を下げる。


「はじめまして、ハピネスです!」

「名前あるんすか?うらやましいっす!かわいいっす!」

二人が挨拶を交わす様子を見ていると、何だか微笑ましい気持ちになった。


「こいつはケット・シーって種族だ。名前はまだ無いってさ。冒険者が全滅すると、こいつがダスト装置まで運んでるんだよ。

ハピネスも折角だから手伝ってくれよ。こいつ力ないから、冒険者運ぶのにいつも苦労してるんだ。」

「うん、分かった!」


ダスト装置と言うのは、冒険者をセーフティエリアへ送り返すための転送装置だ。

各階層に一基ずつ設置されていて、ダンジョンでも専用権限を持つモンスターの同伴が無ければ入れない。ここの部屋へは隠し通路を使って、他の冒険者に目撃されないように、運搬される。無用な混乱を避けるためらしい。


そうして俺たちは、冒険者を運ぶ作業を始めた。ケット・シーが重力軽減魔法をかけ、みんなで協力して台車に乗せる。


「よーし、行くっすよ!」

ケット・シーが意気込んで台車を引っ張るものの、ほとんど動かない。尻尾をフリフリしながら頑張る姿は微笑ましいが、それ以上に頼りない。これじゃダスト装置部屋に、いつまで経っても着きゃしない。

以前それを見かけて、手を貸したのが、こいつと仲良くなったきっかけだ。


「ほら、ハピネス後ろから押すぞ。…本当に1人でやるには無理があるだろ。」

俺が苦笑しながら台車を押すと、ハピネスも真似して押してくれた。


「すみませんっす……でも、2人がいれば百人力っす!」

ケット・シーは振り返ってニコリと笑いながら、前方で台車を引っ張る。その健気な姿に、俺は少し胸が締めつけられる思いがした。


隠し通路を進む道中も、狭い通路や段差に台車が引っかかるたび、ケット・シーは「ごめんなさいっす!」と駆け寄り、ひたいの汗を拭きながら、魔法で細かい調整をする。そんな彼の姿を見ながら、俺は思わず声をかけた。


「お前、いつもこうやって頑張って、えらいな。」

その言葉に、ケット・シーは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、「オヂスラさんにそう言ってもらえるなんて光栄っす!」と笑顔を向けた。

その直後、彼が一瞬だけ何かを言おうとして口を開きかける。ここ最近こう言った仕草をするのをよく見かける(知り合ってそんなに日は経ってないけど)


「どうかしたか?」

「えっ!?いや、なんでもないっす!オヂスラさんにもっと褒められるように、自分、頑張るっす!」

ケット・シーは慌てて目をそらし、話を逸らすように台車を引っ張り始める。その背中からは、言いたいことがあるのに言えない、そんな迷いの気配が伝わってきた。

しかしみんなそれぞれ悩みがあって、でも、なんでも打ち明けられるわけではない。

ケット・シーが話してくれるまで、気長に待っておくかと、俺は気楽に考えて台車を押し続けた。


「それにしても、オヂスラさんもハピネスさんも、すごいっすね!こいつら装備見る限り結構強いと思うんすけど」

運搬を続けながら、ケット・シーが台車に乗っけている冒険者に目を向け、感心したように言う。


「いや、実際そいつら大したことなかったぞ。大して攻撃して来なかったし」

「いやいや、戦闘の最後ら辺しか見れなかったすけど、相手に何もさせない立ち回りの戦法っすよね。しかも僧侶の股間へのアレとか…、あれはえげつないっす。自分があんな負け方したら泣くっす。」

そう言って、ケット・シーは肩を振るわせた。


「でも、オヂスラさんはそろそろ進化できるんじゃないっすか?経験値だいぶ溜まってると思うんすけど?」

「進化…か。そんな簡単にできるもんじゃないだろ。」

「んー?それはそうなんすけど…。経験値といえば…」


ケット・シーの説明によるとこうだ。

ダンジョンの経験値システムにはいろいろと仕組みがあるらしい。


①冒険者に敗北すると経験値のロスト
冒険者に経験値を奪われる。

格上に負ければ経験値の減少は少なく、

格下に負ければ経験値の減少は大きくなる。

相手レベルによって、経験値のロストに、幅がある


②冒険者に勝利すると経験値が得られる
冒険者から経験値を奪う。

格下に勝てば経験値の上昇は少なく、

格上を勝てば経験値の上昇は大きくなる。


③他にも特殊な条件で、経験値が獲得できることがあるらしい


俺は彼の話を聞きながら、戦闘の後の経験値について考える。確かに、冒険者を倒した時、俺の中に何か力の様なものが、沢山入ってくることもあれば、微妙な時もある。それが適正レベルとの関係だったとはな。


「でも、自分たち最底辺モンスターは、負け続ける事が多いっすから、経験値がマイナスになるみたいっす。」

ケット・シーの言葉に、ハピネスが驚いた表情を見せる。


「マイナスって…借金みたいなもの?」

「そうっす!でも自分は諦めてないっす!オヂスラさん見ててわかったっす。止まらずに創意工夫すれば、ちゃんと実を結ぶっす。最底辺でも冒険者に連勝できる様になるっす!だからハピネスさんにも諦めないで欲しいっす!」


話をしながら運び続け、ようやくダスト転移装置の部屋に到着した。

「はぁ、助かったっす。手を貸してくれて、ほんと感謝っす!もう2人とも大好きっす!」

「持ち上げても、これ以上何も出ないぞ」

そんな軽口を叩き合いながら、冒険者を床に下ろし、装備を剥ぐ準備をしながら、俺はケット・シーに以前から疑問に思っていたことを聞いてみた。


「ところで、冒険者を倒した後に奪うアイテムって、なんでランダムなんだ?いつも見てるけど、お前がランダムで選んでるように見えるけど、選ぶなら高価な装備とか、重要そうなものを狙ったほうが効率がいいだろうに。」


俺が何気なく放ったその一言で、いつも明るいケット・シーの表情がどんよりと曇った。

「……いやぁ、それがっすね……」



ーー長くなるので、2話に分割します

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