ー3ー

 初日こそ男爵家のオズウェルと侯爵家のダリオスがセラフィナに声をかけてきたが、デスパイアの森に出かける侯爵家のフィリクスと伯爵家のエリオットを見て危機感を覚えたらしく、2日目には2人も寄り付かなくなった。

 モンスターの習性に倣い、朝方に出かける者、夕方から深夜にかけて出かける者と様々だった。一人を除いては。

 公爵家のゼノスだけは庭園を散策したり、図書室で読書したりと、まるで余暇のように過ごしていた。


 5日目の夕方、お題のお披露目の場は多目的ホールとなり、両親を含む全員が再び集まった。


「皆様が無事戻られたことに心より安堵しております。それでは、どなたから見せていただけますか?」


 セラフィナの声掛けに候補者たちは様子を窺いあう。


「では、フルミナスウィルム雷鳴を轟かす竜の鱗に挑戦された方はいらっしゃいますか?」

「私が……」


 手を挙げたのは、ダリオス・フォルハートだ。

 ダリオスはビロードの巾着袋を手に一歩前に出た。

 取り出したのは青灰色せいかいしょくの欠片。大人の男性の親指ほどの大きさをしている。どちらもフルミナスウィルムの鱗の特徴だ。


「1枚だけですか?」


 セラフィナの問いにおずおずと頷くダリオス。フルミナスウィルムの鱗は単体では雷を起こせない。2枚を擦りあわせることで、はじめて雷が発生する。


「そうですか、それは残念です……」


 セラフィナの様子から失格を察したダリオスは、「待ってくれ!」と声を荒げる。


「1枚だが、命を懸けて獲ってきた! 他の4人の結果を見てから判断してほしい!」


 だが、セラフィナは表情を変えず切り返す。


「小さな雷を起こしてほしい、そうお伝えしました。それを満たしておりません。

 それにフルミナスウィルムは一度雷撃を放つと力を溜める隙が生じます。その機も生かせない方にこの領地を任せられると思いますか?」


 5人の中でマシな人を選ぶわけではない。そう言外に告げるセラフィナ。ダリオスは項垂うなだれて後ずさった。



「それでは、エアルース風を操る鳳の羽に挑戦された方はいらっしゃいますか?」

「は、はい。僕です」


 前に出たのはエリオット・アルジェント。

(危険性の少ないエアルースならクラスCの彼には妥当ね……。でも)

 エアルースは真っ白いその姿故、人にも他のモンスターにも目をつけられやすい。そのため屈指の警戒心を持ち、相当な期間と相当な運がない限りお目にかかることができないレアモンスターだ。


「こちらです」


 エリオットは、手の平ほどの純白の羽を一本差し出した。

 彼が羽を振ると、羽を中心に小さな風が巻き起こり、ホール全体に広がった。

 両親と他の求婚者たちの間でどよめきが起こる。だが、セラフィナは違和感を覚えた。


「エリオット様、その羽、私にも振らせてください」

「えっ」


 動揺するエリオットを見て、セラフィナは自身の違和感の正しさを確信する。ヴィクター経由で羽を受け取り、振ってみる。だが、予想通り風は巻き起こらなかった。


「やはり偽物でしたか……。本物はもっと大ぶりですし、彼らの風は冷気を帯びています。エリオット様は本物の羽をご存じなかったのですね」


 セラフィナの指摘にかっとなったのか、


「本物なんて見たことあるわけないでしょう。僕は初めてここに来たんですよ!?」


 エリオットは食って掛かった。


「書物にも書かれていることです。それに、知らないのならばこのお題を選ばなければよかったのでは?」


 見事に論破され、エリオットはギリギリと歯噛みした。



「それでは、ジェム宝石ドラゴンを倒しに行かれた方は?」

「俺だ」


 堂々と前に出てきたのはSクラスでアカデミーを修了したフィリクス・ルクレール。

 差し出した左手には何かを包んだシルクのハンカチが握られている。彼が包みを解くと薄ピンク色のジェムが姿を現した。握り込めるほどの小ぶりな大きさだ。


「すでに届け出も提出しております」


 フィリクスの後ろに控えていた彼の従者が紙を縦に広げた。

 ジェムドラゴンのジェムは宝飾品に使われる貴重品。乱獲を回避するため狩った者はヴァレリアン領に届け出を出す決まりとなっている。従者が掲げたのは、その控えだった。

 ヴィクターは従者から控え用紙を受け取り、セラフィナに渡す。


「これは紛れもなくクリアでしょう」


 フィリクスは勝ち誇ったように声をあげた。


「滞在期間に狩られていますね」

「そのようね。……待って、この日」

「あっ」


 控えを見ながらセラフィナたちは顔を見合わせる。


「届け出は本物でしょう?」


 自分の勝利を疑っていないフィリクスにセラフィナは向き直る。


「ジェムドラゴンは成長とともに体内のジェムが大きくなり、色も濃く鮮やかになっていきます」

「えぇ、知っています」

「ですが、これは小さく色も薄い。もしかして、子どものジェムドラゴンをあやめたのではないですか?」

「えっ? いや……」


 急にしどろもどろになるフィリクス。追い打ちをかけるようにセラフィナは続ける。


「この翌日、大人の雌のジェムドラゴンが暴れているという報告を受けました。落ち着かせることができず殺めることになったのですが、その雌の暴れた道を辿っていくと、小さい個体の死体がありました。貴方だったのではないですか?」


 言葉に詰まるフィリクスに、今度はヴィクターが口を開いた。


「恐れ多くもフィリクス様、ヴァレリアン領での狩りのルールはご存じでしょうか? 危険なモンスターであっても個体数保護のため、届け出の義務以外にも、子どもの個体の狩りを禁止しております。

 届け出の控えには大人サイズの体長が記載されていますが、それは課題を有利にするためでしょうか。それとも、規則を破ったことを隠すためでしょうか」


 ヴィクターの容赦のない物言いにフィリクスは顔面を蒼白にして震え出す。


「そ、そんな……。し、知らない、知らなかった! 本当だ!」


 とうとう膝から崩れ落ちた。


「見栄で……」

「わかりました。お母様、伝えなかった私にも非があります。今回は不問にしてくださいますか」

「えぇ、わかったわ」


 項垂うなだれていたフィリクスはさらに低くこうべを垂れ、掠れた声で感謝の言葉を述べた。


 ホールに重々しい空気が満ちる。だが、セラフィナの心は軽かった。

(想定以上に上手くいっているわ!)

 無理難題を出した自覚はあるが、それ以前に候補者たちが自滅してくれている。

 残りは2人。


「続いて、ブライズベイル炎を纏った獣の燃えない皮を持ってきてくださった方はいらっしゃいますか?」

「俺です」


 オズウェル・デュランスが前に出た。


「以前獲ったものでもよいと言われたので、急いで届けさせました」


 オズウェルはこげ茶色の皮を差し出した。

 ヴィクター経由で受け取り、セラフィナは皮をあらためる。ごわごわとした触感や厚みはブライズベイルのそれである。


「火をつけてもよろしいかしら?」

「もちろんです」


 だが、本物かどうか見極める最良の方法は燃やしてみること。

 セラフィナは手の平に炎を生み出し皮に近づけた。引火もせず、熱くもならない。


「本物のようね」

「もちろんです!」


 セラフィナから合格がでて、オズウェルの声に安堵が混ざる。


「念のために届け出の控えを見せてもらっても?」


 ブライズベイルもジェムドラゴン同様に届け出が必要なモンスターだ。


「それが、急がせたせいで、持ってくるのを忘れてしまったらしくて……」

「そうですか。では、こちらで確認しますね」

「……え?」 


 セラフィナは皮を広げた。違法に狩られた皮が高値で売り買いされるのを避けるため、皮に届け出番号を刻印する決まりとなっているのだ。


「ヴィクター、この番号を照会して」

「承知いたしました」


 ポケットから取り出した手帳に番号を書きつけるとヴィクターはホールを出ていった。オズウェルの顔がみるみる引き攣っていく。

(結果を待つまでもなく、黒ね……)

 ほどなくして戻ってきたヴィクターが告げたのは予想通りのものだった。

 オズウェルが持ってきたのは、他人からの購入品。早々に自分で狩るのを諦めた彼は流通されている皮を購入し、届くまでの間、森に入って狩りの真似をしていただけだったのだ。


「さぁ、最後です。ゼノス様は魔法を披露してくださるのかしら?」

「はい。ベランダに出ても構いませんか?」

「えぇ、もちろん」


 そのためにホールを選んでいる。室内で大きな魔法は使えないが、あいにく午後からの雨で外には出づらい。ホールのベランダは二階のベランダが屋根になってくれているため、濡れずに魔法を放てる。

 セラフィナも続いてベランダに出る。雨はまだ降り続いていた。

 ゼノスは雨があたらないギリギリまで出ると天に両手をかかげた。小さな声で詠唱を終えると、ひと呼吸をおいて、


「ゼラフィス=ステラリウム!」


 柔らかくも響く声で術を放った。

 セラフィナはその術名に息を呑む。

 次の瞬間、大気が大きく動き、厚く立ち込めていた雲が流れだした。あっという間に雨が止み、雲が晴れ、夜空に満点の星が広がった。


「こ、これ、おばあ様の……」


 ゼノスが放ったのはセラフィナの祖母オーレリアが作った魔法。しかも彼女しか成功した者はないはずのものだ。セラフィナも何度も試みたが、成功したことはない。


「嘘……」


 発した声は驚きで震えた。


「課題に出された魔術書の魔法はすべて習得済みです」

「え、もう一つも?」


 そう。魔術書には祖母が作り、祖母しか扱えないはずの魔法がもう一つある。ゼラフィス=ステラリウム同様、セラフィナがいまだ成功したことのない術。

 逆に言えば、魔術書に載っている術はこの二つ以外、誰にも負けない自信があった。だから、課題にした。


「あなた、何者なの?」

「何者って、釣書つりがきに書いてあっただろう」


 背後からの声に振り返る。父アイレンが呆れ顔で立っていた。


「私が研究者を志したきっかけはオーレリア様の論文でした。協会でオーレリア様の研究を引き継いでいたのですが、協会長の代替わりにより補助金が出なくなり、現在は脱退してヴァレリアン卿をはじめとする皆様のおかげで研究を続けることができております」


(なに、それ……。知らないわ……)

 あまりのことに力が抜けそうになったセラフィナをヴィクターが背後から支えた。


「オーレリア様の魔法はすべてこの地で作られたそうですね。今晩は運よく雨も降り、皆様にお見せできて光栄でした」

「いやぁ、本当に素晴らしかった」

「えぇ。母の術はもう見ることはできないと思っていました。とても嬉しかったわ。ありがとう」


 ゼラフィス=ステラリウムは、フィオナがまだ幼い頃、雨の夜に星空が見たいと駄々をこねたことをきっかけにオーレリアが作った魔法だ。

 きっとゼノスはそれを知った上でこの魔法を選んだに違いない。

 両親の絶賛に、セラフィナは慌てた。


「あ、貴方にできるなら、私もできるようになるはずよ」


 このままでは断れない雰囲気になってしまうと、口を開いたが、直後、背後から溜息が聞こえた。


「往生際が悪いですよ、お嬢様。釣書を見ずに課題を考えたのは他でもない貴方です」


 言いながら懐から紙の束を覗かせるヴィクター。釣書の束だと気づいたセラフィナは視線だけで「書いてあるの?」と訊く。察した従者がゆっくり頷くのを見て、セラフィナは脱力する。

(完全に私の負けだわ……)


 項垂れるセラフィナを一瞥し、ゼノスがアイレンとフィオナに向き直る。


「ヴァレリアン卿。私はこの5日間セラフィナ様とほとんど言葉を交わしておりません。もう少しお時間を与えていただくことは可能ですか」


 セラフィナの様子で事情を察したのか、ゼノスが気遣いを見せた。

 だが、その優しさがセラフィナに更なる敗北感を与え、彼女の負けず嫌いを触発した。


「いいえ、不要です」


 セラフィナは身を起こし、背筋を伸ばす。

 とびきり凛と見えるように。


「ゼノス様、私と結婚してください!」


 この瞬間、長いヴァレリアン家の歴史の中でもトップクラスの魔力を誇る夫婦が誕生した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まだ結婚したくないので、婿候補たちにムリ難題を与えることにしました 朝凪なつ @asanagi-n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画