第4話
セリアが来て一週間ほど経ったある日。領地の外れの村から「山賊が出るようになった」との報告が入った。山賊と言っても、最近は隣国との小競り合いが増え、領土を荒らす半盗賊のような連中が横行しているらしい。
「厄介だな……魔物だけでも手一杯なのに、人間同士で争ってる場合かよ」
そうぼやく俺の元に、王国騎士を名乗る女性がやって来た。漆黒の長髪を高い位置でまとめ、体にフィットするレザーアーマーに身を包んだ凛とした美女だ。
腰には長剣、ブーツは革製のロングタイプ。険しい面持ちでこちらを見据えている。
「辺境領主リューイ・アークリッド殿ですか? 私、王国騎士団のソフィア・グラフィアと申します。王都から、この辺境領の治安維持のために派遣されました」
「おお、思ったより堅苦しい感じがするな……いや、来てくれて助かるよ」
「それが主君のご命令なら、私はいつでも剣を振るいます。あなたの指示に従い、この領地を護衛しましょう」
ソフィアの物腰はまるで氷のように冷静で、少し近寄りがたい雰囲気がある。だが、その瞳は真剣そのもので、領民たちもどこか安心した表情を浮かべている。
彼女が到着した翌日、さっそく山賊掃討の情報が入り、俺はソフィアと領民の若者数名と共に現場に向かった。
目的地は領地の北側。小高い山のふもとに集落がある。そこへ行く道中、ソフィアは俺の知識に興味を示したのか、ちらちらとこちらを見てくる。
やがて、彼女が声を低くして話しかけてきた。
「リューイ殿は、なぜそんなにも豊富な戦術を知っているのですか? 王都の騎士学校で学んだような基本戦術とは少し違うように思えますが……」
「ま、ちょっと独自の勉強をしててな。まあ細かいことは気にしないでくれ。実際、ここの領地防衛で成果を上げてるのは事実だろ?」
「確かにそうです。魔物を罠で追い込んだり、医療体制を整えたり……私が見てきた辺境領の中でも異例の発展です。正直、興味深いですね」
クールな声ながら、ほんの少し笑みを見せるソフィア。表情は固いが、かすかな柔らかさを感じる。
そんな会話をしながら到着した集落は、まさに荒らされたばかりの痕跡があった。壊れた扉や散乱する家財、怯える住民たち……。
「ひどいな、これは……山賊ってレベルを超えてるぞ。ほとんど盗掘と破壊活動じゃねえか」
住民に話を聞くと、隣国の傭兵崩れらしき男たちが大勢で襲ってきたという。金品や食料を奪い、逆らう者には暴力を振るって去っていったらしい。
「許せない……。こんなことをして何が楽しいんだか」
俺がこぶしを握り込むと、ソフィアが力強い声で宣言する。
「リューイ殿、命令をください。私の剣で奴らを追跡・撃退いたします」
「おう。ここで逃せばまた被害が出る。徹底的に叩こう。まずは状況を整理して……」
データベースを呼び出すと、ゲリラ的な山賊や傭兵を捕捉する手法がいくつか出てくる。罠の配置や待ち伏せ、少人数で奇襲を仕掛ける方法。俺はソフィアと領民たちに手短に指示を与え、夜のうちに動くことにした。
深夜、山の稜線を月光が照らす。鬱蒼と茂る木々の下、ソフィアと俺は待ち伏せの体勢に入っていた。領民の若者たちは少し離れた場所でサポート役を担ってくれている。
「ソフィア、あの付近に焚き火の明かりがある。恐らく奴らだな」
「はい、動き出しそうな気配があります。こちらへ近づいてくるようですね」
「こっちが数で勝てないなら、なるべく各個撃破でいくぞ。ソフィアが前衛、俺はサポートする」
「承知しました」
静かな気迫を放ちながら、ソフィアは剣の柄に手をかける。森の中で月光が反射し、その凛とした横顔に色気を感じてしまうほど美しい。
やがて山賊の一団が現れる。見るからに好戦的な目つきで、粗暴な笑い声が夜の森に響く。
「さて、そろそろ行くか。皆、かかれ!」
俺が合図を出すと同時に、ソフィアが霧のような速さで敵陣に突撃する。
「なっ、何だお前ら……!?」
「こちらも武器を構えろ!」
山賊どもが慌てて斧や剣を取り出すが、ソフィアの動きは一瞬で懐へ飛び込み、剣の柄で相手の首筋を一喝。気を失った山賊がバタリと倒れる。
「くそっ、こいつただ者じゃねえ!」
敵が複数で襲いかかろうとする瞬間、俺は風魔法でソフィアの動きを援護した。風を巻き起こして敵の足元を乱し、その隙に彼女が次々と切り伏せていく。
「うっ、ぎゃああ!」
「騎士様だと……馬鹿な、ここは辺境領だろうが!」
混乱する山賊に容赦なく鉄槌を下し、ソフィアはまるで修羅のように剣を振るう。その一撃一撃には確かな鍛錬が感じられ、俺も思わず見惚れそうになる。
「ソフィア、深追いしすぎるなよ! 後ろから来るぞ!」
「承知!」
背後から斧を振り上げてくる屈強な男に対し、ソフィアは素早く反転し、その腕を剣で弾く。ガキン、と鈍い音がして男は武器を弾かれ、体勢を崩したところへ追撃の一撃。
「くっ……! こいつ……人間かよ……」
男は悲鳴を上げて倒れた。周囲を見渡すと、すでに他の山賊も領民の援護や俺の魔法で動きを封じられ、ほぼ制圧されている。
戦闘が終わり、山賊はほぼ全員拘束。怪我人も出ず、まさに完勝だ。俺が安堵の息をつくと、ソフィアが深く一礼する。
「リューイ殿の指示、見事でした。正面から力で押すより、少数精鋭で奇襲に徹する方法が効果的でしたね」
「そっちこそすげえな。あんな短時間で連中を蹴散らすとは思わなかった。騎士としてさすがだよ」
「……ありがとうございます。これからも、リューイ殿の領地を護るためなら、私の剣はいつでも応じます」
彼女は微かに微笑みを浮かべ、そのクールな眼差しにほんの少し柔らかさが混じる。戦闘中とは打って変わって、今度は女性らしい雰囲気を感じさせるのが不思議だ。
「そっか。助かるな、頼もしい味方がいると心強い」
こうしてソフィアは、正式に俺の領地に常駐することになった。治安維持の要として、領民たちからも歓迎されている。
領主として戦闘指揮も当然大事だけど、実際に最前線で剣を振るう相棒がいるのは心強い。それに、彼女も俺の知識に興味を持ってくれているようだ。
「――なあ、ソフィア。これから先もいろいろ厄介なことが起きるだろうけど、一緒に乗り越えていこうぜ」
「ええ。リューイ殿が望む限り、私はあなたの剣となって仕える所存です」
その姿勢に、領主としての俺はもちろん、男としても少しキュンとしてしまう。クールな見た目に秘められた情熱。ソフィアが仲間になってくれたことは、この領地にとって大きな力になるに違いない。
こうしてまたひとつ、俺の領地は安定へ向けて歩みを進めていく。魔物被害はまだ続くし、次なる問題も山積みだが、それでも仲間が増えたことでやれることが増えている。
さあ、次はどんな改革を進めようか――。そんな期待に胸を躍らせながら、俺はソフィアと共に帰路についた。
いつか本当にスローライフを謳歌できる日が来る。そのためにも、今は前を向いて突き進むのみだ。
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