今日もウエザワさんはすごく可愛い

🌙☀️りつか🍯🍎

今日もウエザワさんはすごく可愛い

 平日昼下がりのショッピングモールはどこかのんびりしている。通路が広々と開放感に溢れていたり、店員がやる気なさそうに服を畳んでいたり。あの合間合間で口にしている変なアクセントの「いーらっしゃいませぇ〜」はマニュアルで決められているんだろうか。

 まあ、オレには関係ない。ファッションのフロアを足早に通り過ぎると食品系の店が並ぶ区域に入った。スイーツやコーヒーの専門店を横目にどんどん先へ進んでいく。

 惣菜販売のフロアに入った途端に客層が変わった。まるで狩りでもするような目で夜ご飯を品定めしているOLやら主婦やら。そんな中をひとり、しかも制服姿ブレザーで歩くオレはきっと相当浮いているんだろう。今となってはもう気にならなくなってしまったけど。

 目当ての店が見えてきた。全国チェーンの豚カツ屋だ。


 ――いるかな?


 少し、いや大いに期待を込めてゆっくりと店に近づく。

 ガラス製のショーケースには様々な種類の揚げ物が所狭しと並べられていた。どれを見ても全部茶色い。が、商品名は全部違う。これを的確に見分けられるんだからこの店の店員は凄い。

 オレはショーケースの向こうに目を凝らした。女性がひとり、パタパタと忙しそうにしていた。


 ――やった、いた!


 心の中で小さくガッツポーズをしつつ、それが顔に出ないよう必死に平常心を心掛ける。

 店員がオレに気づいた。一瞬で「あ、」と目を丸くした様子からオレを認識してくれたと悟る。


「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます」

「あ、あの、コロッケを……」

「コロッケ四つ、ですよね?」


 小首を傾げたその顔はたまらなく可愛かった。返事をする代わりにコクコク頷く。彼女は「いつもありがとうございます」と控えめに笑って、パックにコロッケを詰め出した。




 初めて店に訪れたのは今から二ヶ月くらい前。「あそこのコロッケって余所よそにはない味なのよねー。学校帰りに寄ってきてちょうだい」という母親の命令によるものだった。コロッケなんてどこの店も一緒だろと思ったが、〝お釣りは全額お駄賃〟という条件でオレは手を打つことにした。

 指定されたのはショッピングモールに入っている豚カツ屋だ。圧倒的に女性客が多いフロアを若干の居心地の悪さを感じながら歩く。これがスイーツの専門店なら喜んでお使いを頼まれるのに、惣菜売場なんて男子高校生にとっては場違いもいいところだ。

 ところがそこで運命の出会いが待っていた。辿り着いた先でオレを出迎えてくれたのはチマっとした天使だった。歳は多分同年代。目が大きくて可愛くて、ちょこまか動く様はまるで小動物を彷彿とさせた。


「いらっしゃいませ」


 変なアクセントの呼び込みとは全くの別物だ。よく響く声は小鳥のさえずりのよう。はにかむ笑顔は花のよう。

 オレを詩人に仕立て上げたその店員は、頭が真っ白でロクに会話ができなかったオレに対しても懇切丁寧に接してくれた。目的のコロッケをなんとか注文し夢見心地で会計を済ませると、彼女は控えめな笑顔を浮かべて「またのご来店をお待ちしております」とお辞儀してくれた。オレは絶対にまたご来店しますと固く心に誓った。


 それからは積極的にお使いを買って出た。

 他の店員から「ウエザワさん!」と呼ばれたところに出会でくわしたのは三度目のときだったと思う。図らずも彼女の名前をゲットでき、僥倖に心から感謝した。


 ――漢字にしたら『上沢』かな?


 ……なんて考えたことは秘密だ。耳で聞いた言葉に漢字を当てはめるのは日本人としてごく普通のことのはずだし、っっっしてストーカーなんかではない。


「あの、ご確認をお願いします」


 ショーケースの上にパックが置かれた。オレが見やすいよう少し斜めに持ち上げてくれている。中身はコロッケが四個。初めて来たときからずっと同じ注文だ。

 ――いつもコロッケばかりだなって思われてたりするだろうか。豚カツ屋なんだからたまには豚カツも買えばいいのに、とか。今度母親に提案してみようかな。

 ともかくオレが頷くと上沢さんはホッとしたように口の端を少し上げた。その控えめな笑みが本当に可愛くてグッとくる。

 彼女はあまり背が高くないらしい。オレからは肩から上の部分しか見えていなくて完全にショーケースの高さと合っていない。そのショーケースの上で商品の確認やら会計のやりとりをすると、もはや子どものおままごとみたいな雰囲気さえあった。


