念願の異世界転生を果たしましたが、そこにも僕の居場所はありませんでした
秋の香草
本編
優しい日差し。頬を撫でるそよ風。溢れんばかりの陽気。そして眼下には、中世を彷彿とさせる小さな街。優斗は、気が付くと見知らぬ丘に立っていた。
——ここが、異世界。
呆然と立ち尽くす。主人公が突然異世界に飛ばされる展開は、小説やアニメで何度も見た。まさか本当にあるとは。とすると、僕も何か特別な能力に目覚めたり、街中で突然美女に声をかけられたりするのだろうか。
能力の方は見当もつかないので、とりあえず眼前の街に下りてみることにした。
優斗は外れの入口に着いた。外から見たときには分からなかったが、通りを見渡すと、かなり賑わっているのが分かった。
中に入ってみる。威勢よく売り文句を飛ばす店主。その前を行き交う、冒険者風の男や、地味な格好をした主婦。子供も見かけた。どの人も、異国風の顔だちをしている。
恍惚とした表情で街並みを眺めていると、突然男に突き飛ばされた。通りすがりに投げかけられる舌打ち。すれ違った時には気にも留めなかったが、「じゃまだ」とでも言いたいような、冷たい顔をした男の姿が脳裏に浮かびあがった。
——嫌な奴。一瞬追いかけようかと思ったが、無駄だと思ってやめた。
改めて通りに目をやると、何気なく通り過ぎる群衆が、ちらっと視線を僕に向けていることに気づいた。異物をみつめるように。
そうこうしている内に、待ちの中でひと際目立つ建物を見つけた。文字が書いてあるが、読めない。だがその外観には覚えがある。ギルド、この街の商工会議所だ。
中に入ろうと思って、ためらう。ただ目の前の扉を開けて、中に身を投じるだけだ。なのに、心臓がどきどきする。先にギルドの中に入っていった男たちが、一瞬だけ奇異の目をこちらに向けたのに気付いた。
勇気を出せ。僕は転生者なんだ。決心し、扉を開いた。
中は食事をする人たちでいっぱいだった。足を踏み入れるや否や、喧噪が身を包む。受付らしき区画は一目でわかった。きっと討伐依頼か何かの紙が壁にたくさん貼ってある。読めないけど。
通路を進んでいく。ホールで食事をとっているほとんどの者は各々で会話に花を咲かせているが、何人かがちらっと僕を見るのを見逃せない。
受付にたどり着いた。先客がいないのは都合がいい。
「はい、何の御用でしょう」
明らかによそよそしい。もっとも、初対面だから当然か。
「あの、僕、異世界からやってきて」
「転生者? ああ、はい。お連れの方は……いらっしゃらないのですね」
連れ? 何の話だ。
「ええと、突然来られても困るのですが。クエスト受注なら所定の紙に記入して提出してください」
困っているのはこっちだ。話が全くつかめない。
「あの、僕転生したばかりで、事情が全く分からなくて」
「え、冒険者登録も済ましていないのですか。なら、まずはそこから……完了まで二週間ほど要します」
「二週間? その間僕にどうしろと」
無礼な聞き方だと思う。だが向こうがいい加減な対応をするのだから、なりふり構ってられない。
「どうって、お好きにどうぞ」
だめだ。完全に見放されている。
「もういいだろ、あんちゃん。受付の嬢ちゃんも困ってるの、分からないのか」
突然、後ろから声がかかる。振り返ると、僕と同じく受付に用があるらしい、巨漢の男が立っていた。その背には巨大な剣。いかにも冒険者らしい恰好だ。見た目の割には温厚な語り口だったが、顔を見ると男の目は冷ややかに僕を見つめている。
ちらっとホールに目をやると、それまで賑やかにしていた群衆が、静かに僕らを見守っているのに気付いてしまった。いや、見守っているのは、僕以外か。僕には、奇異と、猜疑の目。それで僕の心は折れてしまった。
優斗はギルドの外で立ち尽くしていた。行く当てなど、どこにもなかった。道行く冒険者に声をかけようとはしたが、現代っ子を体現するような、ひ弱な体躯を持つ優斗に気を留めてくれるとは思えなかった。
何とか雇ってくれるところはないかと、目についた八百屋の店主に声をかける。
「あの、すみません」
「へい……いらっしゃい」
「あの、働き手を探してたりはしませんか」
「どっかいけ。誰がよそ者を雇うか。求人ならギルドで探すのが普通だろ」
そういって僕を追い払った。二件目。三件目。四件目でくじけた。
——こんな理不尽があるのか。突然異世界に飛ばされて、何の能力もなしに放り出されるなんて。
優斗は裏路地の階段に座り、頭を抱えていた。表にいるのは辛くなっていた。どうか俺たちの、目の届かない場所にいってくれ、そう街の人たちに言われている気がした。
はっと目を見開く。表通りに目をやる。一目で分かる、日本人の風貌。だがその横には僕と違って、優しそうな少女と、活発な青年、屈強な男、はつらつな美女がいた。勇者パーティ。直視できないほど、まぶしい集団だった。冗談を言い合っているのか、談笑しながら通り過ぎていく。
嫉妬すら湧かない。あまりに、手の届かない場所にあった。諦めと、やるせなさ。それだけが残った。
——あれ、僕、必要なくないか?
