ー2ー
自室に戻ったセラフィナは、父から受け取った
「とうとうお嬢様もご結婚ですか。これを機にお転婆なところが丸くなってくださると僕としては嬉しい限りです」
ソファの傍に控えるヴィクター・マクスウェルは嬉々とした表情を浮かべた。
代々ヴァレリアン家に仕えるマクスウェル家の次男ヴィクターは、セラフィナが物心つく前から傍にいる。最初は友人として、その後は正式な従者として。関係性は変わっても二人の距離感は友人のそれに近い。
ヴィクターは人生の大半を負けず嫌いでお転婆なセラフィナに振り回されてきた。そんな彼女も結婚でもすれば今まで通りとはいかないはず。そんな期待が言葉と表情に表れたようだ。
だが、
「なにを言っているのヴィクター。まだ結婚なんてしないわよ」
セラフィナはきっぱりと否定した。
「でも、7日後には求婚者の方々がいらっしゃるのですよね」
「えぇ、私の意思なんてお構いなしにね」
納得いかない面持ちのセラフィナ。
「それはお嬢様のご意向を待っていてはいつまで経っても結婚相手が決まらないからでは」
「わかっているわよ、そのくらい。でも、お父様が仕組んだお見合いにほいほい乗っかって結婚相手なんて決めたくないわ。それにまだ私、研究や探究に時間を費やしたいもの」
セラフィナは身を乗り出してテーブルの釣書をひっつかむと、再びソファの背もたれにボスンと身を預けた。
「釣書ですか?」
「そ。みんな私と話したことがあるらしいんだけど、まっっっったく覚えてないのよ」
「お嬢様、興味のないことへの記憶力が皆無ですものね……」
ヴィクターが溜息交じりに嫌味を言うが、セラフィナは気にせず釣書に目を落とした。
フォルハート侯爵家の三男ダリオス。20歳。現在、領地の一部の管理とフォルハート卿の実務の一部を任されている。
(アカデミーの在学期間がかぶってるけど、聞いたことない名前だわ。修了時のクラスはB。魔術に関する仕事はやってなさそうだから、おおかた実家以外で家督を継ぐ手段として名乗りをあげたんでしょうね)
複数枚にわたるダリオスの釣書の一枚目だけをさらりと見て、セラフィナはさっさと2人目に移った。
ルクレール侯爵家の次男フィリクス。19歳。現在、王立魔術師協会に所属し、研究やモンスター討伐に従事。
(唯一名前を聞いたことがあるわ。でも、話した記憶はないのよね。パーティかしら……。
修了時のクラスはS。確かSSに昇格したって騒いでいた気がするのだけど……)
セラフィナがフィリクスの名前を聞いたのは、SSに昇格した彼が、「ようやくフィリクス・ルクレール様の時代が来たぞ!」と廊下で叫んでいた時だ。
(調子に乗って怠ったのね、きっと……)
鍛錬を怠れば体内に保持できる魔力量は減るし、魔法も使わなければ精度も威力も衰える。アカデミー修了時のクラスがその後の人生に大きな影響を及ぼすことがわかっていながら鍛錬を怠ったのであれば、ヴァレリアン領は厳しいかもしれない。
セラフィナは溜息をつき、一枚目もろくに読まずに3人目に移った。
デュランス男爵家の次男オズウェル。22歳。現在、デュランス卿の片腕として家業に従事。
(申し訳ないけど、まっっったく知らない人だわ。アカデミーもかぶってないし。えーと、修了時のクラスはB。んー、ダリオス同様、権力や家督欲しさの可能性が高そうね……)
4人目。
アルジェント伯爵家の次男エリオット。21歳。現在、家業である国外交易の拡大事業に主導者として従事。
(仕事ができる人のようね。知らない名前だけど在学時期はかぶっていたのかしら? 修了時のクラスがC……。
アルジェント領ってことは、うちの正反対の最東端よね。クラスCの実力でうちに来たがるとは思えないから、親からの圧力かしら……)
5人目。
シルヴェイン公爵家の三男ゼノス。22歳。現在、無所属で魔術の発現原理や魔力の生成の仕組みについて研究中。
(公爵家!? 辺境伯のうちの婿になることになんのメリットがあるの?
修了時はSSクラスだからかなりの実力者のようだけど、でも、どこにも所属していないのが怪しすぎる。変人のにおいがするわ。
両親が行き遅れの尻を叩いたのか、婚活しないと研究の援助をやめると言われたのか……。そんなところかしら)
セラフィナは何度目かの溜息とともに釣書の束をテーブルに雑に置いた。
「しっかり読まなくてよいのですか?」
「えぇ、もう十分」
「ご結婚したくないという意思は」
「変わるわけないでしょ」
「ですよね……。それで、どうなさるのですか?」
「お父様は
斜め後ろに控えるヴィクターにセラフィナは微笑みかける。
向けられた笑みの邪悪さに、ヴィクターは頬を引き攣らせた。
「しっっっかり見極めさせてもらおうと思うわ。楽しみにしておいて」
「嫌な予感しかしませんね……」
◆ ◆ ◆
7日後、領主である両親は揃ってヴァレリアン領にやってきた婿候補たちを出迎えた。
アイレンの執務室では手狭なため、セラフィナたちは食堂で
さすがに5人とも身なりも礼儀も申し分なかったが、改めて顔を見てもセラフィナの記憶の網に引っかかる者はいなかった。
「それでは私たちはそろそろ退室するとしようか」
お互いの紹介が終わると、アイレンは隣のフィオナに目配せをした。
「お待ちください、お父様、お母様」
このままでは普通のお見合いが始まってしまう。セラフィナは両親が立ち上がるより先にすっくと立ち上がった。
「どうした、セラフィナ」
「皆様もご存じかと思いますが、このヴァレリアン領は『ミスラニスラの魔女の庭』と呼ばれ、代々婿をとり夫婦が力を合わせて治めている地です。となれば、次の『ミスラニスラの魔女』となる私の隣には、相応の力のある方が必要でしょう」
そこで一旦区切り、5人を見回す。2、3人は察したようだ。
「これからお伝えするお題のものを持ってきてください。
私が納得のいくものを見せてくださった方と結婚いたします」
呆然とする求婚者たちと両親には目もくれず、セラフィナは
「一つ、
一つ、
一つ、
一つ、
一つ、王立魔術師協会発行の魔術書から、珍しい魔法を一つ披露してください。
期間は今日から5日間。取り組むお題が重複しても構いませんし、かつてご自身で得たものを取り寄せていただいても構いません。
皆様、『ミスラニスラの魔女の庭』と呼ばれるこの領地を治めるにふさわしい力を私に示してください!」
セラフィナの有無を言わさぬ雰囲気に圧倒されたのか、機嫌を損ねたくなかったのか、誰一人として異論や反論は言わず、婿の座をかけた戦いが始まった。
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