辺境領の底辺領主は知識チートでのんびり開拓します~前世の【全知データベース】で、あらゆる危機を回避して世界を掌握する~
昼から山猫
第1話
息が苦しい。
そう感じたのが最後だったように思う。俺は轢かれかけたトラックのライトに目を奪われ、それから先の記憶が途切れた。もう駄目だと思った矢先――気づけば全く別の場所で目を覚ましていた。
枕元にそっと置かれた古びたランプが暗い部屋を照らし、どこか年代を感じさせる木造の壁に囲まれている。調度品はどれも素朴で、まるで中世のような印象だ。
「ここは……どこだ?」
頭を起こすと、身体は意外なほど軽い。先ほどまでの絶望感が嘘のようだ。慌ててベッドから降りようとしたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「リューイ様、起きていらっしゃいますか?」
リューイ、というのは俺のことらしい。どうやら既にこっちの世界で俺はその名で呼ばれているようだ。ドアを開けると、簡素な服装をした中年の女性が控えていた。頬に皺はあるが優しげな雰囲気の人だ。
「すみませんが、あまり動き回らないほうが……と言いつつ、もう大丈夫そうですね。お医者様も、魔法で応急処置を施してくださったそうです」
「そ、そうなんだ。ありがとう。ところで、俺はここで何をしているんだ?」
一瞬、疑問形ばかり浮かぶ自分に違和感を覚える。それと同時に、脳内に不思議な感覚がよぎった。まるでコンピュータの画面を覗き込んでいるかのような、電子的な走査線がビビッと走るような……。
「リューイ様はこの辺境領の領主さまでございます。まだ十八歳とお若いのに、先日亡くなられた先代の跡を継がれたのです。ご自身で『ちょっと外を見てくる』と仰って出かけられたはいいのですが……途中で魔物に襲われて大怪我をなさって……」
「魔物?」
唇の端がひきつる。魔物なんてファンタジーの話じゃないか。けれど頭のどこかで「そういう世界になった」と納得している俺がいる。
中年女性は心配そうに続けた。
「そうですわ。森の奥から何かしら出てきて、近頃は被害が大きいんです……それに人手不足で、領内はどこも悲鳴を上げております。わたくしたち領民も大変心もとないのですが、どうかリューイ様にお力をお貸し頂きたく……」
「……うん、わかった。なんか全部呑み込むにはまだ早そうだけど、俺が領主……なんだよな?」
先代の跡継ぎ。そう言われて初めて、ベッド脇に置かれていた簡素な“領主の日誌”なるものに気づく。ペラペラと捲ると、先代が残した経営メモらしき文字が乱雑に書き込まれていた。
その瞬間、頭の奥で何かが閃光のように弾ける。
(前世の知識――神崎カズキとしての俺の記憶。それが膨大なデータのように脳内に浮かんで……?)
まるで電子図書館の目録を眺める感覚だ。なんの前触れもなく出現した“全知データベース”と名付けられたものが、俺の脳裏にビシッと組み込まれている。そこには前世で学んだこと、経験したこと、あらゆる事柄がぎっしり詰まっていた。
「これは……本当に全部、思い出せるのか?」
頭がクラクラする。けれど好奇心が勝った。荒廃した領地、魔物がうろつく危険地帯、そのうえ俺はこの世界の辺境領主。しかも“前世の知識”とやらがここではとんでもない力になる可能性がある。
そう考えたら、なんだかワクワクが込み上げてきた。
部屋を出て少し歩くと、木造の廊下の先には粗末な椅子やテーブルが置かれ、小さなホールのようになっている。その先に窓があり、外の光が差し込んでいた。
俺はその窓を開け、思わず息を呑む。
どこまでも続く荒れ地のような大地。農地らしき場所はまばらで、雑草が生え放題の畑が目立つ。奥の森からは不気味な鳥の鳴き声が響き、風もやけに冷たい。確かにここは“豊かな土地”とは言いがたい場所だ。
「辺境領……ほんとに辺境だよな」
一方で心は妙に高揚している。もしこの土地を俺の“知識”で立て直せたら、それは相当な達成感があるんじゃないか? そう思ったら、体の底からやる気が湧いてきた。
そこでふと、脳内に“画面”のようなものが表示された。
―――――――――――――
【名前】リューイ・アークリッド
【職業】辺境領領主
【LV】25
【HP】1850/1850
【MP】930/930
【スキル】
・全知データベース(前世の知識を参照可能)
・魔法適性:火・風・光
・言語解読:古代文字
―――――――――――――
「こいつは……ステータス画面? なんだかゲームみたいだな」
HPやMPなんてのもある。笑いそうになるほどファンタジーだが、まるで自分がRPGの主人公になったかのような感覚にわくわくさせられる。
少し歩きを進めると、さっきの中年女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「リューイ様、あまりご無理をなさらぬよう……まだ完治していないかと思いますので」
「いや、大丈夫だよ。そういうのは気合いで何とかするタイプなんでね。あ、そうだ。領民の皆を集めてもらえないかな? 話をしたい」
「皆を、ですか……? はい、わかりました」
少しばかり驚いた顔をされつつも、彼女はすぐに指示を伝えに走り去った。領主としての威厳とかそういうのはまだよくわからないが、まずは現状把握が先だ。
屋敷の前の広場に、十数人ほどの領民が集まる。皆、疲弊しきった顔をしている。質素な服装で、肩を落としている人ばかりだ。こうして顔を見ると、いろんな年代の者がいる。
「えっと、俺……じゃない、私はリューイ・アークリッド。先代の跡を継いだ新人領主だ。まだ未熟者だし頼りないかもしれないけど……まずはこの領地が荒れ果てている理由を知りたいんだ。教えてくれないか?」
すると初老の男性が口を開く。
「長きにわたり、魔物の被害が絶えません。森からは巨大な鳥の魔獣が飛来し、畑を荒らし、時には住民を襲うことも…。その度に逃げ回るのが精一杯で、農作業もままならないのです」
「グラン・ビーク、って名前の魔物じゃねえか? ……聞いたことがある。あいつらは上空から突進してくるんだよな」
俺の前世知識にも似たような映像が頭に浮かぶ。体長は相当デカい鳥だ。普通の弓矢程度じゃなかなか落とせないはず。
別の女性が、今にも泣きだしそうな顔で声を上げる。
「それだけじゃありません! 病気も流行っていて、ここにはまともな医者がいません。傷の治療で手一杯です。まともな薬すら手に入らないんですわ」
「そっか。医療設備がない……でも魔法で治せるならって思うんだけど、回復魔法が使える人は?」
「はい……それが、以前は一人いたのですが、限界を感じて王都へ戻ってしまい……。今はまた別のヒーラーが来るのを待っています」
「なるほどね。魔物の襲撃に加えて医療も不足か。そりゃ大変だ」
食料も少ないし、人口も減る一方。領民はみなやつれている。その場の雰囲気は重苦しいが、俺はむしろ燃え上がるものを感じる。
「……だったら俺がどうにかするよ。この土地を、最高の場所に変えてやる。そうすればみんなも笑顔で暮らせるだろ?」
俺がそう言うと、皆がキョトンとした表情になる。いや、信じられないのだろう。領主が変わるたび「今度こそは」と期待しては落胆してきた歴史があるのだ。だが関係ない。俺は俺のやり方でやるだけだ。
「本当に、やってくださるんですか……?」
「ま、任せときなよ。とりあえず何をすればいいのか、考えはある。食糧事情、農地の改良、魔物対策……全部ひっくるめて対応する。そのために……」
ここまで話したところで、ひときわ年配の男性が口を挟む。
「そんな夢のような話、信じられんぞ。魔物をどうにかする? 王都の学士でも解決策がなかったんだ。それなのに、若輩の領主様がどうやって……」
「まあ、そう思うよな。けど、俺には“手段”があるんだ。詳しくは後で見せてやる。すぐには無理でも、一歩ずつ進めていこう」
両手を腰に当てて胸を張る俺の姿に、男性たちは戸惑いを隠せないようだ。それでも、一抹の希望を感じる人がいるようで、さっきまで曇っていた眼差しが僅かに光を帯び始めた。
「とにかく、俺はここを理想郷にする。絶対に諦めないから、みんなも力を貸してくれ」
その宣言に、ざわざわと波紋が広がる。
夜、屋敷の一室で俺は一人、データベースにアクセスしていた。魔物の対策、農業革命、そして医療の確立……膨大な知識が頭に浮かぶたびに、未来図がはっきり見えてくるような気がする。
「よし……やるっきゃねえな」
前世の俺――神崎カズキとしての生涯で学んだ技術、科学、歴史の数々。ここに持ち込めば魔物も貧困も、きっと何とかなる。
暗い部屋のランプが揺らめく。俺は窓から見下ろす村の夜景を見つめ、心の中で決意を固めた。
「辺境領だろうがなんだろうが、関係ねえ。ここが俺の新しい拠点だ。のんびりスローライフ――とはいかないだろうけど、最高の暮らしを目指す!」
そう呟いた瞬間、まるで運命が動き出したように胸が高鳴った。俺の物語は、ここから始まる。
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