第3話
翌週のある朝、領地の門前で見慣れない馬車が止まっていると聞いた。俺が急いで向かうと、薄桃色の髪を肩口でくるりと巻いた少女が戸惑いがちに立っていた。ふわりとした薄布のワンピースをまとい、胸元の青い宝石が朝日に反射してきらめく。
「あ、あなたが……ここで領主をなさっているリューイ様、ですの?」
その声はおっとりとしていて、どこか上品な響きを帯びている。癒し系という言葉がまさにピッタリだ。
「ああ、そうだけど。そっちは……?」
「セリア・エミリアと申しますわ。王都の医療ギルドから派遣されてきました。ここしばらく、ここの医療状況が深刻だと聞きましたものですから……」
セリア、と名乗る彼女はローヒールのサンダルを揃えてペコリとお辞儀する。長旅で疲れているのか、少し足元がふらついているように見えた。
「そっか、来てくれて助かるよ。うちは魔物の被害も多くて怪我人が後を絶たなくてな。しかも病気が流行ってるらしくて医者が全然足りないんだ」
「はい、私もそれをなんとかしようと……でも、ここまで来るのに結構大変でしたわ。魔物には遭わなかったんですけど、道が悪くて馬車が何度も揺れましたの」
「うん、ごめんな。インフラ整備もいまいち追いついてないんだ……とにかく、中へ入って休んでくれ」
俺はセリアを屋敷に案内し、取り急ぎ客室を用意した。
その数時間後、セリアはさっそく診療所として使われている古い家を視察していた。中に入ると、木のベッドが数台並んでいて、怪我を負った人たちが苦しそうに横になっている。
「こんなに大勢……しかも、道具は最低限の包帯と古い薬品だけですのね」
「ここにいたヒーラーが王都へ戻っちまったと聞いてる。それ以降は、どうにもならなくて……」
「まあ、リューイ様はこれまでも色々ご改革を進めていらしたと伺いました。医療に関しては、私もお手伝いさせてくださいませ。皆さんの症状を見せていただきますわ」
セリアは淡い桃色の髪を揺らしながら一人ひとりの患者に話しかけ、優しく手をかざして診ていく。その動きはまるで天使のように穏やかで、痛みに苦しむ人たちの表情が少しずつ和らいでいくのがわかった。
「すごいな……セリアの回復魔法、やっぱ本物だな」
俺がそう呟くと、彼女は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「王都で専攻していたので、多少は自信がありますの。でも本当にすごいのは、リューイ様の“技術”ではありませんか? 前世の……いえ、何か特別な知識をお持ちだとか。薬の作り方や病気の治し方が、まるで初めて聞く世界のものばかりでしたもの」
「ああ、まあ、そういうのは今後どんどん教えるよ。薬草の調合とか、衛生管理とか。ちゃんとした設備があれば、もっと高度な医療が可能になるはずだ」
セリアは瞳をキラキラさせて、俺にぐっと身を乗り出す。
「ぜひ教えていただきたいですわ! 私、医療魔法だけじゃ限界を感じていて……もしリューイ様の方法と組み合わせられたら、もっと多くの人を救えますもの」
「おお、大歓迎だ。俺の知識も全部が全部、魔法に対応してるわけじゃないけど、一緒に研究しよう」
そう言うと、彼女は嬉しそうににっこり微笑んだ。笑顔が眩しくて、なんだかこっちまで元気をもらえる気がする。
その日の夕方、診療所の裏でセリアと一緒に薬草の整理をしていると、「大変だ!」という悲鳴が響いた。領民の少年が慌てた様子で走り込んでくる。
「大変だ、森のほうから魔物が近づいてきてるって……みんな逃げ始めてるぞ!」
「魔物? どれくらいの規模か分かるか?」
「よくは分からないけど、かなり大きい個体らしい。鳥みたいな姿だってさ」
「グラン・ビークか……。オッケー、対応策はあるから落ち着いて。セリア、悪いがこっち手伝ってもらっていい?」
「もちろんですわ」
俺とセリアは急いで現場へ向かった。見張り小屋からは火矢の合図が上がっている。すでに警戒体制に入った領民が、何度も訓練した罠をセッティングしていた。
「おーい、あの巨大な鳥はどこだ?」
「森の上空を旋回してるようです! どうします、領主様?」
「まずはいつも通り罠で動きを封じる。セリア、住民の安全を確保してくれ。ケガ人が出たら即治療を頼む」
「はい、心得ましたわ」
間もなくして、森の木々を激しく揺らしながら、グラン・ビークが姿を現す。巨大な翼を広げて鋭いくちばしで威嚇してくる。
「こいつは……今までのよりデカいんじゃね?」
一瞬、気圧されそうになるが、俺は罠の位置を把握しながら指示を出す。村人たちは慣れた手つきで囮を操作し、鳥の気を引きつける。
「今だ、仕掛けろ!」
複数の網とロープが発射され、グラン・ビークの足元に絡みつく。そのうち何本かは風魔法で弾かれるが、十分な数が残って翼の動きを鈍らせた。
「うおお! くちばし攻撃が来るぞ、みんな気をつけろ!」
グラン・ビークが突進してきた瞬間、何人かが体勢を崩す。だが、そのときセリアが声を張り上げた。
「“サークル・バリア”!」
青い宝石が輝き、透明な膜のような防護魔法が展開される。鳥の猛攻はその結界に阻まれ、衝撃波が軽減される形となった。
「ナイスだ、セリア!」
俺はすかさず風魔法で追撃し、グラン・ビークをより罠の深部へ誘導する。そこに待ち構えていた村人たちが一斉に弓を射放った。
「ギャアアア!」
大きな悲鳴をあげ、ついに巨大な鳥が地面に倒れ込む。すぐに拘束を強化し、完全に動きを封じることに成功した。
「やったぞ!」
村人から大きな歓声が上がる。負傷者もいない様子だ。セリアの結界が無かったら、誰かが怪我をしていたかもしれない。
その夜、屋敷の居間で簡単な打ち上げが行われた。怪我人が出なかったのは初めてだと領民が喜び、料理を持ち寄ってささやかな宴を開いたのだ。
「セリア、ほんとに助かった。あのバリア魔法、すげえじゃん」
「ふふ、ありがとうございますわ。私もリューイ様の作戦があればこそ、無事に防げましたの」
「今まで一人で治療を頑張ってたと聞いてるけど、ここではもっと新しいことができそうだな。医療魔法と前世知識の融合とか、絶対面白いだろ?」
「はい……わたくし、ワクワクしておりますの。リューイ様となら、いろんな可能性が広がりそう!」
彼女の笑顔は見る者すべてを和ませる。領民もすでにセリアを慕い始めていて、宴の最中も「セリア様、ありがとう!」と感謝の言葉が飛んでいた。
「仲間が増えれば、もっといい領地にできる。今日はありがとな、セリア」
俺がそう言うと、彼女は優しく微笑んでから、恥ずかしそうに小声で囁いた。
「こちらこそ……これからもよろしくお願いしますわ、リューイ様」
そうして俺たちは、不安の多い辺境の医療に一筋の光を灯すことができた。だけど、これがゴールじゃない。まだまだ問題は山積みだ。
それでも――この笑顔がある限り、俺は何度でも立ち上がれる気がする。
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