無邪気な人

無邪気な人

無邪気なだけで

価値のあった子供時代は

とうに過ぎ去った

あるいは来るべき

老年の時代に

もう一度チャンスが

あるのかもしれない

無邪気な人とは―――

そもそも

無邪気は子供と老人の

特権であろうか

壮年期に

無邪気であることは

ともすれば無責任と

捉えられかねない

私は本来の意味での

「邪気」が無いこと

すなわち

素直で私心がないこと

に特別に重きを置くものである

東洋思想では特に

高僧の稚気や

会社経営者の茶目っ気

学者や芸術家の遊び心など

比較的

社会的地位の高い人の

余裕ある振舞いを

尊ぶ傾向がある

確固たる哲学や

しっかりした考えの後に

自由な発想や

のびのびした行動が来る

これは喜ぶべきことである

修練を経て

獲得した自由を

大いに寿（ことほ）ぐべきである

壮年期の無邪気は

ことさらに価値がある

人生巧者の三昧境である

と私は考えたい

きっとその見方の裏には

死への諦観

があるのかもしれない

生への執着を捨てた

開き直りとも言うべきか

早い話が

眉間に皺を寄せた

むずかしい煩悶より

リラックスした

笑いや遊びを

私は好む

今こそ

モーツァルトや

良寛の無邪気に

あやかろうではないか

人間が動物と

肩を並べる日は

すぐそこに来ている

　　　　　　　　　（了）