僕のつま先は恋に走る。

パ・ラー・アブラハティ

踏み出せ一歩

 世界の形が変容したのは数ヶ月も前のこと。突然空に亀裂がはいり、そこから異形のもの達が流れ込んで来た。僕達はモンスターと呼んだ。


 初めの方は戸惑い、恐怖し、怖がっていた。人々は、このまま蹂躙され食べられ死んでゆくのものだと考えていた。だが、モンスター達も突然見知らぬ世界にやってきて自分たちも困惑している悪意などの類は無いと対話の姿勢を見せた。


 日本政府は疑心になりながらも立ち向かうという選択肢を取れば、尊い命が犠牲になることを理解していた。そのため、共生の道を選んだ。


 そうして、この世界はモンスターと人間が共生し合う世界となった。


 空に飛んでいた鳥はドラゴンになり、道行く人は歩く人型のカエルだったり、鹿だったりと異世界ファンタジーじみた地球となっていた。


 しかし、人は不思議なものだ。最初の方こそは違和感を覚えていたのに、今ではそれが当たり前の世界となり数ヶ月前と同じ生活を送っている。僕は人の順応力、そして自分の順応力にも驚いた。


 僕の学校にもモンスターの子供が何匹か転校してきた。モンスター編入制度なるものを日本政府が立ち上げ、モンスターでも学校に通えるようにしたのが事の発端であった。


 うちの両親は特になんも言っていなかったが、世間の意見は厳しいものだった。人間とモンスター、二つを一つの場所にいさせるなんて安全が確保できるのか、とか。だが、日本政府としては共生の道を選びとった手前、強行にでもその政策を可決させければならなかった。


 だから、世論の声などなかったことにし政府はこの制度を取り入れた。実際、僕達も怖いという気持ちがあったが何週間かすればなんてことなく、人の高い順応力のおかげでいつも通りの日々を送っていた。


 そうして、僕たちの学校生活はモンスターと人間の混合となっていた。


「おーい、竹林くん。消しゴム貸して?」


「フィオルさん、また消しゴムちぎれたの?」


「私の力じゃ人間用の消しゴムは軟弱すぎるよ」


 授業終わり、隣の席のフィオルさんが話しかけてくる。フィオルさんはドラゴン族と呼ばれる種族で背中からは羽が生えている。でも、見た目は人間に牙と角を生やしただけで僕と何ら変わりがない。力とかは何倍もあるけど、ただただかわいい女の子で僕の好きな人だ。


 オレンジ色の髪はいつも夕暮れに映えて、それはもう美しいという以外の言葉が見つからない。深紅の翼は強さの証で、フィオルさんの性格を物語っていた。


「ドラゴン用の買わないの? あるでしょ?」


「いやあ、あるにはあるんだよ。でもさ、ドラゴンの奴らは適当だから作りが荒いったらありゃしない。でも、人間のは丁寧に作られてるからこっちの方が好きなんだ」


 僕は海外から来た外国人みたいなことを言うな、と思ったがフィオルさん達も別の世界からやってきているから実質外国人か、と納得していた。僕は持っていた消しゴムを半分にちぎりフィオルさんに片方をあげる。


「このあとも授業あるだろうから使って」


「え、いいの? 悪いよ」


「いいの、いいの」


 もちろんこれは好きな女子の前でカッコつけてるあれだ。これで好感度が上がるとは持っていないが、印象は良くなるだろうという僕のうす汚い思惑である。


 フィオルさんに渡して半分になった消しゴムを見て、これは実質おそろいというやつでは無いかと一瞬思ったがさすがに気持ちが悪すぎたので、すぐに頭の中から出ていってもらうことにした。


 そこからは放課後までフィオルさんと話すことは無かった。というか、いつも話す機会なんて無くてどうにか喋る機会を探しているというのが本音だった。なので、今日は話しかけられてとても嬉しかったのである。


