第5話
領地の空気が少しずつ明るくなっているのを感じる。
魔物被害の減少、新しい農具の導入、セリアが加わったことで医療事情も向上しはじめたからだ。住民たちは以前よりも元気に畑を耕し、集落での活気が戻りつつあるように見える。
俺は屋敷の執務室で書類の山と格闘していた。今朝、領民から「そろそろ税の減免や公共事業をもっとやってくれないか」と要望を受けたばかりで、どうやって財源を確保しようか頭を悩ませている。
「う~ん……魔物対策や農業開発に金がかさんで、予算ギリギリじゃん。こんなんじゃ公共事業どころか、人件費もヤバいぞ」
机の上には古い帳簿が積まれていて、そこには先代の厳しい財政状況が記されていた。予想はしていたが、ここまで財政難とは……。俺は深くため息をつく。
「リューイ、書類仕事が進んでいないようですわね」
穏やかな声とともに部屋に入ってきたのはセリアだ。淡い桃色の髪を肩で揺らし、ワンピース姿のまま俺を心配そうに見つめる。
「おう、セリアか。正直、金が足りない。魔物駆除に回す費用だってバカにならないし、医療もこれから充実させようって時に資金不足は痛い」
「まあ、予算の問題はどの領地でも悩みのタネですわね。でも、リューイ様のことですもの。きっとなにか良い方策を考えつかれますわ」
「ま、なんとかしてみるさ。とりあえず、俺の前世知識で“商品の開発”とか“流通経路の拡充”を狙ってみたいんだよな」
俺がそう言うと、セリアは小さく首をかしげる。
「商品の開発? どんなものを作ろうとしているのですの?」
「そうだな……加工食品なんかいいと思ってる。例えば塩漬けや乾燥技術を使って保存食を大量生産できれば、物々交換以外の“貿易”ができるだろ?」
「なるほど! 辺境領の特産品を作り出すというわけですのね。面白そうですわ」
「ただ、そんな簡単に成功するもんでもねえ。試作品づくりとか販路の確保とか、いろいろ壁はある。とはいえ、やるしかないよな」
ここで扉がノックされ、執事のような初老の男性が慌てた表情で入室した。
「リューイ様、大変です! 先ほど報告が入りましたが、隣領を治めるギルバート卿が商隊の通行を制限するよう取り締まりを始めたそうです!」
「ギルバート……ああ、あの小太り貴族か。経済至上主義で有名な男だろ? なんか嫌な予感がするな」
「はい。しかも、我々が新しい物産を作るという噂をどこからか嗅ぎつけたらしく、ギルバート卿が商路を牛耳る構えです。どうやら、うちの領地が豊かになるのを阻止しようとしているようで……」
「やっぱりか。辺境領が盛り上がると、ギルバートにとっては面白くないんだろうな」
セリアが心配そうに声を上げる。
「隣領に通じる道が遮断されては、新しい製品も売れませんものね。どうなさるおつもりですの?」
「まあ、対策はあるさ。こっちにも裏道や港町へのルート開拓なんかが考えられる。ついでに“俺たち独自の商会”を作るって手段もあるけど……まずは試作品を完成させなきゃ意味がない。よし、セリア、住民にも協力してもらって、早速食品加工の実験を始めよう」
「はいですわ!」
こうして、俺たちは加工食品の試作品づくりに没頭することになった。
昼過ぎ、屋敷の裏庭に材料を積み上げ、領民たちといっしょに作業をする。塩漬けにした肉、干し魚、さらに細かく刻んだ野菜のピクルスなど、前世で培った知識を応用して次々に仕込んでいく。
「へえ、こうすると肉が長持ちするのか?」
「まあ、水分を抜いて塩で殺菌する感じだな。もちろん完璧とはいかないけど、従来よりだいぶ保存期間が伸びると思うよ」
領民たちは目を丸くしながらも、俺の作業手順に興味津々だ。セリアも淡いピンクの髪を揺らしながら頑張って野菜を細かく刻んでいる。
「意外と力仕事ですわね。包丁扱いにも慣れが要りますの……うう、少し疲れちゃいましたわ」
「ふふ、セリアは普段魔法ばっかりだもんな。手作業は俺に任せろよ」
そう言いながら手を貸そうとした瞬間、玄関のほうから人の気配がした。ソフィアが血相を変えて駆け込んでくる。漆黒の長髪を揺らし、レザーアーマーの上から軽くマントを羽織っている。
「リューイ、急ぎの報告だ。ギルバート側が商隊を止めただけでなく、こちらの村の一部で買い占めを始めているらしい。生活必需品まで根こそぎ高値で買い漁っているようだ」
「マジかよ、あいつ、えげつねえな。こっちが生産を始めた矢先に、資源を掻っ攫っていくとか……」
「領民も困惑している。無理やり売らされるような状況もあるようだし、下手すれば暴力的な手段に出るかもしれない」
セリアが青ざめた表情で口を開く。
「そんな……私たちが平和に発展させたいと思っているのに、いきなり圧迫されるなんて。このままだと、領民の生活が……」
「心配すんな。俺には対策がある。ギルバートの狙いは、こっちの流通を支配して儲けを独占することだろ? だったら俺たちは“別のルート”で商売すればいいんだ。やっぱり“裏道”を開拓するしかない」
「裏道?」
「うちの領地から王都へ向かうには正規ルート以外の山道もある。危険は伴うけど、魔物対策を整えれば利用できるはずだ。少数でも商人を送り込んで取引すれば、ギルバートの封鎖を突破できる」
ソフィアは神妙な面持ちでうなずく。
「山道には盗賊も潜んでいるかもしれない。私が護衛として同行しよう」
「助かる。セリアは……悪いけど、領地に残って医療を頼む。まだ病気が流行る可能性もあるしな」
「承知しましたわ。皆さんの無事な帰還をお祈りしております」
こうして俺たちは、ギルバートの商業妨害に対抗するため、危険な裏道を使って新製品を出荷しようと動き始めた。
数日後、山道を抜ける小規模なキャラバン隊が結成される。ソフィアが護衛長として参加し、冒険者や領民の手練れ数名が荷車を牽く。積み荷は塩漬け肉、乾燥野菜、簡易薬草セットなど、俺が“売れる”と踏んだ試作品ばかりだ。
「ソフィア、気をつけて行ってこいよ。ギルバートの手下が妨害してくるかもしれない」
「ええ、万一襲ってきたら返り討ちにするまでです。あなたの考案した新商品、必ず王都や周辺で売り捌いてきます」
「頼む。成功したら領地の財政も大いに助かるからな。くれぐれも無理はするなよ」
ソフィアはクールな表情のまま剣の柄に手をかけ、静かに微笑む。
「大丈夫。私を信じてほしい。では、行ってくる」
そのままキャラバン隊は山道へと消えていった。俺は領主として領地を守りながら、成功の報せを待つことにする。
しかし、ここで事態は予想外の方向へ動く。ソフィアからの伝令が予定より遅れており、嫌な胸騒ぎがしていた。そんな折、報告が舞い込んだのだ。
「リューイ様、どうしましょう! キャラバンが途中でトラブルに巻き込まれたらしいんです! ギルバートの手先の匂いがします!」
「くそっ……やっぱりな。俺も急いで向かう。場所はどこだ?」
「山道の中腹あたりと……あちらはこちらを警戒して、道を塞ごうとしているという情報が……」
「それなら、もう一つの迂回ルートを使うしかない。案内できる者を集めてくれ。俺が先頭に立つ!」
セリアが心配そうに俺の腕を掴む。
「リューイ様、一人で突っ走るのは危険ですの。せめて少しでも人数を……」
「大丈夫、信じろ。ソフィアとキャラバンのみんなを助けるためだ。行ってくる」
こうして俺は緊急救援隊を編成し、山中へ急行することとなった。
細い獣道を抜けてたどり着いた先で、ソフィアたちが何人ものならず者と対峙しているのを見つける。どうやらギルバートの私兵らしい連中が、キャラバンの荷を奪おうと企んでいるようだ。
「ソフィア、大丈夫か!」
俺が駆け寄ると、ソフィアは多少の擦り傷こそあるものの、しっかり剣を構えて応戦していた。
「リューイ、来てくれたんだな……この連中、ただの山賊じゃない。装備も統制も、それなりに訓練された兵の動きをしている。ギルバートの部下だろう」
「間違いねえな。おい、そこの連中! こんな卑怯な真似してただで済むと思うなよ!」
俺は風魔法で一気に威嚇しながら、相手の陣形を乱す。そこをソフィアが的確に突いて前衛を潰す。キャラバンの護衛陣も盛り返し、形勢が逆転し始めた。
「ちっ、数では勝っているはずなのに……!」
「お前たち、ギルバート様の威光を忘れるな! このまま押し切れ!」
敵のリーダー格が怒鳴り散らすが、俺はデータベースから引き出した“対複数陣形”の戦術を即座に実行する。救援隊と護衛陣を混ぜて、円陣を組みながら一点突破を仕掛けるのだ。
「ソフィア、あのリーダー格を狙え。指揮系統を潰せば混乱が広がる!」
「了解!」
ソフィアは馬鹿力を発揮して敵の厚い鎧を弾き、リーダーの斜め後方を突くように剣を振るう。
「ぐっ……!」
リーダーは抵抗するが、ソフィアの剣捌きに圧倒され、あっけなく地面に叩き伏せられた。残った私兵たちは総崩れとなり、次々と降伏する。
「やったな、ソフィア。怪我はないか?」
「ええ……少しかすり傷を負っただけ。これで奴らも大人しくなるだろう」
俺たちはギルバートの私兵を拘束し、キャラバンの安全を確保した。家に帰り着く頃には日も沈みかけていたが、とにかく無事に出荷ルートを確保できたのは大きい。
数日後、ソフィアたちキャラバンはうまく王都周辺で商品の販売を行い、思いのほか好調な収益を上げて戻ってきた。
「リューイ様、これが今回の売り上げ計算ですわ。想像以上の額が手に入りましたのね」
セリアが驚いた様子で口にする。確かに帳簿を見ると、塩漬け肉や乾燥野菜が予想外に高値で売れたようだ。
「こうしてみると、うちの領地だってまだまだ可能性があるってことだな。ギルバートの妨害はきつかったけど、逆にこっちの結束も固まったし。これで財政難もいくらかマシになるだろ」
「本当に、よくここまで乗り越えましたね。リューイ様はすごいですわ」
セリアの柔らかな笑顔に俺の頬が緩む。ソフィアも横で静かに頷き、仲間たちも誇らしげな顔をしている。
「よし、これで一つ山を越えたな。ただ、ギルバートはこんなことで諦めないだろう。俺も油断せずに次の手を考えるさ」
こうして領地は一歩ずつだが再建への道を進んでいる。財政難という大きな壁にぶち当たったが、知恵と仲間の力でなんとか乗り越えられそうだ。
「いつか本当のスローライフを満喫するために……まだまだ頑張るしかねえな」
そう呟いて、俺は新しく仕入れた紙を広げる。これから先の領地経営計画が頭の中に渦巻いていた。
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辺境領の底辺領主は知識チートでのんびり開拓します~前世の【全知データベース】で、あらゆる危機を回避して世界を掌握する~ 昼から山猫 @hirukarayamaneko
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