第2話
翌朝、まだ日の出も早い時間。俺は領地内の畑跡を視察していた。あちこちに雑草が生い茂り、もはや農地として機能しているとは言いがたい惨状だ。
「やべえな、想像以上に荒れ果ててる。こりゃ相当手を入れないと作物は育たなそうだな」
周囲を見回していると、領民の男がやって来て、眠たそうに目をこすりながら話しかけてくる。
「領主様、こんな朝っぱらから何しているんですか? 土なんてただの砂利だし、作付けは諦めろって、前の領主様にも言われたんです」
「いやいや、諦めるにはまだ早い。前世……じゃなくて、俺には農業の知識がある。土壌改良すれば絶対に作物は育つはずだ」
「そんな奇跡、あるもんですかねえ……」
男はため息をつく。だが俺には確信がある。データベースにアクセスすると、土壌改良や有機肥料の作り方が細かく表示されていた。化学肥料は難しくても、こっちの世界の資材をうまく使えばどうにかなる。
そこへ気の早い報告が届いた。王都から“視察の役人”が来るらしい。辺境領がどれほど荒廃しているかを調査するためだとか。
「視察か……まあ、ある意味いい機会だな。連中が来るまでに少しでも改革の芽を見せられれば、俺の領地を舐めるなよって示せるし」
「舐めるなよって……領主様、ずいぶん強気ですね」
「まあ、やるだけやってみるさ。俺はそのためにここへ来たんだ」
土の塊を手に取り、ぎゅっと握る。ボロボロと崩れて指に汚れがこびりつくが、その感触に農作業の可能性を感じずにはいられない。
さっそく試作品の耕具を作るべく、屋敷の倉庫に向かった。昔から工具をいじるのが好きだったし、前世の知識で仕組みは頭に入っている。
「すげぇな、ノコギリも釘もちゃんとあるじゃん。鍛冶屋が近くにあるわけでもないのに、意外と道具は揃ってるんだな」
そう独り言を言いながら板材を切り出し、簡易プラウ(鋤)を設計図の通り組み立てていく。そこへさっきの領民がひょっこり顔を出す。
「領主様、何をこしらえてるんです? 鉄の棒に木の板……こんな形、見たことないですよ」
「こういう耕具だよ。牛か馬が引っ張れば土を深く掘り返せる。これで一気に畑が耕せるんだ」
「へえ、そんな便利な道具が……」
彼は興味津々な様子で覗き込むが、まだ半信半疑だ。無理もない。こっちの世界では、今まで伝統的な農具でしか耕していないのだろう。
「見ててくれ。すぐに試運転してみせるから」
その日の昼、すでに村の数人が集まっていた。俺は耕具を牛に取り付け、畑の端へと誘導する。視線は期待半分、不安半分といった感じだ。
「さあ、ゆっくり進んでくれよ……」
牛が重そうにうめき、前足を踏み出す。すると地面の下に潜り込むようにして取り付けた刃が土をめくり上げ、ゴロリと柔らかい土の層を作る。
「お、おお……!」
「こんなに深くまで土が返るなんて……!」
驚きの声が次々と上がる。従来の農具ではこんな短時間にこれほどの深さを耕せなかったらしい。確かに、一度の作業で土の下層が表に現れる。硬く固まった地面も砕けるから、かなり効率が良い。
「どうだ? ただの板切れってわけじゃないだろ?」
俺が得意げに言うと、周りから拍手や歓声が湧く。男や女、年配者や若者が集まって、初めて見る光景に呆然としていた。
「領主様、本当にこんなやり方があったんだな!」
「すごいわね、これなら少ない人手でも畑を広げられるかも」
それぞれが希望に満ちた顔を見せ始める。この反応だ。俺の“知識”がここでは新鮮な衝撃として受け入れられる。
「まあ、やることはまだ山積みだし、土壌改良にもいろいろ手間がかかる。でもこれで一歩前進だろ。視察の連中にも、うちの領地がすごいってとこ見せてやれるかもな」
そう言い終わると、遠くから馬車の轟音が聞こえた。どうやら王都の役人が到着したようだ。
やって来たのは痩身の役人二人と、取り巻きらしき護衛騎士数名。彼らは小綺麗な服を着込み、いかにも“中央”の匂いを漂わせている。俺は彼らを屋敷の玄関で出迎えた。
「初めまして。王都の内務省から参りましたレイストンと申します。あなたが新任の領主、リューイ・アークリッド様ですね?」
「ああ、そうだけど……早速だけど、領地の視察ってことでいいのかな?」
「ええ、辺境領の実態を調査し、報告書にまとめるのが我々の仕事です。先代が亡くなられた今、体制が整っていないとも聞いていますが……さて、どれほどのものやら」
まるで見下すような口ぶりだ。俺は内心ムッとするが、ここは耐えどきだ。
「こっちだ。まずは畑のほうを見てくれ。少しずつだが改善の余地を作ってるところだ」
先ほどまで耕していた畑へ案内すると、レイストンは驚いた表情を見せる。
「これは……ずいぶんと深く耕してありますね。何か特別な道具でも使っているのですか?」
「まあな。俺が工夫して作ったんだ。こんな感じで土を掘り返して、そのうえ肥料になる素材を混ぜ込めば、いい畑になると思う」
「ほほう……」
レイストンの目がキョロキョロと動く。悪くない反応だが、その横には嫌な顔をしている護衛騎士たちもいる。彼らは辺境領など足元にも及ばないと信じ切っているのだろう。
「なるほど、農業改革ですか。しかしこの地は魔物の被害も深刻だとか。それをどう防ぐおつもりで?」
「そいつも考えてるよ。魔物についての対処法、特に森から現れるグラン・ビークには罠をしかけたり警戒態勢を整えたり。あとでデモンストレーションしてやるよ」
「デモンストレーション? ほう……面白い。では期待させてもらいましょう」
レイストンが口元を歪める。どうでもいいが態度が鼻につく。しかしここで成果を見せれば、連中を黙らせることもできるはずだ。
次の日、俺は村人に協力してもらい、簡易の防衛訓練を行った。まずは森の入口付近に見張り小屋を設置し、グラン・ビークが飛来したときの合図を出す。さらに囮となる小動物を遠くに放ち、罠へ誘導する仕掛けを準備。
「うわ、ほんとにあんな巨大な鳥が……」
驚きの声が上がる中、舞い降りたグラン・ビークを網と罠で拘束し、弓矢や魔法で弱らせる。今回は俺自身も風魔法で援護した。
「ぅぎゃあああ!」
魔獣の雄叫びで周囲がビリビリするが、メインの罠が機能し、回避行動がしやすいように配置した障害物も役立つ。被害は最小限だ。
「なるほど……索敵から撃退まで、見事に段取りが組まれているではないか」
視察の役人、レイストンは感心した様子でメモを取る。一方で護衛騎士の一人がやや面白くなさそうに腕を組んだまま呟く。
「たまたま上手くいっただけかもしれませんね。辺境領が魔物に翻弄されてきた事実は覆せませんよ」
そんな言葉にムッとくるが、俺は首を振って返す。
「何とでも言えよ。俺は今後も改良を重ねていくつもりだ。荒れ果てた土地だろうが、打つ手はいくらでもあるからな」
「ふっ……では、王都への報告を楽しみにしておきましょう。結果次第では追加の援助や、反対に処罰もあり得るかもしれませんので」
嫌味ったらしいが、とりあえず連中は帰っていった。
視察が終わったあと、村人が駆け寄ってくる。
「領主様、すごかったです! 魔物討伐まで見せつけて、王都の人たちもビックリしたでしょうね」
「ま、俺の目的はのんびり暮らすことなんだけどな。まさかこんなに体張るハメになるとは……」
苦笑しつつも、手応えは十分だ。こうやって領民から喜んでもらえると、やる気が増してくる。
「絶対に成功させて、今度こそ平和に過ごせる領地にするから。新しいこと、いっぱい試していこうぜ」
熱意を込めてそう伝えると、領民は明るい笑顔を見せる。今まで暗かった村の空気が少しだけ変わってきた気がした。
「へへっ、俺のスローライフ計画、軌道に乗せるしかねえな!」
まだ試練は山積みだけど、まずはこの一歩。王都の偉いさんたちをうまく出し抜きながら、辺境領での新しい時代を作ってやる。
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