第5話 面影

 「お母さんから」

と、少女はその大きい袋を憲悟けんごに渡す。

 「どうせ、おせち料理なんか作ってないでしょうから、って」

と言って、笑う。

 「おお」

 憲悟はその袋をどこかに置こうとしたが、昨日のらん痴気ちき騒ぎから掃除もしていない床に置くわけにはいかない。

 台所まで置きに行き、帰りにコップとサイダーを持って戻って来た。

 手早く、入り口に近いテーブルの、掃除のために上に上げてあった椅子を下ろす。

 「ああ、まあ、春菜はるなちゃん、入りなさい」

 「いや」

と、少女は恥じらってみせる。

 「これでも受験生ですから」

 その表情が、憲悟の知っていた少女と、重なるような、重ならないような、だ。

 顔かたちは、似ている。

 あの子のほうがもっと頬がこけていたし、顔色も全体に青白かったけど、それはあの子の偏食から来る栄養状態のせいだったろう。

 背も、この子のほうが高い。

 それより何より、あの子は「恥じらってみせる」などということはできなかった。

 自分の感情と違う表情を「見せる」ことなんて、およそできない子だった。

 それに、中学校三年生の時点で、ピアノは天才でも、学業はドロップアウト気味で、憲悟や、あの見留みとめ美貴みきや、ほかの仲間が

「高校ぐらい、出なくてもいいから、入ってはおくもんだ」

と説教してもきかなかったから、あの子が受験生だったことなどないのだが。

 「いや。おじゅうだけ受け取って、あんたのお母さんがいまどうしてるかも聞かずに帰ってもらう、なんて、あり得ないだろ」

 多少のバーバリズムをにじませて憲悟が言うと、少女は目を細めて笑った。

 この笑いかたは、たしかに母譲りだ。

 その目の細めかたから、ふだんの顔から笑顔になるタイミングまで。

 もう四半世紀もの昔、「寿ことぶきの美貴」とともに、この店の「二枚看板」だった美少女ピアニスト、掛川かけがわ千愛ちあいに、よく似ていた。

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