夢の幾何学
色街アゲハ
夢の幾何学
唐代中期の、白居易の弟、白行簡によって著された三夢記と云う伝奇物にこんな話がある。
‶則天武后による治世での話。劉幽求と云う名の下級役人が勤めを終え、その帰途の最中に通り掛かった仏堂院の中から歌声や愉しむ声が聞こえて来たので、興味を持って垣より中を覗くと、老若男女問わず多くの人々が集まって会食している様が目に入った。その中に自分の妻が居る事に驚いた劉は、瓦を掴んで投げ入れる。すると、驚いた人々はじ散り散りになって逃げだし、後にはまるで最初から何も無かったかの様に荒れ果てた本殿があるばかりだった。訝しく思いながらも家に帰り着くと、再程まで宴の中にいた筈の妻は就寝中であった。目を覚ました妻の語るには、夢の中で仏堂院で宴に参加していて、楽しんでいた所に、突然外から瓦が投げ入れられて、大騒ぎになった事に驚いて目を覚ました、と。″
形の無い夢をこんな風に空間的に処理する事が、果たして妥当なのかはさて置き、如何にも何でも即物的な捉え方をする中国らしい発想で、実に興味深い。
他者の夢を外から覗き込む形になるこの話に触れて、ふと思いついた事が有る。
この話では覗いている側は目を覚ましている状態だったが、これが眠っている場合だとどうなるだろうかと。
誰かの見ている夢を、また別の誰かが夢の中で覗き込んでいると云う入れ子状態になる。
もし仮に、内側の夢を見ている者が先に目覚めた場合、それを外側から見ていた者の夢はどうなるのか。
自身の夢ではなく、他者の夢に依っていた状態で、不意にその夢を失った時、その後には何も無い虚無の空間を覗き込む事になるのではないか。
これが内側の夢が終えると共に外側の者も目を覚ますのであれば、特に問題は無いのだろうが、もし、そのまま目覚める事無く夢を見続ける事になってしまったら……。突如として現れた虚無の中に吸い込まれて、そのまま自身を失って目覚める事無く……、それだけではない、夢の外にある身体も又、その影響から逃れられず、諸共に消失し、存在が虚無に消え、説話中の言葉を借りるならば、最初から無かった事になってしまうのではないか、などと想像を勝手に膨らませて、これからは気軽に夢も見れた物じゃあない、と、一人勝手に怯えて。
取り越し苦労もここまで来れば、一つの立派なファンタジーになり得ると云う、これはそう云うお話。
夢を空間的に扱うと云う発想に触発されて、また別にこんな事を考えてみた。
世界が二次元、三次元と云う様に、ある世界をも一段高位の次元が包み込む様に、夢の世界も同様に、或る夢を別の夢が包んで、更にまた別の夢が、と云う様に、果てしなくこの構図が続いて行く、謂わば‶夢世界″なる物を想像してみた事が有るのだが、その際、一つの夢は別の夢を無数に内包する球体と見做した上で、そこでふと湧いて出た疑問に、答えを出す事が出来ずに困惑した覚えがある。
存在している事は確かであり、夢の中で僅かに触れる事は出来るのだが、決して其処に至る事の出来ない夢の一領域。外へ外へと夢を広げていったとしても、それは変わらず、どうあっても其処に辿り着く事の出来ない永遠に近くて遠い夢の原風景。
全ての夢の球体と接して居ながらにして、そのどれとも決して交わる事の無い球体。言葉にするのは簡単だが、いざ実際に形として表現しようとすると、どうあっても不可能な未知の領域。
自分はこう云った数学的な事象に不案内であるので、もし何らかご存知の方がいらっしゃったら、何時でも構わない、是非ご一報を願う。
終
夢の幾何学 色街アゲハ @iromatiageha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます