妄想

風馬

第1話

 夜の帳が下りた時間。

私は、会社を退社する。ほぼ定刻どおりに会社を出て、愛車である「スーパーカブ」のエンジンを掛ける。

エンジンは、軽い音をたてながら、小気味いいリズムを打つ。

小さく、アクセルを蒸かしながら、ギアを入れる。愛車は、気持ちよく家へと向かい始める。

会社から、家までは約1時間弱。10月末ともなると、夏とは違い風は寒さを帯びてくる。

もう一枚着たほうがいいのか、それとも、もっと、分厚いものを掛けたほうがいいのか。

そんなことを考えながら、愛車を走らせる。

会社から、家までの道のりにいろいろなネオンや店から出てくる食事の匂いが私の妄想を掻き立てる。

例えば、カレーの匂い。

随分と食べていない。今度の週末あたりにでも食べようか。冷蔵庫に、材料はあったかな?

そういえば、たまねぎが切れていたな。土曜日の買い物のときに買っておこう。

などと。

そんな妄想が、微かな匂いや目に入ってくるネオン、それに通りすがる高校生。色々なものが私の妄想を掻き立てる。

やがて、愛車は会社から家までの距離を、7割がた走り終え大きな橋を走っている。

橋の上からは、黒い川の流れに煌く光が静かに光っている。

そんな折、私の中に一言の言葉が木霊(こだま)する。

「・・・マリアジュダムール・・・」

たった、一言。

なんだ、そのマリアジュダムールと言うのは・・・。

全然、記憶にない言葉だ、本当に聞いたことがないぞ。ん~・・・。

雰囲気からして、馬の名前らしいと言う想像がつく。

馬名にマリア・・・ひょっとして、牝馬?それなら、エリザベス女王杯に出てくる有力馬か?

ずっと、その一言に頭を支配され、家に帰り着いた私は、数日前のスポーツ新聞を見た。

そして、驚愕する。11月5日?こ、今度の日曜日のアルゼンチン共和国杯に出る馬じゃないか。

しかも、一字一句間違っていない。

これは、ひょっとして、天の声か・・・。

 

明くる日曜日。

支配された頭は、当たり前のように、マリアジュダムールに投資する。

このときに、既に外れるかもしれないと言う要素はない。

必ず来る。妄想は、信念へと変化する。

例えそれが来る可能性が低い単勝万馬券であっても・・・。

そして、レースが始まる。

マリアはスタートして直後、中段よりやや前方を走る。

東京コースならではの位置取りだ。このまま、4コーナーいや大欅の向こうまでをこの位置で走ればチャンスは来る。

そして、馬群は直線コースに入った。マリアは中段から一気に外に持ち出す。

前には、まだ逃げている馬がいる。外から必死に追いかける。

何とか届きそうだ。騎手は、馬を内に入れてさらに馬の競争心を煽る。

最後の100m。マリアは渾身の力を持って走り抜けた。

ゴール板の前で、1番になったのはマリアだった。

 

私の妄想は、未だに終わらない。

何故かって?

それは、今がまだ10月の31日だから。

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妄想 風馬 @pervect0731

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