第3話 夢
窓の外には雨が降っている。
木の枠にガラスをはめ込んだだけの窓。
その向こうには、だれもいない、殺風景な砂浜、そして、少しも海らしい色をしていない、灰色の海。
その、薄暗いはずの部屋、ガタガタのスチール脚のテーブルと同じようなスチール脚の椅子。
話している相手は、ドラマーの
話しているというより、怒っているはず。
僚は美貴が好きだ。
ところが、このザマ。
美貴はもう浅草に戻る気はないと言って、断ったのだ。
しかも、この件で、憲悟が見留美貴が好きだということまで、ばれてしまった。
僚の好きな美貴を憲悟は連れて帰らなかった。しかも、憲悟は僚の好きな美貴が好き。
当然、「だから、美貴を自分のところに連れて帰らず、遠い街に残してきた」と考える。
怒るはずだ。
しかし、瀬山僚は、ため息をついて、半分折れた煙草を口にくわえ、
「雨、やまんかな」
と、ひと言、言っただけだ。
「いや、それよりな、僚」と切り出して、事情を説明するか。
事情説明の前に、謝るか。
まったく、もう。
もちろん、見留美貴のピアノの才能を認め、その才能に
いて当然だ。
でも、あのぽっちゃり体型のピアニストに、その
……その三人ともが、惚れなくてもいいようなものなのに!
「雨、やまんかな」
と、瀬山僚はまた言う。
煙草はくわえたままだ。
憲悟は、切り出さなければいけない。
ここで切り出さなければ、あとでたいへんなことになるのは知っていたから。
「な。僚。ちょっと聴いてくれ」と言わなければ。
でも、どうやってもことばが出ない。
窓の外は雨、その向こうは砂浜、そして、灰色の海。
「雨、やまんかな」
僚が三度めに言ったとき、憲悟はもうよほど
「なあ、僚、聴いてくれ」
と言おうとしていた。
しかし、中途半端に折れた煙草をくわえたまま、ふーっ、と息をついて、僚が言うほうが先だった。
けだるそうな、眠そうな目で憲悟を見ながら。
「この雨で、あの店、だいじょうぶなのか?」
憲悟の首筋がぶるっと震えた。
雨!
そうだ。
あの店「チャーリー」は欠陥建築の地下だ。雨が降っていなくても異様にじめっとしている。大家に言われて除湿機というのを入れてみたが、ろくに効きやしない。
もともとそんなのなのに、こんなに雨が続いたら。
「それにな」
僚?
いや、僚ではなかった!
あのぽちゃぽちゃでかわいらしい見留美貴を奪って行った、小河内という、実直そうなレコード収集狂の男だ。
「
雨……雨……雨。
あ?
「寿の美貴はここにいるけど、千愛はいまもあの店だ。帰ってやんなくていいのかい?」
男の背後で、ピアノの前に座った美貴も心配そうに上目づかいに憲悟を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます