米を求めし英雄王ヤスシ、異世界で吼える

クガ

米を求めし英雄王ヤスシ、異世界で吼える

 大野ヤスシは半年前に異世界へと転移してしまった。地球にいた頃に読んだ異世界転生の創作作品そのままの展開だった。異世界へ転移して半年経った今、ヤスシは危機に陥っていた。



 時は異世界へ転移する前に遡る、大野ヤスシ二十五歳は日本でフリーターをやっていた。いくつもアルバイトを掛け持ちし、日々生活していた。


 何かを目的として一時的にフリーターをやっているわけでもなく、大学を卒業し就職活動を嫌がっていたらいつの間にやらこういう生活を送っていたのだ。そんな事もあり、両親からは半ば見捨てられている。


 ある日の深夜、牛丼チェーン店でのアルバイトの帰り道、運悪く居眠り運転をしていたトラックに跳ねられて死んでしまった。


 気付くと、この世の者とは思えない美しい姿をした女性の前に立っていた。第一印象はザ・女神様という感じだ。


『大野ヤスシよ、貴方は選ばれました。地球とは違う世界、異世界ファルディーノに行き、救世主となってください』


 ヤスシは思った、こんな正にテンプレな異世界転生・異世界転移が今でもあるのかと。


『異世界を救うには特別な力が必要となる事でしょう。そこで私から特別なスキルをヤスシに授けましょう』


 あ、これカクヨムで読んだやつだ!!と叫び出してしまいそうな、さらなるテンプレ・スキル授与展開も来てしまった。


『あなたに授けるスキルは【英雄王】です。ありとあらゆる刃物を達人級に使える最上位スキルと言って良い物です』


 よく分からないけど強そうなスキルを貰えたらしい。剣道すらやった事が無い俺が、ロロ〇ア・ゾロや緋〇剣心みたいに刃物でバリバリ戦えるようになるのだろうか?


『では行きなさいヤスシよ。【英雄王】を使いこなし自らを鍛え、異世界を暗黒の世界にせんと画策している魔王を倒すのです!!』


 行きたいとも行きたくないとも言う前に、問答無用で異世界に送り込まれてしまうようだ。



 こんな感じで異世界ファルディーノへと転移してしまった。最新の流行りは、生前やってたゲームの悪役貴族に転生する展開だぞとヤスシは思ったが、女神様?は少し情報が古いのかもしれない。


 なあなあで過ごしている内に就職出来ずフリーターをやっていた事からも分かるが、大野ヤスシはすこぶるいい加減な性格である。急展開で異世界へ放り込まれてしまったが、転移したもんはしょうがねえと、すぐに割り切りこっちでも適当に頑張ろうと活動を始めた。


 転移してから近くの町に行くと、お馴染みのナーロッパ的な世界で、お馴染みの冒険者ギルドがあり、お馴染みのSからFまでのランク制度があり、お馴染みの敵を倒したりして貢献するとランクが上がったりするシステムで、お馴染みの魔王が生み出しているという魔物を倒すとレベルが上がってどんどん強くなる、とファルディーノは創作物が好きな現代人に分かりやすい世界システムで成り立っていた。


 女神さまからヤスシが授かった【英雄王】は強そうな名前に違わず、あらゆる武器を無条件で達人級に使えるパッシヴスキルだ、身体能力もそれ相応に上がる。すぐに【英雄王】を使いこなしヤスシはあっという間に強くなり、半年で冒険者のランクもSになった。


 ここまでは慣れない異世界において一所懸命で余裕も無かったので、生活について特に気にする事も無かった。


 だが、余裕をもって魔物を倒せるようになり、ランクが上がった事で収入も増え、生活に余裕が出来てしまった。生活に余裕が出来た事で、ヤスシは気づいてしまった。



「この世界には米が無いッッ!!!!」



 そう、ファルディーノには米が無かったのだ。ヤスシは毎日丼物を必ず食べるぐらいには米が好きだった。牛丼、かつ丼、天丼、親子丼、他人丼……、無いと分かると余計に米をグイグイかき込みたい欲がムクムクと湧き上がってくる。普段はいい加減なヤスシだが、米への渇望は人一倍強かった。


 異世界に転移して半年、生活に余裕が出来た今、米が無いという事実に打ちひしがれていたのだ。これは精神の危機である。


「米が…、米が食べたい……」


 冒険者をやっている内に知り合った商人達に米という物が無いか聞きまわったが、米らしき植物を誰も知らない。

 

 小麦はこの世界にもある。だが、色々試した結果、少なくともこの世界の小麦は炊いて食べるのに致命的に向いてない事が分かった。他に食用とされるイネ科の植物がこの世界には無かった……。なんて事だ……。


 こうなると魔王を倒すどころの話ではない、まずは米だ!! 米を食わないと話は始まらない!!


「くそお……、こんな事になるんだったら【英雄王】じゃなくて手から米を出す能力とか、何でも米に変換してしまう【精米王】みたいなスキルを貰うべきだった……」


 日に日に米を食べたい欲が募っていく。そうだ、テレビ番組で練った小麦粉を小さくちねって茹でる事で米の代替品にしていたはず……。ヤスシは必死で小麦粉を練った物をちねったが、やはり恋焦がれる米とは全く似て非なる物であった。


「こうなったら、世界中を見て回って米を探し尽くすしかない!!」


 ヤスシの米を求める旅が始まった。



 米を求めて各地を彷徨い、様々な出会いや別れ、大小さまざまな出来事があった。


「我々だって好きで人と敵対しているわけではない!!! 魔王に逆らう事が出来ないんだ!!」


 魔王に人質を取られ、嫌々人と敵対している魔族がいた。


「ヤスシ様、どうか我々を救ってくだされ……」


 魔王の参謀によって病原菌をまき散らされた村があった。


「てめえが勇者ヤスシか!! 相手にとって不足はねえ!! いざ勝負!!」


 腕自慢の魔王直属の四天王が襲い掛かってくる事もあった。



 道すがらヤスシにとって米を探すついでではあるが悪をくじき人々を助け、いつの間にか人々からは勇者や英雄と呼ばれるようになっていた。


 だが、ヤスシにとってそれはどうでも良かった。


「くそっ!! どこにも米が無い!!! この世界はどうなっているんだ!! ナーロッパなら東方に日本みたいな国があって米が見つかるのが定番なはずなのに!! 米イズパワー!! 米が無ければ魔王なんて倒せるわけがないぞ!!」



 女神様からは魔王を倒すべく送り込まれたヤスシだが、本人は魔王については優先度が下がり、ただ米を探し求めていた。


 ただし、傍から見ると魔王を倒すべく力を付けながら旅をしているように見えるのだ。道すがら人助けをしたり魔王の配下を倒し続けた事で、本人の意図するところでは無かったが、一応は女神様の思惑通りになっていた。



 そして、色々あってヤスシとしては割とどうでも良かったが魔王が住む魔王城へと進むことになった。


「ヤスシ、いよいよ魔王城ね。準備は良いの?」


 ドロシーがヤスシに問いかける。ドロシーは羊のような二つの角を持った褐色の肌をした魔族の美しい女性だ。魔王の配下に妹を人質に取られ、本人の意思と反してヤスシに敵対してきたのだが、なんやかんやでヤスシが妹を助けた事で、恩義に感じ旅に無理やりついてくるようになったのだ。ドロシーは様々な魔法を自在に使いこなす魔術師である。


 ドロシーはヤスシの旅が魔王を倒すための旅と思っているが、あくまで米を探す旅である。


「ああ……行こう」


 魔王城に米なんて無いだろうなとは思いつつ、一縷の望みにかけて魔王城へと歩みを進めるヤスシ。それにもしかしたら、魔王を倒すと元の世界に戻れるテンプレ展開があるかもしれないと、そっちにも内心少し期待していた。


「ヤスシ……。魔王を倒してこの旅が終わったら聞いて欲しい事があるの」


 少し頬を赤らめながらドロシーが言う。


「ああ、分かった」


 話ってなんだろう、報酬の話か? ともかく魔王なんてどうでも良いし、魔王がどうなろうと米が見つかるか元の世界に帰れるまで旅は終わんねえよとヤスシは心の中では思っていた。


 頭の中が米でいっぱいになりながら魔王城へと進む道すがら、道の奥の方は湿地帯が広がっていた。ふとそちらの方を見たヤスシは目を見開いた。


「あっ、あれは一体!? ドロシー、あそこの湿地帯に生えている植物はなんだ!?」


「えっ……突然どうしたの、ヤスシ?? ああ、あれは【マカイムギ】って植物よ。あなたたち人が食べている小麦に似ているけど、炊くと変な匂いがするのもあって普段は食べられていないわ」


 それを聞くや否や、湿地帯に向かって全速力でヤスシは走った。そして、生えている【マカイムギ】を手に取って確信した。 


 ヤスシは湿地帯で服が汚れる事もお構いなしに両膝をつき、天に向かって顔を仰ぎ、大声で吼えた。それはこの世界に来て、一番大きな、そして心よりの咆哮であった。



「ヤスシ、本当にマカイムギを食べるの……?」


「もちろんだ。間違いない、これこそ俺が求めていた物だ」


「……それは、魔王城へ行くよりも重要な事なの?」


「ああ、これを食べなければ始まらないんだ」


「そ、そうなの……」


 ドロシーはヤスシの必死な様子に少し引いている。だがそんなドロシーはおかまいなしに、ヤスシはマカイムギの実を採取する。よくよく観察すると米に似ている……と思うが、ヤスシは精米前の米をまじまじと見た事が無いため少し自信薄だ。


「よし、【英雄王】のスキルがここで活きるな。このスキルはこのためにあったと言っても過言ではない」


 スキル【英雄王】は刃物を達人級に使えるようになるスキルである。愛用している両刃の魔剣・ガルイールでマカイムギの表面を削り精米しようというのだ。マカイムギの実を空中に放り出し、ガルイールを構え高速の剣技を繰り出した。落ちてきたマカイムギの実は奇麗に精米されているように見える。


 魔剣も自身がまさかマカイムギの精米に使われるとは思っていなかっただろうし、もしかしたら女神様もそんな事に【英雄王】を使うなよと頭を抱えているかもしれない。


「いけるっ!! これはいけるぞ!!! うおおおおお!!!」


 ヤスシはファルディーノに転移してからの宿願が、叶う時が近づいていると確信し、さらに吼えた。ドロシーはドン引きしている。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ここは、魔王城・城主の間。魔王と始めとして様々な実力者の魔族が集まっていた。


「勇者ヤスシがこの城へ向かっているというのは真か?」


 大きくスリットが入った漆黒のドレスを纏った金の瞳を持つ妖艶な女性が、城主の間の奥にある立派な椅子に腰かけている。


 この女性こそファルディーノを暗黒の世界にせんとしている魔王その人である。


「間違いございません、魔王様。ヤスシと裏切り者ドロシーがこちらへ向かっております」


「たった二人で魔王城に攻め入るとはなめられたものだな……」


魔王は苛立たし気に、椅子のひじ掛けに指をタップし続けている。これは機嫌が良くないサインだ。


「なあに、たった二人ぐらい儂が一ひねりですぞ魔王様!! お任せくだされ!!」


 筋骨隆々で目玉が三つある巨漢の悪魔が魔王にアピールしている。冷めた目でそれを見て、ハァ……と盛大なため息をつく魔王。


「そう言った筋の四天王ゴルラがどうなった?」


 巨漢の悪魔がそう言われてシュンとしている。そんなやりとりをしている中、一人の魔族が城主の間に入ってきた。


「魔王様、ご報告いたします。勇者ヤスシが魔王城近くの湿原にて突如休憩を始めました。何やら煮炊きしているようです」


「な、なんだと?」


「これはチャンスかもしれません。一気に叩き潰しますか?」


 報告に来た魔族のその発言に、城主の間にいる魔族達が一斉に騒ぎ出す。


「静まらんか!! 爺、どう思う?」


 魔王が騒ぎ立つ魔族たちを一声で静め、魔王の椅子の隣に立っている大きな一つ目を持った背の高い老人に問いかける。


「……間違いなく、我らに対する何らかの準備をしておるのでしょう、大掛かりな魔術かもしれません。つまり罠と言う可能性も考えられますな。何も考えずつっこめば全滅させられるのが関の山でしょうぞ」


