第4話 スライム、友人を得る
数日が経過した。俺はこの洞窟でスライムとしての生活に馴染みつつあった。冒険者との戦闘にも少しずつ慣れてきた。
といっても楽な戦いはひとつもない。特に魔法使いのファイアボールは痛みも熱さも尋常じゃない。
身体中の水分が一瞬で蒸発する感覚を全身で味わうたびに、地球で平和だった頃の生活が頭をよぎる。そんな余計な思い出が出るたび、なんでこんな目にあってるんだと泣きたくなる。だが、泣いても現状は変わらない。戦い続けるしかないのだ。
幸いリポップ機能のおかげで完全に消滅することはない。だか、痛みに慣れる気は全くしない……
冒険者の間で俺の存在が広まっていないのも幸いしている。どうやらスライムに負けた恥ずかしさから、情報共有をしていないようだ。おかげで同じ戦法が何度も通用する。これは本当にありがたい!
それでも、同じ戦法がいつまでも通用するはずがない。冒険者だって馬鹿ではないのだ。冒険者たちが対策を取る前に、さらに戦術を磨く必要がある。
俺はダンジョン内の罠に注目し、毒矢や麻痺煙を活用する方法を思いついた。ダンジョン内の罠は発動すると暫くしてからリポップすることを確認した俺は、毒矢トラップの矢を回収し、再利用したり、麻痺毒の煙をストックしてばら撒くことで、攻撃手段を増やしていった。
「これ、めっちゃ便利じゃないか?」
また、冒険者がトラップの目印として付けたマーキングを消して、別の場所に目印を書く事で、罠へ誘導するという手段も編み出した。
これにより、俺は戦闘をかなり有利に進めることができるようになった。
さらに、冒険者たちの弱点を狙う戦法も試してみた。
例えば、禿げかけている人の頭髪を執拗に狙うことで動揺を誘ったり、
男性の股間を攻撃する「EDボンバー」や、
顔を覆って呼吸困難にさせる「正月の餅ボンバー」など、えげつない戦法が意外と効果的だった。
生き残るためには手段を選んでいられない。こうして俺は少しずつ戦闘スタイルを確立していく。
その結果、俺の工夫が少しずつ結果を出し、冒険者に勝つことも増えてきた。他のスライムたちからは「すげえな」「お前、どうやったんだよ?」と驚きの声をかけられることもある。少しだけ自信が湧いてきた。
――
ある日、冒険者との戦闘後、バックヤードに小休憩をしに行くと、一匹のスライムが妙に暗いオーラを放っていることに気づいた。
そいつはひどく小さくなり、体を丸まらせていた。
そいつは、まるで駅のホームで特急列車に飛び込む直前のような、張り詰めた気配を漂わせ、洞窟の隅にポツンと座り込んで、うつむいたまま微動だにしなかった。
「……大丈夫か?」
俺が声をかけても、そいつは反応しない。ただ小さく震えるだけだった。俺は無理に近づかず、少し距離をとって穏やかに話しかけた。
「名前とかあるのか?何か困ってるなら、力になれることがあるかもしれないぞ」
しばらく沈黙が続いた後、かすれた声が返ってきた。
「……冒険者に……何度も何度も何度も……殺されたんだ……。痛い……苦しい……それでも何度も……!」
その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。
そいつが震えながら絞り出す声には、深い絶望と疲労が滲んでいた。心が壊れかけているのが分かる。
「……何度も復活させられて、何度も殺される。……終わりがないんだ。
冒険者の前に出ると思うと、毎回震えが止まらない。……もう、どうすればいいのか、本当に……わからなくなったんだ。」
その言葉には、何度も心を折られ、無理やり立ち上がることを強いられ続けてきた者だけが持つ、重みがあった。
俺は少しずつ距離を詰めながら優しく言葉を続けた。
「……お前はすごいよ」
「……すごい?僕が……?」
「そうだよ。何度もやられても、それでもこんなにボロボロになるまで頑張ってきたんだ。
誰がなんと言おうと、俺はお前がすごいと思う。頑張ってきたって思う。俺が保証する!
