第四話 不器用な休日

 翌朝は早く目が覚めた。体を休めるつもりだったのに、早起きが染みついてしまっているようで少し切ない。

 朝食代わりにインスタントのスープを一つ溶かす。ヤキタテはまだぐっすりと眠っていた。

 

「……髪でも切ろうかな」

 

 ぽつりと呟いて驚いた。髪を切りたいだなんて。そういえば、最後に美容室に行ったのはいつだったかも思い出せない。

 ヤキタテはまだ寝ている。今のうちにと、あたしは急いで出かける支度を始めた。

 近くの1000円カットに入り、長かった髪をショートボブにした。鏡に映る自分の姿が新鮮で、心なしか足取りも軽い。

 何となく寄ったスーパーで、小麦粉と卵を買った。

 

 アパートに帰ると、ヤキタテはまだ眠っていた。

 あたしが仕事をしている間、ヤキタテは毎日、こんなふうに寝て過ごしているのか。想像すると可笑しくて、思わず笑いそうになるのをこらえながら、静かにボウルと計量カップを取り出す。

 材料はさっき買った小麦粉と卵、それから常備している砂糖とマーガリン。スマホでレシピを見ながら分量を計り、ボウルで混ぜ合わせていく。キッチンスケールなんて便利なものは持っていないけど、何とかなるものだ。

 ふと視線を感じて顔を上げると、部屋の片隅でヤキタテが小さく跳ねながらこちらを見ていた。


「おはよ」

『キュキュ……プ……?』

「あ、髪切ったの。どうかな」 

 

 いつもならすぐに駆け寄ってくるヤキタテがなかなか近づいてこようとしない。まったく、変なところでやけに用心深い。

 

「そんなに見られると緊張するんだけど」

 

 そう呟きながら、手は自然と材料を混ぜ合わせていく。

 小麦粉を捏ねる感触が気持ちいい。いつ以来だろう、こんなふうに何かを一生懸命作るのは。生地を好きな大きさにちぎって、手のひらでくるくる丸める。ぎゅっと押しつぶしたら、並べてオーブンへ。

 そのときだった。


『にゅうんん!』

 

 どさどさっと音がして、ヤキタテの大きな声が聞こえた。振り返ると、出しっぱなしにしていたスティックシュガーが床に散らばっている。椅子の下に隠れたヤキタテが、こそこそとあたしを見上げていた。


「もう……」


 きっと盗み食いしようとしたのだろう。あたしはスティックシュガーを拾い集めながら、苦笑いを浮かべた。


「大丈夫だよ。ほら、気にしないで。クッキー焼けたら一緒に食べよ」 

『ポポポ……』 


 部屋中に甘い香りが広がり始める。

 あたしはオーブンの前に椅子を持ってきて、ヤキタテと一緒にクッキーが焼けるのを待った。ヤキタテは『プルッ、プルッ……』とご機嫌な声を上げながら、あたしの膝の上で嬉しそうに跳ねている。

 焼き上がったクッキーは表面がこんがりときつね色で、いかにも美味しそうだった。一口食べてみたら、ガチンとひどい音がした。

 

「硬あ……、レシピ通りに作ったはずなのに。ま、まあ、素人のクッキーなんてこんなもんだよね」


 味は悪くないけど、歯が試される。一方、ヤキタテはカリッポリッと軽やかな音を立てていた。硬さなんて気にしていない様子だ。

 がちがちの硬いクッキーをヤキタテと食べながら、あたしの休日がゆっくりと過ぎていく。不器用だけど、少しだけ優雅な休日だった。

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