 一言か、二言、少しでも喋られたらいい方である。こんな調子で僕の恋は成就するのかな、と不安にもなるが意気地無しの僕には精一杯なのだ。


 夕暮れが町を照らし始める放課後フィオルさんは僕より先にいつも帰る。一度でいいから一緒に帰ってみたいな、と思うことはあるがフィオルさんは人気者で僕は日陰者で。それに意気地無しで誘う勇気なんてない。


 我ながらなんて情けないのだろうか。学校一のチャラ男みたいに、うぇーいと簡単にいけたら苦労はしないのにな。こんな僕を教室の窓から見える夕日が慰めてくれてるような気がした。


 僕は靴箱で上履きから下靴に履き替える。今日は好きな漫画の単行本が発売される日だったことを思い出して、いつもとは違う道で帰ることにした。


 いつもは正門を出たら、左へ行くが今日は右へ行く。クラスメイトで溢れ賑わう住宅街を抜けると、静かな町並みが顔を覗かせる。ここから真っ直ぐ行ったところに本屋がある。


 所々路地に繋がっている箇所があり、ヤンキーなどの溜まり場になっているので僕は怯えながら歩く。


 もし、絡まれたらカツアゲされてしまうかもしれない。そんな嫌な想像が頭をよぎる。どうか絡まれませんように、と願いながら歩いていると誰かが揉めているような声が聞こえてくる。


 本は諦めて、また明日買いに来ようと僕は踵を返そうとするけど「やめて!」と聞き覚えのある声が耳を通過する。


 バクバクとうるさくなる心臓を抑えながら、恐る恐る声のする路地をちらっと見る。すると、そこにはフィオルさんが二人のカエル族に絡まれていた。手を掴まれてほどけないで困っている様子だった。


「……あ、ど、どうしよう」


 僕はまた壁に隠れてしまう。どうにかしないといけないのはわかっている。けど、僕の足はバイブ音が鳴ったスマホのように震えて動かない。足のつま先まで全部が震えている。


 でも、すぐそこでフィオルさんが困っている。動けよ、僕のつま先。この意気地無し。クソが、マヌケが、動け、動け。動いてくれ。


二人のカエル族はフィオルさんの手をずっと握っている。


「なあ、いいだろ。来いよ」


「……やめて!」


 フィオルさんの声が強くなる。そして、微かに震えている。


 あぁ、ドラゴン族だからって別に強いわけじゃないんだ。僕は何をしているんだ。行かなきゃ、動かなきゃ。気付いたら震えていた僕の足は、つま先は路地へ動いていた。


「や、や、やめろよ!! 警察呼ぶぞ!」


 僕は精一杯の声量で叫ぶ。でも、震えていて情けなくて圧なんてものはなかった。だから、僕はスマホに映る百十番の数字をカエル族に見せつける。


情けない僕が殴り合いなんてしたって血だるまになるのがオチなのは見え見えだ。だから、僕は虎の威を借る狐となる。


「ちっ、めんどくせぇ。 行こうぜ」


 二人のカエル族は僕の横を去る時わざとに肩をぶつけて行く。地面に尻もちをつく。ガクガクと震える手では倒れる体を支えることなんて出来なかった。


「……はぁ、怖かったあー!」


 恐怖で吸えていなかった空気を思いっきり吸う。こんなにも空気が美味しいと感じたのは久しぶりだ。空気を吸って生を実感していると、フィオルさんが僕に抱きついてくる。何が起きたのか理解するのに数秒かかる。


「え、え? どうしたの、フィオルさん」


「ありがとう……怖かった。助けてくれてありがとう」


 抱きついている腕が震えていることに気付く。


「僕も怖かった。 でも、やっぱり見捨てることなんて出来なかった」


 これはそうあれだ。好きなこの前でカッコつけるやつだ。本日で二回目だ。


「ありがとう、ありがとう」


「全然。フィオルさん帰ろう」


 僕はどさくさに紛れて、フィオルさんと一緒に帰ることに成功する。


 あの時ほんの少し勇気を出したから、僕のつま先は恋へ向けたのかな。


 僕とフィオルさんは夕暮れに染る静かな町並みを二人で歩いて帰る。これからも僕のつま先は恋へ向かって走っていく。

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僕のつま先は恋に走る。 パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482

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