第2話 「チャーリー」の年越し(2)
いつの間にか髪の毛の半分がグレーになった
ピー
なんか、ジャズのリズムと違うような?
チャンチキじゃないんだからさ。
ここ
曲に合わせて歌い出すやつが何人もいる。
それも、どうやら歌詞を知っていて正確に歌っているらしいやつと、ぜんぜん知らないででたらめを歌っているやつがいる。
「となりーの、きゃくはぁ、よぉく、かきくうきゃくぅだ、かぁき、くえばぁ、かねがぁ、なるなぁり、
メロディーは正確だが。
寺の名まえ、違ってないか?
ここ浅草だから、いいけどさ。
と思ったら、アルトサックスを持ってきていた
実際以上の熱演のポーズをとる。
おまえなあ!
ところが、去年、クイーンを知らんと言ったらあきれやがった
客たちがまた拍手
しようがないから、しばらくつき合ってやって、「銀座カンカン娘」でアドリブまでやって見せてから、もとの曲に戻してやる。
野辺篤志も上月恒爾もおとなしくそれについて
「まずは上出来」
何だ、その偉そうなもの言いは、と思って見上げると、茶色やや金髪系に髪も眉毛も染めたおねーちゃんだった。
名まえは
こいつの正体はだれも知らない。
本人も知らないのだから徹底している。
外国で生まれ、日本に連れて来られ、親が不法滞在で送還され、なぜかこいつだけが残ってしまったという。
いまでは甘い声が持ち味のジャズシンガー。その経歴からして母語は完全に日本語のはずなのだが、なぜか英語が巧い。
日本語がへんなのはわざとなんだろうけど。
そのおねーちゃんがピアノの端に「どん!」とジョッキを置く。
一見、普通のビール。
だが、この店の主人
「なんだよ、バクダンなんか持って来やがって」
ビールにウイスキーを混ぜたもの。それだけアルコール度数は上がるし、しかもたぶん度数以上に酔いが回る。
「えーっ?」
紺野ケイが甘い声で言う。
「なんでばれちゃったのぉ?」
不満そう。
「ばぁか。
と言って、左手できっちり低音やや高めを奏でつつ、ジョッキからそのバクダンをぐいっとのどに流しこむ。
のどが
ピアノの右手がお留守になったところを捉えて、ベースの
何か知らないが違う曲になったぞ?
「恋という名のクレイジーなやつ」から「おまえがおまえであるもののすべて」へ。
なんだよ、そのつながりは?
しかし、All The Things You Areでひるんだとしたらそれはジャズピアニストの
受けて立とうじゃねえか。
コードでていねいにバックをつけつつ、徐々に演奏の主導権を取り返す。
思いっきり甘いソロを奏でて、その甘さを自分でときどきかき乱してやる。
また店内が
楽器が入り乱れ、歌うやつ、歌わずに大声でしゃべり散らすやつ、酔って爆沈するやつ……憲悟もそのバクダンを飲み干したら、今度はまた紺野ケイがモスコーミュールなどという強いカクテルを持って来やがって、それをまた飲み干したころから記憶があいまいだ。
もちろん、そんなのでピアノの腕が鈍る憲悟ではない。たとえ眠っていても両手はちゃんとスイングして音をたたき出し続ける。それが「チャーリー」の坂村憲悟だ。
そんな調子で、夜中の十二時を過ぎ、ということは、新年に入ってから加速度的に
……と言いたいところだが、冬なので、空は真っ暗。ついでに凍るほど寒い。
最後の客を送り出したのが五時四〇分くらい。この時間でも暗い。
初日の出は、まだ遠い先だ。
店をいちおう掃除体制にまで整備するのは、ピー子ちゃんがやってくれた。
そのピー子ちゃんも親のところに帰らせてやる。
大学出たての、それも音大出たての善き少女がやる仕事じゃないよな、こんな店のスタッフなんて。
そう思いつつ、憲悟は、店の隅、机の上に上げていない椅子四つを並べて横になった。
毎年のことだ。
ここまで含めて、「チャーリー」の年越し行事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます