爪先力

カニカマもどき

爪先力

爪先力つまさきぢからですね」

 彼はそう言った。

「あなたはクライミングジムにも各地の外岩にもよく通い、日々の鍛練も十分に積まれている。腕や肩、背中、腿の筋力も、握力も申し分ない。バランス感覚も、持久力、瞬発力、ルート判断力もある。だから――足りないものを強いて挙げるとするならば、それは爪先力です」

 チョコザ○プで出会った見知らぬ人の言ったことであるにも関わらず、その言葉は、いつまでも私の頭にこびりついて離れなかった。


 故に私は、その日から爪先を鍛えた。

 私のクライミングのレベルを、もう一段上げるために。

 ハンドグリップの足版を自作して、足で握り。

 移動時や食事、歯磨きなどの時間には、なるべく爪先立ちを維持し。

 睡眠学習も実践し。

 他のクライマーやバレリーナのトレーニング法、オランウータンの生活に至るまで、参考になりそうなものは何でも取り込んだ。

 いつしか、裸足で爪先立ちをしても、タンスの角にぶつけても全く痛くないほどに、私の爪先は強く、逞しくなっていた。


 そして、成果を見せる日が来た。

 クライミングジムの定期大会の日。

 あの彼の顔をぼんやりと思い出しつつ、登るべき壁と対峙する。

 私は、スタート地点のホールドを掴み。

 ゆっくりと足を上げ――

 ガスッ!

 ガスッ!

 もはや私に、足場は必要ない。

 その卓越した爪先力により、私は、壁に穴を穿ち、足を突き立て、如何なる壁も軽々と登ることが可能となったのだ。


 審判役の人が告げた。

「なんか危険なので失格」と。

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爪先力 カニカマもどき @wasabi014

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