俺なんか、初めて冒険者と戦ったときなんて、心の中で『なんで俺がこんな目に!』って叫びながら、逃げ出すことしか考えられなかったよ。」
そいつは少しだけ体を動かして俺の方を向いた。俺は話を続ける。
「たしかに、死ぬのは痛いし辛い。何度味わっても慣れる気が全くしない。
でも、俺はこうも考えてるんだ。せっかく生き返れるんだから、次はもっとマシなやり方で戦って、冒険者に仕返ししてやろうってな。」
「……マシなやり方?」
少しだけそいつの声が変わった気がした。俺は話を続ける。
「そうだ。例えば、俺が最近やってるのは、罠のリポップを利用した裏技だ。事前準備をしっかりして冒険者が予想もしない方向から仕掛ければ、俺たちでも勝てる。」
「……でも……僕なんかにできるかな……」
「できるさ。俺が保証するよ。だって、俺だってただの雑魚スライムなんだから」
俺はそいつの横に移動して、その体に軽く触れる。スライム同士、なんとなく温かさみたいなものを感じる瞬間だ。
「そういえば、名前とかあるのか?」
「……ないよ。そんなの考えたこともなかった」
「じゃあ、俺が考えてやるよ!」
俺はそいつをじっと見た。濁った青い身体、今にも消えそうな雰囲気。でも、その奥には何か温かいものが眠っているような気がした。
「決めた。お前は『ハピネス』だ!」
「……ハピネス?」
「ああ。お前にはまだ気づいてないかもしれないけど、きっとみんなを笑顔にする力があると思うんだ。今は辛いかもしれないけど、これから少しずつ『幸せ』を見つけていこうぜって感じで選ばせてもらった。…俺も手伝うからさ」
「……僕が……ハピネス……」
ハピネスは小さく呟いたあと、ぽつんとした声で言った。
「……いい名前だね……」
その言葉を聞いたとき、俺は心の中でガッツポーズを取った。
「だろ?さ、まずは俺と連携の特訓だ。一匹じゃできないことも二匹ならなんとかなるさ!」
こうして、俺たちは連携の特訓を始めた。粘液を撒くタイミング、罠の活用法、冒険者を惑わせる動き……ハピネスはぎこちないながらも、一生懸命に動きを覚え、少しずつコツを掴んで、前向きな表情(スライムだけど)を取り戻していった。
そして、ついに本番――俺たちは洞窟の入り口フロアにやって来る冒険者たちを、迎え撃つ準備を完璧に整えた。
現れたのは三人組の初心者パーティだった。剣士、魔法使い、僧侶という典型的な構成だが、装備はピカピカでどうやら初めてのダンジョン探索らしい。
「ふん、またスライムか。手応えがなくてつまらんが、高貴な俺様の剣で死ねることを、精々光栄に思って、逝くがいい!」
剣士が笑いながら剣を抜く。
悦に浸ってるところ、申し訳ないが、俺たちの用意したキルゾーンに誘い込まれたのは、むしろ冒険者達の方だった。
俺たちは打ち合わせ通り、罠を誘発しながら冒険者を翻弄する作戦に出た。
まず、俺が大きく動き剣士の注意を引く。剣士が追いかけてくる途中で俺は毒矢トラップを踏み発動させた。矢は彼の太ももあたりに刺さり、痛みと毒で動きが鈍くなる。このトラップ矢は『敏捷度30%低減』の効果がついている。
魔法使いがファイヤーボールを放とうとする瞬間、天井で機を伺っていたハピネスが魔法使いのアタマに落下し、「正月の餅ボンバー」を発動。魔法の詠唱をキャンセルさせる。声が出ないと魔法は発動できないのだ。魔法使いが、痙攣しながら膝をつく。
「くそっ、僧侶、回復を!」
焦った剣士が、僧侶に指示を出し、僧侶が慌てて呪文を唱え始めるが、ハピネスがすかさず麻痺毒の煙をばら撒いた。煙を吸っ僧侶が咳き込みだす。
そこに俺が彼の股間に狙いを定めて「EDボンバー」を炸裂させた。
悲鳴を上げて崩れ落ちる僧侶。
最後に残った剣士は、
「こんなの嘘だ!スライム如きに俺様が負けるはずない。負けるはずないんだ!」と喚き、フラフラになりながら剣を振り回して抵抗するが、格下だと舐めてかかり、準備を怠った時点で、勝敗は決まっていたのだ。
それからしばらくして、俺とハピネスの連携攻撃の前に俺様剣士は膝をついた。
戦いが終わったあと、ハピネスは小さく震えながら、スライムの体を揺らしていた。
「ハピネス、どうだ?勝ったぞ!」
「……僕……勝てた……」
ハピネスの体はスライムだから涙なんて流せないはずなのに、その揺れは確かに涙を流しているように見えた。
喜び、安堵、そして、これまでの辛い思いが全部混ざり合ったような、そんな気分なのだろう。
でも確かに、ハピネスは初めての勝利を噛みしめていたのだ。
「ハピネス!お前、やれるんだよ。これからも一緒に頑張ろうぜ」
「また一緒に戦ってくれるの?」
「当たり前だろ。こっちがどれだけ時間を注ぎ込んでお前を育成したと思ってるんだ?元を取るまでは一緒に戦ってもらうぞ」
俺は冗談ぽくハピネスに言った。
「……うん、ありがとう。オヂスラ…」
こうして俺たちは小さな勝利を手にしながら、新たな一歩を踏み出した。俺とハピネス、二匹ならもっと上に登っていける――そんな気がしてならなかった。
――つづく――
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