「やはりそうか……。二人で来たのもこちらを油断させるための策という事か。流石は勇者ヤスシ、油断ならんな」


 爺と呼ばれた一つ目の魔族が黙って頷く。


「聞いたな皆の者。突っ込めばやられる。ヤスシの策に対抗できるよう各々準備を怠るな!!」



 魔王たちはヤスシが特別な策を画策しているに違いないと警戒しているが、実際には米のような植物を食べたいだけだった。だがそれに気付くものはヤスシ以外に誰もいなかった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 旅先で米が見つかる事を見越して、伝説の鉱石アダマンタイトで出来た飯盒をドワーフの一流職人に作らせていたヤスシ。件のドワーフには、アダマンタイトで勇者の武器や防具を作らせてくれるんじゃないのかと酷くガッカリされていたが。

 

 精米が終わったマカイムギと携帯していたきれいな水を入れ、準備していた焚火に太い枝を使ってトライポッドを作り飯盒を吊り下げる。


 米のお供に関しても勿論準備は終わっている。長期間携帯できるよう味を濃いめにした肉を煮た物を携帯していたのだ。ヤスシはこいつをおかずに米をグイグイ飲みこむ時を今か今かと待っている。


 なお、ドロシーはヤスシが必死で何をやっているのかさっぱり理解できなかった。ただ、真剣な顔をしているヤスシの横顔を見ていた。ドロシーに見られているヤスシは、米が見つかったとなると醤油を早急に作らなければならないと考えていた。



 やがて、飯盒から拭きこぼれる水の量が少なくなってきた、そろそろ炊き上がりだ。ヤスシは飯盒をひっくり返して逆さまに置いた。ずっと米に恋い焦がれていたとは言え、英雄王ヤスシは慌てない。蒸らしの時間もしっかりと取る。


 二十分程経過したのを確認して、ヤスシは飯盒を元に戻し蓋を開けた。炊き上がった米のような匂いがふわっと辺りに立ち込める。ヤスシはその匂いを嗅いで思わず泣きそうになった。だが、ドロシーはそれを嗅いでしかめっ面をした。


「その臭いが駄目なんですよね」


 そう言うドロシーを無視してヤスシは鞄の中から、これまたドワーフの一流職人に伝説の鉱石ハイミスリルで作らせたマイ箸を取り出し、炊けたマカイムギにおかずの煮た肉を一すくい乗せた。


 そして、おかずの肉を包むように飯盒から箸でマカイムギをすくい、自らの口へと持っていく。歓喜の瞬間を目の当たりにして、箸を持つ指は震えていた。


 炊いたマカイムギを口に入れ、ゆっくりと咀嚼するヤスシ。思わずヤスシは天を仰いだ。そしてその眼から一筋の雫が零れ落ちた。


「…………美味い」


 日本で食べた米と比べると雑味がある、だが確かに間違いなくこれは米だと。そしてヤスシは歓喜の咆哮を上げ、一気にマカイムギをかき込み始めた。



「あの、ヤスシ。魔王城は………」


 必死でマカイムギをかき込むヤスシにおそるおそる尋ねるドロシー。飯盒全ての米を食べたヤスシはようやく一息ついた。嬉しさのあまり溢れ出た涙で目は真っ赤だ。


「魔王城ってなんだったっけ……?」


「いや、ここに来た目的だよ!!」


 ドロシーに突っ込まれたが、ヤスシがここに来た目的は米なのである。とりあえずマカイムギを育てればいつでも米が食べられることは分かったし、ついでに魔王も倒しておくか。そう思ったヤスシは、特に考えもせず


 その瞬間、ヤスシはハッとした。しまった……、そうかまだこれがあった。


 ヤスシの顔色が変わったのに気づいたドロシーが慌ててヤスシに尋ねる。


「ヤ、ヤスシ!? どうしたの!? もしかして、そのマカイムギに毒でも入っていた!?」


 ぶるぶると震えながらヤスシが答えた。




「食後の番茶がこの世界には無い……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

米を求めし英雄王ヤスシ、異世界で吼える クガ @kugakuga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画