Friendly Fire #1
「はぁ…つまんない…………」
情けない声を出しながらソファーに突っ伏す、ダボダボなジャージを着た若い見た目の女性。物足りなさを感じる日常に、今日もアルコールによって無理やり彩ろうと試みている。
そんな彼女の職業は、ボディーガード。
依頼を受け取れば、顧客をどんな災厄からも護り抜く、そんな仕事。
この日もしっかりと任務を全うし、戦い終わったところだ。床に捨てられているボロボロの服は、如何に激しい戦いだったかをそのまま物語っているよう。
そんなスリル満点の仕事も、彼女にとっては退屈な日常に過ぎない。
そう、ただの作業。各地を転々としつつも、やることは変わらない。
人を守り、敵を倒すのみ。彼女にとってはマンネリそのものであった。
「なんで私は頑張ってるんだろ。生きてる意味も、行きたい理由もないのに…ん?なんだこれ」
行き場のない愚痴を壁にぶつけていると、彼女のスマホをスクロールする指が止まった。依頼が届いたのだ。
「依頼主の住所…全部英語だ。…読めない。どこだこれ」
内容自体は、当たり障りない普通の依頼。ご丁寧に日本語で書かれており、女は少し安心する。自らを指定の場所まで護衛して欲しいとのことだ。
報酬・目的地は全て現地で相談。
「どうもきな臭いな…まあ行くけど」
特に大きく考えることはせず、彼女は依頼を引き受け、一日を終えた。
この返信が、自身の運命を大きく左右することになるのだとも知らずに。
◆◇◇◇◆
「…いっちょあがり。それにしても、どこからどうやってこの量が湧いたのやら」
自らが作り上げた屍の山を見ながら、女は呆れたように感想を言う。
この光景に、彼女の感情が揺れ動くことはなかった。
殺した者達が、かつて人間であったことを知りながら。
頭部のない骸から踵を返し、乗り捨てた車へと戻る。
「えぇと、ここ、のはず…」
メールに書いてあった住所をそのまま地図アプリに入れていたので、女は正しい場所に辿り着けたかどうか分からないでいる。
…待ち合わせにしても、何故東京湾なのか。
疑問を抱えながらあたりを見渡すと、一隻のコンテナ船の先から、誰かが大きく手を振っているのを確認する。すると、その人物を追うように一人、二人がデッキに飛び出したので、其の者もまた逃げ出してしまう。
そんな光景を、女は信じられないように見つめる。
「マーーキーーーー!!!受け止めてーーー!!!!」
明らかに自分に向けられた、「マキ」という名前。
女はそれが自分のことだと気づくのに、少し時間がかかった。
やがて状況を把握すると、直ぐにその言葉の意味を理解した。
先程の者が、ハンググライダーを用いて船から飛び降りたのだ!
当然、滑空するには低すぎる高さ。
しかし、ギリギリ岸に届く距離。マキはなんとかして空飛ぶ少女を抱きかかえた。
「ナイス、マキ!あぅ…でもごめん!一先ず追手から撒いてくれないかな!」
「追手?…あ~、了解」
なんとなく状況を把握できたマキは、直ぐ様少女の手を握り、走り出す。
停めてあった車に乗り込み、一般車に紛れ込むようにして去っていった。
「さてと、説明して。日本語は話せるんだよね」
バックミラーをチラ見し、追手のいないことを確認したマキは、早速と言わんばかりに助手席に座る少女に質問する。
不思議な雰囲気を纏う少女。純白のロングヘアーに燃えさかる灼眼、へそ出しにダメージジーンズという大胆な格好、そして後部座席に置いたパンパンのバックパック。すべてが組み合わさった結果、ファンタジー世界の住人なのではないかと錯覚させてくれる。
「話せるよ。ちゃんと勉強してきたからね!上手でしょ、マキ?あぅあぅ!」
「日本人レベルじゃん…確かに凄い。で、説明は?」
「説明?何を?」
あざとく口元に手を当てる少女。マキには通用しなかったようだが。
「全部。アンタのことから依頼のこと…あと追われてた理由も」
「追われてたのはね…見つかったから!さっきの船、貨物船だからね~」
明るく回答する少女。楽しげな表情だ。
「…ん?もしかして不法入国?」
「あぅ…そうとも言うね」
「………聞かなかったことにしよ…なんのために危険を犯してやってきたのさ」
一瞬青ざめながらも、なんとか平静を保つことの出来たマキ。質問は続く。
「目的は色々あるんだけど…目的地は決まってるよ」
「へぇ、どこなの?てか、出来ればナビに入れといてくんない?私運転中だし」
「分かった!」
少女は顔を中央のナビに近づけ、操作を始める。さり気なくチラッとマキの方を見つめるが、マキは直ぐに気づき、不思議そうに見つめ返す。何故彼女の口角が上がっているのか不思議に思いつつも、信号が青に変わったので前方へと視界を戻した。
『目的地は、東京科学ホスピスランド。到着予定時刻は、一五時二〇分』
無機質な音声ガイダンスが、行き先を提示してくれる。
その声を聞き、マキは目を見開いた。
「なんでそこなの?」
静かながらも、確かな威圧を感じられる声色で、マキは言う。
「ボクの目的地だから。当然、連れてってくれるでしょ?」
その威圧に気づいているのかいないのか、少女は軽い雰囲気を壊さずに答える。
「…いいけど、当然、分かってるんだよね?あそこがどういう場所で、どれほど危険かってことくらい」
「もちろん!だからマキにボディーガードを頼んだの。マキは強いんだもんね?」
羨望の眼差しを向ける少女。それを少し照れ臭そうに処理するマキ。
「ん、そうだね。目標が何であれ、アンタは私にあそこまで連れて行っていくことを依頼した。なら、私はアンタを守り抜くだけ。それ以外はどうでもいい」
「おお!マキ、映画のちょいワル主人公みたいでカッコいい!」
「…カッコつけ過ぎたか」
そんな苦笑いをするマキの反省などいざ知らず、少女はキラキラとした視線を曇らせることはなかった。
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