Friendly Fire #2

 検閲を通過し、東京科学ホスピスランドに入った二人。

 少女の指定した建物には少しばかり距離があるため、未だ車で走っている。


「う~ん…なんかココ、暗くない?まだ日が沈むには早いと思うんだけど」


 外の景色を眺めていた少女が、不思議そうに質問する。


「あ~…なんでか分からないけど、一日中薄暗いんだよ、ここ。建物の外は治安も終わってるし。実体の知らない一般市民がこの光景を見たら、卒倒しちゃうだろうね。ま、政府は徹底的に隠蔽するだろうし、知る由もないか」


 マキは遠い目をしながら、自らは無関係だと言わんばかりに客観的な視点で語る。


「あぅ…真実は見たくないね。でも、なんでマキはこんなところに住んでるの?悪いところなんでしょ?」


 少女からの質問に、マキは目を見開いて答える。自分では感じたことのない疑問であったためか、少し沈黙するも、やがて口を開いた。


「…私にとっては、どこも変わらないから、かな。静かな場所でも、キレイな場所でも、こんな場所でも、私の心は動かされない。他となぁんにも変わりない、退屈な場所」


 そう答えると、車内はまた沈黙に包まれた。沈黙と言っても、ラジオの音は小さく流れているのだが、もはや聞いている人などいなかった。


「…………ねえ、なんで私がここに住んでるって知ってるの?それに、私の名前も。名乗った覚えはないんだけど」


 マキは違和感に気づき、それを指摘する。


「あぅ?それはね…」


 どごおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!


 少女の答えは轟音によってかき消された。


 激しい衝撃に車は揺らされ、マキは運転がままならなくなる。

 ドリフトをしつつ、なんとか急ブレーキに成功。


「…ふぅ。危なぁ…何だったんだ今の」


 先程の轟音…あれは間違いなく、何かが爆発した音。マキはそう感じていた。

 しかし、その「何か」が分からない。


「地下から聞こえたよ。確認してみる?」


「地下かぁ…行くの?自ら死地に入っていくようなもんだけど」


「全然いいよ~。それよりも~、マキの戦ってるカッコいい姿がみたいなぁ。あぅあぅ!」


 マイペースに返答する少女。それを見て、マキは口角を上げる。


「ふ~ん。ま、ここまでなんもなかったから、気になるのも仕方ないか。いいよ、見せてあげる。楽しみにしなよ」


 そう言うと、マキはエンジン全開で地下駐車場へと車を向かわせた。

 

 薄暗い照明に薄い空気。天井を傳う煙に、赤く燃える炎。

 そして、そこに集う…歩く屍。


「こりゃあすごいね…思った以上に大漁だ」


 自嘲気味な表情で、マキは周囲を見渡した。


「なんでこんなにいるの?地下以外にも、出口はあったはずなのに…」


 そう。ここはあくまでも駐車場。建物から出たいのであれば、1階にあるエントランスホールを利用すれば良い。しかし、二人はそこが伽藍洞がらんどうであることを、既に見ている。


「この地区のビルはを発見次第、被害を小さくするために隔離装置が発動するはずなんだけど…さっきの爆発音的に、一緒に隔離されちゃった人が外に出ようと破壊したんだろうね。ほら、あの個体。ロケットランチャーみたいなの持ってる。犯人が見つかったね。…てかあれ、絶対市場に出回ってないはずなんだけど」


 マキは冷静に…というよりは楽観的に状況の把握に務める。


「それで全員外に出ちゃったんだね。あぅ…すっごい迷惑」


 少女は初めてジト目を見せた。


「どうするか…この人数だと、流石にキツイかなぁ。見た感じ、ごろつきの集まりみたいだし、身体能力も高そう。まだこっちに気づいてないみたいだし、逃げちゃう?こいつらの処理は本来の仕事だし」


「あぅ…ボクはマキの戦ってる姿がみたいなぁ。あ、そうだ!ボクも銃を持ってるし、一緒にやろうよ!二人なら出来るよ!」


 張り切った形相で、少女はバックパックからハンドガンを取り出し、マキに迫る。


「武器持ってるの?こりゃあ本格的にアンタの正体を探るべきかも…でもいいよ。ちょっぴしアンタにも働いてもらうことになるけど、やったげる。さっき見せてあげるって約束したし」


「おぉ~!それこそマキだよ~!あぅあぅ!」


 緊張感のない二人が、車から降りる。漂う生肉の香りに釣られた屍達が、存在を認知する。そして、即座に襲いかかろうと走り出す。


「じゃあ、後衛は任せたよ」


「あぅ?後衛?」


 マキはそれだけ言い残すと、携えていた日本刀を鞘から抜き出し、徐ろに前方へと走り出した。


 一撃が致命的と言われているこの時代、遠距離攻撃の出来ない武器など、もはや産廃と言われていた。ハイリスク・ローリターン。銃に何一つ勝っているところなんてない。戦いを生業とする人にとっては、当然の共通認識であった。

