アグレッシブ姫始め
吉田八朔
アグレッシブ姫始め
――元旦。澄んだ美しい冬の空気が肺を満たし、未来への誓いを確かにさせる素晴らしい日――。公爵家令嬢である私、
ばあん!と両開きの扉が開いて、
「は?」
とうとう頭がおかしくなったのかしら、いや前からか。しかし今日は一段とおかしい。新年早々元気の良いことで。
「桃井、またなの?一体どういうことかしら。新年くらい、大人しくできないの?」
「それどころじゃあないのです!わたくし、
軽井沢ァ!!余計なことを……ッ!!後でお仕置き!というか、今この状況が一番の恥だと思うのだけれど、彼女にとっては違うらしい。毎度思うけれど教育係はどうなっているの?のびのび育てるにも程があるのよ……!
「それで、姫始めだったかしら、一体何をするというの?というか、戸を閉めなさい。寒いでしょうが」
「あっ、すみませんお嬢様」
桃井はいそいそと扉を静かに、ああ……いえ、後ろ足に蹴って閉めた。本当にお行儀が悪い。せめて手を使いなさい、手を。
「こほん、えっとですね、姫始めをしなければならない、というのはわかったのですが、聞けば新年早々に行わなければならないそうじゃないですか。なのでその、わたくし軽井沢に詳しく聞く前にここに来てしまったのです」
「……」
「あ!でも、その、姫始め、であるからにはきっと姫を始めるんだと思うんです!まさに姫宮家のお嬢様にぴったりな行事だとは思いませんか?ですからわたくし、早速
「……ッ、なんでそうなるの!!このおばかッ!!!」
「えええええ!!?」
[スーパーお説教タイム]
「ところでお嬢様、結局姫始めとはなんなのですか?王家簒奪→お嬢様が姫様に!では無いことはわかったのですが」
この2時間で桃井が学んだのは、たったそれだけだったようだ。もう私はガックリきてしまって、この際責任を取ってもらおうと、軽井沢(口も尻も軽い)を呼びつけることにした。
「お嬢〜、呼びました〜?なんでござましょ」
「責任をとりなさい!」
「えっ!?お嬢様!?まさか、軽井沢と……!?」
「えっ!?まさか僕、お嬢と……!?」
「違うわよ!!!!!」
おぞましいことを言う2人に寒気が走って、思わず扇子を折りそうになった。どうしてこの二人はこうなのだろうか。猛烈に激烈に早急に解雇したい。
「あーよかった。まあそうですよね、僕妊娠してませんもん」
「はぁ!?軽井沢あなた、お嬢様が攻めだっていうの!?信じられない!!」
「あなた達が信じられないわよ私。どうしてこうなの。嗚呼お父様、お願いです一生のお願いですからこの二人を解雇して」
大方、色狂いの軽井沢が桃井にちょっかいを出そうとして(桃井のあまりの阿呆さに)失敗したのだろう。けれどあまりにも(桃井が)大騒ぎしていたものだから、使用人たちもざわざわしている。何とかここから場を納めなければならない。
正直懲罰房行きでいい気がしてならないのだが、桃井はそこそこいい所の出なので出来ない。実質野放しなのだ。でも軽井沢はギリギリセーフでぶち込めるかもしれない。いけるかしら?いや、でも……。
「あのね、軽井沢、あなた桃井に変なことを吹き込んだでしょう。桃井が騒いで大変なの。何とかしてちょうだい。もういやよ私」
「変なこと……?え、僕全然わかんないな、お嬢、具体的に言って下さいよ。いやぁ〜僕馬鹿だからなぁ、わっかんないなぁ〜!」
「あら、軽井沢にも分からないことがあるのですね!!わたくしびっくりです」
この色狂い、私にセクハラしようとしている。あまりにも不敬……!!
「……姫始め」
「え?姫始め??全くお嬢ったら姫始めの何が変なことだってんですかぁ〜。いやぁ、僕無学なもんでェ」
コ イ ツ
「……ああ、いけない。また、扇子を折ってしまったわ。代わりのものが必要ね。握りやすいものがいいわ。たとえば……お前の
「ヒッ」
ザッと青ざめた軽井沢に思わずクスリと笑ってしまう。やあねぇ、指折られるくらい、大したことないでしょうに。桃井があわあわいっているけれどもう遅い。地下の鍵、何処にやったかしら。あんまり汚れたからたしか四松に――
「お嬢様」
「……あら、四松、どうしたの?」
「姫始めを執り行う、と聞き及んだものですから」
「四松、あなたもなの……!?」
「炊きたての米をお持ちしました」
「「「……米?」」」
四松が手に持った米びつを開けて見せた。つやっつやでほっかほかの米が入っていた。
「はい。姫始め、とはいくつかの意味を持つ言葉でございますが、新年最初に炊いた米を食べる日、という意味もございます。いささか姫飯には早くはありますが、お嬢様のお望みとあらば、と」
「そ、そう、そうなのよ、早めにお米食べてしまいたくて。ありがとう、四松」
「そういう意味だったのですね!!さすが、四松様ですわ!」
「……チッ」
四松は綺麗に礼をすると、素早く米(炊きたて)を茶碗に盛って私に手渡した。スっと箸も差し出される。気がつけば、後ろには椅子が、前に机が用意されていた。なんてこと、
「では、いただきます」
手を合わせ、茶碗に盛られたつやつや白いご飯を口に含む。あまくて、もちもちで、ふくよかな香りが鼻に抜けてゆく――
「おいしい……」
「恐悦至極」
そっと差し出されるご飯のお供に思わず舌鼓をうつ。 いつの間にか桃井や軽井沢も美味しそうにお米を食べていて、あっというまにお米はなくなった。
「……ハッ!お
「お米美味しいですぅううう!!」
「四松、軽井沢を懲罰房に」
「承知致しました」
(おわり)
アグレッシブ姫始め 吉田八朔 @mirukatopi
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