アグレッシブ姫始め

吉田八朔

アグレッシブ姫始め

 ――元旦。澄んだ美しい冬の空気が肺を満たし、未来への誓いを確かにさせる素晴らしい日――。公爵家令嬢である私、姫宮ひめみや頼子よりこは必ずこの家をさらに盛り立てると誓いを新たにし、


 ばあん!と両開きの扉が開いて、桃井ももいが駆け込んできた。彼女は本当にいつもいつも騒々しい女で、昨日だって「真曽田に負けるなんて…!」などと叫んで木に登って降りられなくなっていた。四松しまつが降ろしてやらなければ一晩じゅうそこで騒いでいただろう。さて、今日はなんの「お嬢様!姫始めですよ!!姫始めしましょう!!」


「は?」


 とうとう頭がおかしくなったのかしら、いや前からか。しかし今日は一段とおかしい。新年早々元気の良いことで。


「桃井、またなの?一体どういうことかしら。新年くらい、大人しくできないの?」


「それどころじゃあないのです!わたくし、軽井沢かるいざわに聞きましたの。新年には“姫始め”なるものをしなければならないと!わたくし、全然!全く!!知りませんでしたわ!!何たる失態……!姫宮家の侍女として恥ずかしくてなりません……」


 軽井沢ァ!!余計なことを……ッ!!後でお仕置き!というか、今この状況が一番の恥だと思うのだけれど、彼女にとっては違うらしい。毎度思うけれど教育係はどうなっているの?のびのび育てるにも程があるのよ……!


「それで、姫始めだったかしら、一体何をするというの?というか、戸を閉めなさい。寒いでしょうが」


「あっ、すみませんお嬢様」


 桃井はいそいそと扉を静かに、ああ……いえ、後ろ足に蹴って閉めた。本当にお行儀が悪い。せめて手を使いなさい、手を。


「こほん、えっとですね、姫始めをしなければならない、というのはわかったのですが、聞けば新年早々に行わなければならないそうじゃないですか。なのでその、わたくし軽井沢に詳しく聞く前にここに来てしまったのです」


「……」


「あ!でも、その、姫始め、であるからにはきっと姫を始めるんだと思うんです!まさに姫宮家のお嬢様にぴったりな行事だとは思いませんか?ですからわたくし、早速王家を潰してこようかと王家簒奪!お嬢→姫様計画思って駆けつけたのです!」


「……ッ、なんでそうなるの!!このおばかッ!!!」


「えええええ!!?」


[スーパーお説教タイム]


「ところでお嬢様、結局姫始めとはなんなのですか?王家簒奪→お嬢様が姫様に!では無いことはわかったのですが」


 この2時間で桃井が学んだのは、たったそれだけだったようだ。もう私はガックリきてしまって、この際責任を取ってもらおうと、軽井沢(口も尻も軽い)を呼びつけることにした。


「お嬢〜、呼びました〜?なんでござましょ」


「責任をとりなさい!」


「えっ!?お嬢様!?まさか、軽井沢と……!?」


「えっ!?まさか僕、お嬢と……!?」


「違うわよ!!!!!」


 おぞましいことを言う2人に寒気が走って、思わず扇子を折りそうになった。どうしてこの二人はこうなのだろうか。猛烈に激烈に早急に解雇したい。


「あーよかった。まあそうですよね、僕妊娠してませんもん」


「はぁ!?軽井沢あなた、お嬢様が攻めだっていうの!?信じられない!!」


「あなた達が信じられないわよ私。どうしてこうなの。嗚呼お父様、お願いです一生のお願いですからこの二人を解雇して」


 大方、色狂いの軽井沢が桃井にちょっかいを出そうとして(桃井のあまりの阿呆さに)失敗したのだろう。けれどあまりにも(桃井が)大騒ぎしていたものだから、使用人たちもざわざわしている。何とかここから場を納めなければならない。


 正直懲罰房行きでいい気がしてならないのだが、桃井はそこそこいい所の出なので出来ない。実質野放しなのだ。でも軽井沢はギリギリセーフでぶち込めるかもしれない。いけるかしら?いや、でも……。


「あのね、軽井沢、あなた桃井に変なことを吹き込んだでしょう。桃井が騒いで大変なの。何とかしてちょうだい。もういやよ私」


「変なこと……?え、僕全然わかんないな、お嬢、具体的に言って下さいよ。いやぁ〜僕馬鹿だからなぁ、わっかんないなぁ〜!」


「あら、軽井沢にも分からないことがあるのですね!!わたくしびっくりです」


 この色狂い、私にセクハラしようとしている。あまりにも不敬……!!


「……姫始め」


「え?姫始め??全くお嬢ったら姫始めの何が変なことだってんですかぁ〜。いやぁ、僕無学なもんでェ」


コ イ ツ


「……ああ、いけない。また、扇子を折ってしまったわ。代わりのものが必要ね。握りやすいものがいいわ。たとえば……お前のそれピーー、とか」


「ヒッ」


 ザッと青ざめた軽井沢に思わずクスリと笑ってしまう。やあねぇ、指折られるくらい、大したことないでしょうに。桃井があわあわいっているけれどもう遅い。地下の鍵、何処にやったかしら。あんまり汚れたからたしか四松に――


「お嬢様」


「……あら、四松、どうしたの?」


「姫始めを執り行う、と聞き及んだものですから」


「四松、あなたもなの……!?」


「炊きたての米をお持ちしました」


「「「……米?」」」


 四松が手に持った米びつを開けて見せた。つやっつやでほっかほかの米が入っていた。


「はい。姫始め、とはいくつかの意味を持つ言葉でございますが、新年最初に炊いた米を食べる日、という意味もございます。いささか姫飯には早くはありますが、お嬢様のお望みとあらば、と」


「そ、そう、そうなのよ、早めにお米食べてしまいたくて。ありがとう、四松」


「そういう意味だったのですね!!さすが、四松様ですわ!」


「……チッ」


 四松は綺麗に礼をすると、素早く米(炊きたて)を茶碗に盛って私に手渡した。スっと箸も差し出される。気がつけば、後ろには椅子が、前に机が用意されていた。なんてこと、綺麗に片付いて有耶無耶になってしまったわ……。これが四松しか勝たん、というやつなのかしら。


「では、いただきます」


 手を合わせ、茶碗に盛られたつやつや白いご飯を口に含む。あまくて、もちもちで、ふくよかな香りが鼻に抜けてゆく――


「おいしい……」


「恐悦至極」


 そっと差し出されるご飯のお供に思わず舌鼓をうつ。 いつの間にか桃井や軽井沢も美味しそうにお米を食べていて、あっというまにお米はなくなった。


「……ハッ!おヨネという女を皆で食べた、つまりこれは乱交姫始め……!?なんという上級者あでっ」


「お米美味しいですぅううう!!」


「四松、軽井沢を懲罰房に」


「承知致しました」


(おわり)

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