 そんな常識を覆したのが、ここにいるマキ。超人的な反射神経と身体能力を武器に、刀一本で数々の修羅場を、文字通り切り抜けて来たのだ。


 この戦いにおいても、マキは変わらない。

 迫りくる屍の攻撃を華麗に避けつつ、頭部を一つ一つ丁寧に切り落としていく。決して無双しているわけではなく、コンマ数ミリの差で敵の歯から逃れており、まさに紙一重。いつ攻撃を受けてもおかしくない。

 そんな切迫した状況にも関わらず、彼女は笑顔でいる。闘争心溢れる、闘う者の目。彼女が唯一楽しいと感じる、生気の籠もった瞬間。


「いいねぇ!これくらい追い込まれたほうが、生きた心地がして堪らないよ!そっちの状況はどう…って、危ね!なにすんの!」


 隙を見て後方を確認したマキを待っていたのは、まさかの狙撃。

 辛うじて避けた銃弾は、隣の屍に命中し、血飛沫をあげる。

 放ったのは当然、車の上から銃を構えていた例の少女だ。


「あぅあぅあぅ!ごめんマキ!ボク、遠くに当てるのは苦手なの!」


 狼狽える少女。わざとではないようだ。


「…気をつけて。ってか、私の援護はいいから、取りこぼしたやつだけ狙って。まあ、その必要はないと思うけど」


 ニヤリと笑い、マキは一度目を閉じる。そして一呼吸。辺りが止まったように動かないので、彼女はゆっくりと一連の動きが可能になった…ということは当然なく、あまりにも一瞬すぎたのだ。スローモーションの如く鈍く見える屍達。

 そこに現れた完全に集中した、本気のマキ。


 欲望に動きが支配された骸たちには、彼女の素早い剣さばきに対応する力がなく、一体一体、地に伏していく。あまりにも圧倒的。

 死線を潜り抜けた経験値が、数の差をものともさせない。

 渾身の一撃は軽くいなされ、捨身の一撃は当たりもしない。

 遂には数の理もなくなり、一対一となってしまう。

 主人公補正が骸に与えられることはなく、他の骸同様、一撃で倒される。

 五十人程いた歩く屍達は、簡単に眠らされてしまったというわけだ。

 

 人仕事を終えたマキは、ストレッチをしながら車に戻ろうとする。

 自身が倒し損ねた敵の数はゼロ。完璧な仕事だ。

 上がりきった口角のままでいたマキ。少々油断をしていたようだ。


「どう?楽しかったでしょ。私の………危ない!」


「あぅ?」


 彼女は気付けなかった。出入り口が二つ合ったことに。

 一つは、建物に入るための入口。そこの敵は殲滅した。

 そしてもう一つ、地上への出口。そこからも現れるのは、些か想定外であった。

 地上から来た屍は、あと数センチといったところで、少女に迫っている。

 少女は振り向いた。だが、何も出来なかった。されるがまま、肩を噛みつかれる。


「っ!」


 手遅れであることに気づき、マキは言葉を失う。初めての失敗。

 必要のない戦いに身を委ね、結果護衛に失敗する。完全に己の慢心が原因である。

 そんな事実に、血が滲むほど唇を噛み締めてしまう。

 ………その必要なんてなかったにも関わらず。


 少女は何も言わず、ただ笑った。


「あぅ~…やっと近づいてくれたね」


 そのまま銃口を対象に直接当て、ゼロ距離で発泡。敵の頭部は爆発四散する。

 流れるままリロード、さらに周囲を囲む屍たちを的確に撃ち殺していき、遂に自らの安全を確保することに成功。

 トリガーに人差し指を掛け、クルクルと回し、最後に銃口に向けて息をフーっと吹きかける。


「マキ!今の見た?カッコよかったでしょ、ボク!」


 手をブンブンと振り、アピールする少女。

 その光景を信じられないように見るマキ。


「え…生きてる?なん…で?なんで生きてるの?さっき…噛まれたのに」


 彼女を含め、全人類の常識。それは、噛まれるイコール人間としての死、ということ。それを覆す存在が眼前にいることが、謎に思えて仕方ない。


「それはね…」


 返り血に染まった少女は、笑顔で言う。


「ボク、ゾンビだから」

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2025年1月11日 07:00
2025年1月11日 18:00
2025年1月12日 07:00

腐りかけのきみと 五月七日結里 @iamtsuyuriyuri

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