転生する前は、高校に通っていた。最後に覚えているのは、登校中にトラックにはねられ、宙を舞う光景。いじめられたことも、不登校になったこともない。クラスメートは皆優しかった。人と積極的に関わろうとしない僕にも、手を差し伸べてくれた。
その手を振り払ったのは、僕だ。傷つくのが怖かった。人と親しくして傷つくのであれば、最初から関わらない方が、いいと思った。
疎外感を、愛することに決めたんだ。
冒険者登録は、しなかった。いろいろと試したが、僕には何の特殊能力も備わっていないようだ。どうしようもないので、朝夕に教会の裏で配られる、簡素な食事を当てにした。この街は比較的、福祉が充実しているのが救いだった。だから僕みたいな浮浪者も、生きていけた。教会が、困っている人を助ける、美しい光景。シスターは必ず、笑顔で食事を手渡してくれる。どうしようもない僕には、それがどうしても、張り付いたような笑顔に見えてならなかった。
路地裏で、一人の男が優斗に声をかける。大柄で、頭髪には白髪が混じっている。まっすぐな眼が、じっと優斗を見つめる。
「お前、俺の店で働かないか?」
無視しようかと思った。どうでもよかった。このまま消えてしまいたかった。でも、最後に残った一片の勇気で——頷いた。
男はグリムいう名だった。冒険者向けの飲み屋を営んでいるらしい。店で働くようになってからも大変だった。何度もミスをした。お客さんに怒鳴られた。でもグリムは、最低限のコミュニケーションしかとらない僕に、淡々と接してくれた。
「優斗、テーブルを片付けてくれないか」
「ありがとう」
「掃除を頼んでいいか」
「助かった」
「買い出しに行ってきてくれないか」
「ありがとう。優斗がいてくれてよかった」
お店の常連たちも、僕に気を許してくれた。僕が的外れなことを言って場の空気を冷やしたときなんかは、死にたいほど恥ずかしかった。そんなときでも彼らは、温かい眼差しで僕を見続けてくれる。
——ここにいて、いいんだ。そう、思えるようになった気がする。
あとで聞いた話なのだが、ほとんどの転生者は、何かしらのスキルを持って現れるらしい。凄まじい強さで剣を振るったり、とんでもないほど高度な魔法を扱えたりとか。全員が全員そうでなくとも、たいていは冒険者としての素養を持つらしい。
ごくまれに、何の能力も持たないで転生してくるものがいる。どうやら転生が完了した段階で見切られるらしく、ギルドで門前払いをされたが最後、どこかへ消えていってしまうそうだ。
グリムに、なぜ僕を助けたのか訊いたことがある。グリムはこう答えた。
「昔、冒険者に窮地を救ってもらったことがあったんだ。お前みたいな、黒髪に黒い目の奴だったな。要は、ただの気まぐれだ」
優斗は街に、買い出しに来ている。日本人というだけでやはり目立つらしく、道行く人が時折、僕の顔を伺う。だがそれも、もう慣れた。
店に戻ろうとして、ふと街の入口の方に目をやると、一人の青年がたたずんでいた。転生者だろうか。何人かに声をかけているが、軽くあしらわれていた。
買った品物を抱えたまま、青年に近づく。向こうは優斗の存在にすぐ気づいた。困った顔を僕に向ける。
——救いを求める人の目って、こんなふうなんだな。
そして、声をかけた。
「転生者ですね。よければ僕が案内します」
念願の異世界転生を果たしましたが、そこにも僕の居場所はありませんでした 秋の香草 @basil_3579
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