まだ結婚したくないので、婿候補たちにムリ難題を与えることにしました
朝凪なつ
ー1ー
「私が納得のいくものを見せてくださった方と結婚いたします」
5人の求婚者を前に、セラフィナ・ヴァレリアンは
「一つ、
一つ、
一つ、
一つ、
一つ、王立魔術師協会発行の魔術書から、珍しい魔法を一つ披露してください」
◆ ◆ ◆
東は海に、北は山に面しているミスラニスラ国の最西端にあるヴァレリアン領は、隣国との間に深い森を有している。
デスパイアの森と呼ばれるその深い森には凶悪なモンスターが多く棲息し、平野に出てきては人を襲うため、非常に危険視されている。中には平野に棲む低級モンスターたちを呼び寄せて群れをつくる厄介なモンスターもおり、過去、モンスターの大群によって壊滅状態に陥った都市もあるほどだ。
領地だけでなく、国全体の安寧のためにもデスパイアの森に棲むモンスターを自由にさせてはいけない。そのための要となっているのが、ヴァレリアン領である。
領主は男性が就くものとされているなかで、ここヴァレリアン領だけは、夫も妻も領主という変わった形態をとっている。夫婦間に地位の優劣はなく、あるのは役割の違いのみ。
夫は東部にある王都に出仕して政務に携わり、妻は領地に残り、森だけでなく領地全域に防御魔法を施してモンスターの侵攻を防いでいる。
ヴァレリアン領が他の領地と異なる点がもう一つある。それは、夫であるヴァレリアン卿が基本的には婿養子であるということ。
理由は、女児に強力な魔力が受け継がれるため。それ故、娘を領主とする慣習がある。
遥か昔、息子を領主にし嫁を迎え入れたことが何代かあったが、子どもに宿る魔力が弱まっていくことが判明し、元の態勢に戻された。
セラフィナ・ヴァレリアンは、現当主であるアイレンとフィオナの三人目の子にして待望の娘である。
幼い頃から強い魔力を有し、多種多様な魔法を操るセンスも持ち合わせた優秀な魔術師だ。
「アカデミーを修了して早半年。夜会にも出ず、
王都から久しぶりに帰った父アイレンから話しがあると呼び出されたセラフィナは、父の心配気な第一声に内心げんなりした。
父の隣に座る母フィオナも父同様、心配そうな表情を浮かべている。
魔力を持つ者は、貴族、平民に関わらず、15歳を迎えた春から三年間にわたって王立魔術アカデミーで学ぶ決まりがある。この春、無事に修了し領地に戻ったセラフィナは父の言う通り、半年以上領地から一歩も出ていない。
といっても、大人しく城に籠っているわけではない。
日々魔力の鍛錬に励み、危険なモンスターの報告があれば、我先にと討伐に出かけ、モンスター退治に勤しんでいる。これも次期領主として当然の行いだ。
だが、異性との出会いは皆無。年頃の男性との会話といえば、従者のヴィクターくらいだ。
「そろそろ伴侶を求めてはどうだ?」
「お母様たちはアカデミー在学中に婚約したのよ。あなたもそろそろ19歳。遅いくらいだわ」
一緒に暮らしている母からは、頻繁に「伴侶選びは次期領主の最初の勤め」とせっつかれているが、これまでのらりくらりとかわしていた。けれど両親に呼び出されてしまっては、話を聞かないわけにはいかない。
フィオナは当時先輩であったアイレンに婿となること前提に交際を申し込んだらしい。だが、交際期間を経ているためか、結婚から20年以上経つ今も両親は仲睦まじい。
アイレンはどうだと伺うような言い方をしたが、こういう言い方をする時はすでに彼の中で決定事項となっていることがほとんど。
(すでに
セラフィナは二人にばれないように嘆息した。
「王都で声をかけたら、是非にと、5人も返事をくれたよ」
(5人!?)
「アカデミーであなたのことを知ったそうよ」
アカデミーでは最上位のSSクラスに属し、その上、ヴァレリアン家の娘であるセラフィナの知名度は高かった。
そのため一方的にセラフィナを知る者は多かったし、しぶしぶ参加したアカデミー主催のパーティでは、一晩で数十人に声をかけられることもあった。
アイレンは傍らのテーブルに置いてある紙の束を手に取った。
「ダリオス・フォルハート君、フィリクス・ルクレール君、オズウェル・デュランス君、エリオット・アルジェント君、そして、ゼノス・シルヴェイン君。この5人だ」
手元の紙を捲りながら名前を列挙するアイレン。どうやら
「何人かはアカデミーで一緒だったんじゃないか」
「そうですね、フィリクス様のお名前は在学中に聞いたことがあります」
頷きながらも、でも大した術者じゃなかったのよねと、内心で毒づく。
「他の者たちもアカデミーのパーティで言葉を交わしたと言っていたよ」
「覚えている方はいるの?」
母の問いかけにセラフィナは「そうですね」と思い出す振りをする。
(悪いけど、全く覚えてないわ……。
というか、たった一度言葉を交わしただけで覚えてもらおうなんて虫が良すぎるわよ)
アカデミー時代のセラフィナは異性に全く興味がなかった。周囲の令嬢たちが色恋話に花を咲かせている隣で魔術書を読み、宝石に興味を持つ横でジェムモンスターから獲れるジェムの組成を調べていた。
だから、記憶に残っていないのも仕方がない。
「彼らをうちに招待した。皆、5日ほどは滞在できるようだから、その間に交流を深めるのがいいだろう」
「えっ」
「一生を添い遂げる人ですもの。しっかりとお互いを知らなくてはね」
アイレンの隣でフィオナもにっこりと微笑む。
段取りの良さに二の句が継げないでいるセラフィナに、父は手にしていた紙の束を差し出した。
「領地を任せるに値する人かどうか見極めなさい」
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