第10話 決別の第一歩 前編
「ようやく……か」
アメジアは凡夫である。
なぜなら最強ではないからだ。
まだ魔人族よりも弱い。
目標である自身の中に宿る恩人であり、逆行者であり、契約相手であり、おそらく相棒枠のジアも超えていない。
だから、誰が何と言おうと凡夫だと思っている。
そんな凡夫なアメジアは、いつの日か凡夫と決別するために、修行の一環で魔獣と呼ばれる魔人族の尖兵たちと戦うことになった。
ついに訪れた初めての実戦の機会。
アメジアの心臓はこれ以上ないほど高鳴っていた。
ほんの昨日までは、アメジアがずっと待ち望んでいた瞬間だった。
憧れてやまなかった、この世界での自分の力を、魔法を思いきり解放できる機会。
特別な存在になるための第一歩だ。
けれども、いざ、その瞬間が現実のものになると———
「はは……震えがとまらねえ」
胸を支配していたのは圧倒的な不安と恐怖だった。
それは、村を襲った魔人族への恐怖が甦ったせいか、あるいは前世から何も変わらない凡夫な性根のせいか。
魔獣という悍ましい存在を見て、不安と恐怖で身体が震え出した。
そして、不安と恐怖はアメジアが最も恐れ忌み嫌う形——凡夫な頃の姿と声で語りかけてくる。
(……前世の僕(凡夫)が囁いてくる。逃げよう。勝てるわけがない。あんな化け物に挑むのは馬鹿がすることだ、と)
できない理由、やらない理由、努力しない理由を探すのは得意だった。
何もしないことを正当化するのも得意だった。
だから、凡夫だった。
何かに立ち向かうことは簡単なことではない。何かを始めることは楽なことではない。困難に挑むことは賢ぶった凡夫は絶対にとらない選択肢だ。
それでも。
震える指先を意識しながら、アメジアは構えを取った。
思い出すのは、過去の自分。凡夫な頃に、どれほどの後悔を重ねてきたか。
学校でいじめを見過ごしたとき。
路上で助けを求める声に背を向けたとき。
あの時の自分は、ただの凡夫だった。今にして思うとこれ以上ない愚かな存在だ。
(もう、そんな
このまま魔獣相手に背を向けて、逃げてしまうこともできる。でも、そうすれば、凡夫な頃と何も変わらない。
だから、この世界ではやる理由、できる理由を考えて生きていこうと決めていた。
そして、今、ここで戦う理由ならもうある。
「すべては凡夫と決別するために」
十分すぎる、絶対に譲れない理由があった。
「……僕はまだ凡夫だ。でも、凡夫のままでいるつもりはない」
魔力がある。魔法がある。筋肉がある。これまでの修行で得た力が、この手に宿っているはず。
「いつか、僕は最強になる」
最強と呼ぶにはまだ、足りない。それでも、この世界ではちゃんと努力は重ねて力をつけてきた。
「そのための糧になれ。これが決別の一歩目だ!」
だから、この世界でなら、踏み出せなかった一歩を踏み出せる。そう信じて———
「炉心——起動」
勇気を振り絞り、全身に魔力を漲らせた。
すると、勇気に呼応するように活性化した炉心(デウステラ・ハート)という名の体内の魔力を生成する器官から魔力が生み出され、身体が熱と光を帯び始める。 魔力が渦巻く感覚が全身を貫き、力が湧き上がってきた。
その刹那——アメジアの魔力に反応したのか魔獣が飛びかかってきた。
鋭い爪を備えた巨大な体躯が迫る。
(一つ首は物理攻撃だけで遠距離攻撃を行わない。迎撃するなら遠距離攻撃が最適)
焦りはない。
自分でも信じられないほど冷静に、敵を見据え魔法を発動させる。
魔法はイメージ。
そのイメージとイメージを実現させるために必要な量の魔力が結びついた時、世界に作用して、あるいは世界の理を歪ませることで魔法は発動する。
「燃えろ」
アメジアがイメージしたのは業火の球。
そのイメージが具現化し、構えた片手に巨大な業火球が顕現する。
それはただの火球ではない。アメジアが修行で培った細やかな制御力によって生み出されたものだ。
「圧縮。そして……爆散!」
その業火球を投げやすいサイズにまで圧縮させてから——向かってくる魔獣に向かって投げ放った。
轟音。
そして、爆炎が燃え広がる。
高速で放たれた業火球が魔獣に着弾し、魔獣を跡形もなく焼き消した。
生まれて初めての魔獣討伐に成功した。
———よくやった。どうだ、初実戦の感想は?
「は、はは……」
爆炎が広がり、灼熱の風がアメジアの顔を撫でる。
魔獣を討伐したという達成感から思わず漏れた笑いに、緊張が解けていくのが分かる。
十三年間、転生してから積み上げてきた努力の成果。
その全てが、勇気を振り絞ったこの瞬間に結実したのだ。
アメジアにとっては、前世では一度も報われなかった勇気ある行動に——初めて報いることができた瞬間だった。
(勝てる。少なくとも一つ首の魔獣相手なら、今の僕の魔法でも十分に通用する……!ありがとう、亀〇流、感謝の正〇突き、腹筋、背筋、腕立て伏せ×100回ずつ……etc)
これまでの努力は無駄ではなかった。
自分は確かに強くなったと——そう確信することができた。
異世界で、凡夫と決別して最強を目指す! 六畳仙人 @neomfam0105
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