第8話

 一夜明けて、俺はまるで夢見心地で大学に向かった。

 けれど、現実はそう甘くない。

 講義やバイト、そしてカナも英会話教室の仕事や課題で忙殺され、二人で会える時間が激減してしまった。


 疲れがたまったカナは、ついイライラした口調になることが増えた。

 俺もバイト続きで睡眠不足が続き、余裕がなくなる。


「この前、俺が送ったメッセージ、なんで既読つかないんだよ……?」


 そんな小さな不満を溜め込んでしまう自分が嫌だったが、止められない。


 ある日、ゼミの課題で頭を抱えている俺のところにカナがふらりと現れる。

 しかし、その表情は険しい。


「ケンジ、なんで昨日電話出なかったの? 私、ちょっと相談したいことがあったのに……」


「悪い、バイト先でスマホ見る余裕なかったんだよ。店長が厳しくて」


「そんなの、誰だって忙しいのよ……私だって余裕ないんだから、ちゃんと時間作ってよ」


「だから悪かったって……でもそっちだって、最近返信冷たいじゃん?」


 言い争いになるつもりはなかったが、つい感情がこぼれ出る。

 周囲の友人から「おいおい、二人ケンカ?」と冷やかされて、余計に気まずくなる。


「もういい……大事な話、また後で」


 カナは不機嫌そうに立ち去り、俺は口をつぐんだままぼんやりと見送る。

 せっかく想い合っているのに、どうして噛み合わないんだろう。


 しかも、大学内で「桜庭と白石が付き合ってるらしい」という噂が流れ、変に注目を浴びている。

 俺はもともと地味な存在のはずなのに、なぜか目立ってしまい、周囲から「モテ期だな」と茶化される始末。

 カナもそういうのを気にするタイプだろうから、さらにストレスが溜まっているかもしれない。


 そんなある日、カナは英会話教室で成果を認められ、「将来的に留学しないか」という話を持ちかけられたらしい。

 嬉しい話のはずなのに、彼女はそのことをなかなか俺に打ち明けない。

 噂で耳に入ってきたとき、胸がざわついた。


「留学か……カナ、どうするんだろう」


 もし本当に行くことになったら、俺たちの関係はどうなる?

 そんな不安が頭をよぎるたび、心が沈んでいく。


「……本当は、素直に応援してやるべきなんだろうな」


 そうわかっていても、今のギクシャクした雰囲気だと、それを率直に伝える自信がない。

 苦い現実の中で、俺は自分の未熟さを痛感する。


 カナのクールな顔を見るたびに、「迷惑なんじゃないか」「もう俺は必要とされてないんじゃないか」とネガティブな思考が頭をもたげる。

 でも、本当にそうなのかはまだわからない。

 すれ違いに飲まれそうになりながら、俺は一筋の希望を探そうともがいていた。

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