第9話

 カナが留学オファーを受けたという噂は、事実だった。

 英会話教室から正式に「本格的に留学をしてスキルを磨いてほしい」と話がきたらしい。

 しかし、彼女はまだ決めかねている様子。


 俺は夜の公園でカナを呼び出し、思い切って切り出す。


「……留学の件、聞いたよ。どうするか、もう決めたのか?」


 カナはベンチに座り、曇った月を見上げていた。

 街灯の淡い光が、彼女の横顔を照らしている。


「うん……まだ迷ってる。ケンジといると、毎日が楽しくて。でも、私にはもっと英語を極めたい夢がある」


 その言葉を聞いて、俺の胸は痛くなる。

 けれど、カナが抱える夢を否定するわけにはいかない。


「お前の夢なら、応援したい……けど、正直、遠くに行っちゃうのは寂しいっスよ」


 素直な感情を吐露する俺に、カナは小さく微笑む。


「……ありがとう。こんな私でも、そう言ってくれるだけで救われる」


 気づけば、夜の公園には俺たち以外に誰もいない。

 木々がざわめき、風が肌をかすめる。


「もし行くなら、どれくらいの期間なんだ?」


「少なくとも一年、もしかしたら二年……状況によってはもっとかも」


 一年か二年――俺からすれば、一生にも感じる長さだ。


「そっか……長いんだな」


 沈黙が降りる。

 そして、カナは震える声で続ける。


「ケンジと離れるのは、私だって嫌。でも、今行かないと一生後悔するかもしれない。私、いつも強がってるけど、本当はすごく弱いの……だからこそ、成長しないと不安で潰れそうになる」


 その言葉に、俺はグッと喉が詰まる。

 彼女だって多くの葛藤と戦っていたんだ。


「カナ……わかった。行けよ。俺はずっとお前を応援するから。……遠くにいても、気持ちが続くならまた再会できるかもしれないし」


「でも……本当にいいの? 私、勝手なことばかり言って……あなたを振り回して」


「振り回されるのは慣れてるし、お前なら大歓迎っスよ」


 情けない笑い方しかできない自分がもどかしいが、これが精一杯の想い。

 カナは目を真っ赤にして、俺の胸に飛び込む。


「……ケンジ、私、今夜は離れたくない」


 彼女の瞳は涙で潤み、必死に想いを訴えてくる。

 俺は答えを口にする代わりに、彼女を力強く抱きしめ、唇を重ねた。


 そのまま朝方まで公園を離れず、お互いの気持ちを確かめるように何度もキスを重ねる。

 一晩中語り合い、求め合うたびに、いよいよ別れの足音が近づいていると痛感する。


 夜明けが近づき、俺はカナの肩をそっと撫でる。


「夢が叶ったら、きっとまた会えるよな……?」


 カナは涙を拭いながら、震える声で言う。


「うん、絶対に。だから……待ってて」


 まばゆい朝日が、ぼんやりと二人のシルエットを浮かび上がらせる。

 俺たちは何度も抱きしめ合いながら、切ない別れを覚悟していた。

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陽キャの俺、ぜか毎回美女を落としてしまう ~「行動力」と「優しさ」だけでモテまくる~ 昼から山猫 @hirukarayamaneko

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