「二百二十円のお返しです」


 それでいてお金のやり取りはしっかり丁寧だった。一瞬でもおままごとなんて思ってごめんと、心の中で上沢さんに謝った。

 小銭をしまったところで「ありがとうございました」と声がかけられた。顔を上げると上沢さんはやっぱり控えめな笑顔を浮かべていた。オレは軽く頭を下げ、そそくさと店を離れた。後ろ髪を引かれる思いってこういうのを言うんだろうか。


 今日も上沢さんは可愛かった。すごーく可愛かった。ほんの束の間の幸せを噛み締めながら、「もうちょっと上手く喋れよオレ」「喋るって何を喋るんだよ」「なんでもいいじゃん天気とか」なんて一人何役もの掛け合いを脳内で繰り広げる。

 ――いや、客と店員という立場をもってしてもロクに話せないのに、日常会話なんてハードルが高すぎるだろ、オレ。


「あっ、待って! あの……、!」


 小鳥の囀りが後頭部に刺さった。しかも、今なんて言った――!?

 ハッと振り向けば上沢さんがオレに向かって走ってくるところだった。彼女が手にしているのは白いレジ袋――コロッケ四個だ。

 あっと声が出た。瞬時に顔が熱くなる。どうやらオレはらしい。

 どれだけバカなんだ。絶望しかない。

 でも上沢さんはやっぱり天使だった。


「渡すのが遅くてすみません」


 少し照れたように笑ってレジ袋を差し出してきた。忘れたオレに対する責めもあざける空気も一切なかった。それどころか純粋に自分の非と思っているような眼差しを向けてくれている。

 コロッケを受け取りながらオレは聞かずにはいられなかった。


「どうして、オレの名前……?」


 聞き間違いじゃなかったと思う。確かに彼女の口から〝小野オノ〟と出た。名乗った覚えは一度もないのに。

 今度は彼女の方があっと小さな声を上げた。頬を赤く染め、白状するというのが相応ふさわしい雰囲気で彼女の指がオレの脇腹あたりを指した。


「カバン、に……」

「あー……」


 肩がけ鞄のサイドの目立たない場所に小さく書かれた名前。こんなところを見られていたのかという驚きと、名前を知ってくれていた嬉しさと、くすぐったさと。

 あらためて彼女と目が合った。なんだか気恥ずかしくてつい「小野です」と頭を下げた。向こうからは「ウエザワです」と返ってきた。知ってるよと言いそうになって慌てて踏み止まったオレの目は次の瞬間あるものを見つけた。彼女の左胸に燦然さんぜんと輝く名札――そこには〝植沢〟と刻まれていた。


「えっウエザワって、そのウエザワ!? オレ、てっきり上下うえしたウエかと……!」

「あ、植える方です……」


 まるで田植えでもするような仕草をしながら植沢さんは消え入りそうな声で教えてくれた。そんな微笑ましいジェスチャーが返ってくるとは思わず、つい口許がにやける。ヤバイ、かわいすぎないか。知ってたけど。

 植沢さんの頭の位置はオレの胸のあたりだった。思っていた以上にめちゃくちゃ小さい。いつもショーケースを挟んでの対面だったから知らなかった。というか今までそんなに身長差があると思ってなかったな――そんなことを考えている間に植沢さんは「また、お越しくださいね」とお辞儀をし、店に戻っていった。




 なんとなく名残惜しくて次の接客をし始めた植沢さんを眺めていた。もちろん彼女の邪魔にならないよう、彼女には気づかれないように。

 ここからだとショーケースの内側が少し見える。トング片手に手際良く商品を詰めていく彼女はで立っていた。


 ――え、オレを接客してくれてたときもあんな感じで背伸びしてたのか――?


 ガバッと顔の下半分を手で覆った。そのままよろよろと後ずさる。ヤバイ、本当にかわいすぎないか……!?

 だけどこれ以上ここにいるのはマズイ。今のオレは完全に不審者だった。

 植沢さんの全力のつま先立ちを目に焼き付け、オレはきびすを返した。また絶対にお越ししますと誓いながら。

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